絵巻物研究:『信貴山縁起絵巻』で見つけた新たな視線誘導の可能性
ヘッダー画像はWikipediaより。おそらく国宝本
chakkun1121です。最近AI絵巻物と呼んでいる画像生成AIで絵巻物を作ろうと頑張っていて、その一環として絵巻物の研究を行っています。
そこで今回信貴山縁起絵巻を研究していて1箇所文献で書かれていなかった視線誘導の可能性がある場所を見つけたので記事にしました。
この先画像は断りがなければ国立国会図書館所蔵の物を利用しています。
『志貴山縁起』[1],[江戸中期] 写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2574276
また、その他参考文献は以下のとおりです。(すべて公共図書館から借りてキた)
泉武夫 『アートセレクション 信貴山縁起絵巻 躍動する絵に舌を巻く』 小学館、2004年 ISBN 4-09-607020-3
若杉準治 『絵巻物の観賞基礎知識』 至文堂、1995年 ISBN 4-7843-0157-7
高畑勲 『十二世紀のアニメーション』 徳間書店、1999年 ISBN 4-19-860971-9
はじめに: そもそも絵巻物の観賞の仕方とは?
まず絵巻物の観賞の仕方についてですが、多くの方はそもそも絵巻物本体に
触れたことがないと思います。博物館等で全部もしくは一部の場面を広げられてガラスケース越しに鑑賞する事がある人もいると思いますが、実際に繰り出してみたことがある人は相当稀だと思います。
更に、最近ネットで絵巻物の扱い方を調べると、文化財保護のため毎回閉じて持ち上げて移動させるというやり方が出てきます。
例えばこの動画のようなやり方です。
しかし、何度も観賞していると、明らかにこの方法ではない気がしてきました。というのも、何のために絵を連続させているのかということに関わってくるからです。
これについては『十二世紀のアニメーション』で高畑勲監督が言及しているので引用しようと思ったら、別のサイトでここが引用されていたのでそちらへのリンクで代えさせてもらいます。
ちょうど中央あたりの「絵巻物はかつての映像表現?」のところです。これ見てまさかそうなんだって感じがしました。
この先は実際に巻いて観賞したことを前提として話を進めていきます。といってもまず巻子本(巻き物)の形式の複製品を持っている人はほとんどいないと思いますし、複製品高いので高畑監督が言っているようにスライドさせて鑑賞するなんて雑な扱い方はできないと思います。そこで、家にあるプリンターを使ってコピーを作れるようにしました。やってみたい方は以下のアプリとプリンターを使って実際に作ってみてやってみてはどうでしょうか(このアプリは私が研究で使うために使ったやつを公開できるように修正したものです)? 住吉模本をA4で2段構成で印刷すると第1巻は5枚程度だと思います。連結作業は大変ですが、実際に巻いて鑑賞するのは本やスマホで見るのとぜんぜん違うので、ぜひ作ってみてください。
A4 2段で作成すると幅が約10cmとなり、現物が30cmなので、約1/3スケールとなります。鑑賞する際は20cmぐらい引き出すのが作者が想定していた範囲と一致します。
この画像だとA4で2段で解像度ギリギリって感じです。高画質側からデータをぶち抜いてもいいですが、手動でやると一生終わらないので、おすすめしません。
(現在一部のスマホでスクロールできない問題が起きていますが、原因はわかるものの、対応がめんどくさすぎるので、可能ならパソコンで利用することを推奨します)
(高畑監督の学生時代のときはこんな感じで家で簡単に作れるとかなかったから図録でなんとかしていたみたい)
個人的には模本と複製をごっちゃにしているサイトがいくつかあってなんとかしてほしいです。理系の学生なので正しいかわかりませんが、模本は人が写したもの、複製は印刷や写真の技術を使って写したものだと考えています。というのも、模本では原本が存在し、制作された時の状況を写したものや制作時の状況を復元したものなどがあり、それぞれ模本本体が研究対象になるものだと考えます。一方、複製は原本を元に印刷術等で複製し、研究機関や一般家庭などで原本の代わりに研究素材にしたり観賞したりするものだと思っています。
また、今回ネットからのデータを家のコピー機で印刷して簡易的に作成したものをコピーと呼ぶことにします。複製は数10万することもよくありますが、これに対してこのコピーは数100円(+つなぎ合わせの労力)でできるので、高価な複製とは違い、コピーは雑に使ってだめになったら作り直せばいいやって感じで扱えると思います。
印刷しないにしろとも、先程のサイトなどで実際に全編をスクロールして観賞してみてください。
信貴山縁起絵巻での視線誘導
やっと本題に戻ります。信貴山縁起絵巻などの平安時代に作られた連続式絵巻では多くの視線誘導が含まれています。
まずはじめの場面の視線誘導は有名で多くの文献に書かれています。
蔵が飛び出すところで、まず外に一気に向かう人々に寄せられて何だと感じ左へ絵巻物を広げていき、人々の見ている先を見ると前の場面で少し傾いていた蔵がまさか飛んでいるのが見えます。そのまま下へ視線を移動させると、蔵を下ろすように祈る人々が見えます。ここになって影がないが蔵が本当に飛んでいることがわかります。そのまま左へ巻き物を進めていくと今度は右側を見ている人が見つかり、その先を見ると先程の蔵が見えます。その後、地面に目線を戻すと蔵の風で煽られている人が見えます。
これは有名なのですが、問題が次の場面です。
先程の風で煽られている男性のあと、場面は霧に覆われ、ワープします。そこで男性の左側の川の陸地の方に目をやるとそのまま鉢の軌跡が見当たります。これは何だと思って左側へ見ていくと、まさか先程の蔵がまだ飛んでいるとはってなります。その後、下の方へ目線を移し、馬に乗った蔵の持ち主を見つけ、その杖の指す先に鉢と蔵があります。
ここで、その軌跡の下にいるわらじの紐を締めている男性について考えていきます。これについては先程の参考文献ではそれぞれ次のように述べています。
(前略)従者が解けた草鞋の紐を結び直すところを描いているのは、画家の余裕である。
(前略) 草鞋の紐をのんびり直している男など、とぼけたものだ。
長者が馬に乗り、従者がわらじを締めなおすなど、はっきり旅として倉を追っていることに注意。
十二世紀のアニメーションのところの解説での長者が馬に乗ったという話は結構重要な気がします。ただ、この紐を結び直している男は画家の余裕を見せつけるだけではなく、もう1つとても重要な役割があると思います。
それは画面上に行った視線を下に戻すためだと思います。私も1/3スケールのコピーでしか観賞していないので、想像でしか無いのですが、上の方に注視しているときに下の方はあまり目に入らないと思われます。しかし、下の方を向いてなんかやっている男性が見えれば気になりますよね。そのためにわざわざ画家は大変でもここにこの男性を入れたと思います。そうじゃなければこの人いなくても物語の進行にほとんど影響ないし…。
ちなみにこれは私が勝手に思っているのではなく、伴大納言絵巻での子どもの喧嘩の場面でも似たように視線が行き来する場面があります。これについては高畑監督も書いていました(はじめ別の解説書を読んでその後、巻き物の形式で観賞したら絶対違うなと思ってその後、十二世紀のアニメーションの本を借りて見てみたら監督も同じこと言っていた)。
ここの画像を貼り付けてもいいですが、もうめんどくさいので一旦ここまでにします。
最後に
先程の説私の思い込みでしょうか?この可能性も十分にあると思っています…。
感想等があればコメントを残してもらえると嬉しいです。
あと、住吉模本のよくわからん利用規約と国宝本のフルのデータがネットに公開されていないのなんとかしてほしいです。
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