死の不浄を喰らう

 ――その出会いから百九十年ばかりの時を数えて。

 その日は、秋の終わりの土曜日である。

 大勢が預かり知らぬところで、一人の若者が長らく続く因縁と決着をつけんとしている頃。


 場末の集合住宅に、けだもののうめきが漏れている。

 全裸で抱き合う男女だ。

 饐えた汗の匂い。人に相違ないが、そのまぐわりはどう見ても牡と牝の交わりであり、到底、情愛と言えるだけの風情などない。

 強いほうが子を宿す。負けたらはらむ。はらます。

 そういう、本能的で、剥き出しの。


玄禰くろね、玄禰」

 玄禰と呼ばれたのは美貌の女である。

 女らしく、責められれば相応に感じたふりをして悦んで入るが、稚拙な手練手管には心底飽いていた。

 それで一丁前に胸乳をいじっているつもりか、手指がしきりにこちらをつまむが、痛いだけで、何も良くない。

 おおよそ、つまらない動画を、ビデオかインターネットで見て知った気になっているのだろう。

 最近はこういう男ばかりで、飽き飽きだ。

 心底、つまらない。


 この令和には。

 江戸の粋も、京の雅も、鄙の地に見られる剛烈もない。男は腑抜けて、腰使いも悪く、まこと娘っ子のように弱い。

 おかげで、「あたり」を引いたときには男に甘くなり、本来の「食事」を諦めてしまうことも多い。概して、あたりの男は、この上なく美味なのに。


(まあ、夢は見させてやった)

 玄禰は――緋桜祇ひおうぎ玄禰はため息を付いた。

(私が楽しいのはここから)

 思うが否や、玄禰は男に抱きつき、両腕と足を首筋、腰に回す。

 現代的な俗語で言えば「だいしゅきほーるど」というやつだ。

 男の方もすっかりその気である。なんの真似か、「はらめ、はらめ」などと繰り返す。


(馬鹿か。金以外で女を抱くこともできぬ負け犬なぞ、私が愛するものかよ)

 ぐぐ、と力を込めた。

「んっ、ォ――オ……っ!」

 男が目を白黒させる。

 肉壺の肉が収縮、しかし気道と、あきらかに締められてはならない神経が圧迫されているこの状態。

 男は快楽と死の狭間で、強烈な混乱を起こしている。


「死ねっ、死ねっ、私のために、死ねっ。イき死ねっ。おらっ、死ねコラ」

 耳元で、玄禰くろねが甘ったるく繰り返す。

 このような術を、「口寄ノ術くちよせのじゅつ」という。文字通り、口で唱えて、唱えた文言の側に相手を寄せる術。一種の催眠術である。

 男は夢見心地の中。

 トランス状態の中ではこんな簡単なまじないにも逆らえず、泡を吹いて、「死ぬっ、死ぬぅうっ」と応じた。

「そうかい。じゃあ遠慮なく」

 女の体が渦を巻く。


 ぎゅるり、と背中の肉が裂けた。そこから、肉を割いて肋骨がばりばりとめくれ上がる。

 数は左右合わせ八本。ヤマタノオロチのごとくうねり、八本の骨が、男を串刺しにした。

 血は、散らない。

 じゅぅっ、と吸い出すような音。

 そして、めくれた肉と皮が二人を包み込む。


 それは文字通り、肉の団子である。

 それが数分ばかりぐねぐねと鳴動し、ややあって、ぱらぱらと黒く炭化した肉皮が剥げ落ちると。


 そこには、玄禰くろねが一人。

 馬鹿な男は、一片もなく、現世から失せていた。

「脂っこい。塩っ辛い。全く以て、不味い」

 玄禰くろねは舌打ちした。

 つくづく度し難い。

 最近の男は、かくも不味い。

 しかし女は女で骨と皮。子供を食う趣味はない。ならば、肥えさせてからの方が喰い甲斐がある。


「抱くなら銀仁、喰うならほどよく締まっ肉体系の労働者おとこってとこかしらね」

 窓を開ける。

 マンション七階。

 彼女はためらいなく、欄干に足をかけ、さっと飛び降りる。

 黒の小袖に赤色の羽織が翻った。

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三河霊異記 冥 ― 屍體喰らいの骸桜 ― 三河蕾花(筆刀斎) @Funny-Fice

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