アプリ6回・相談所4社・婚活費70万円。アラサー女医が手に入れたのは、結婚相手以上に素敵なものだった。
私は、中学受験も、医学部受験も、研修マッチングも、全部制覇してきた女。
だから婚活だって、本気出せば一瞬で終わると思ってた。
…5年経って、まだ結婚できてなかった。
アプリ6回。相談所4社。婚活サイト3つ。会費だけで70万円。会った人数、50人超え。
こんなに結婚していない女医、聞いたことある?
「残念ながら、今回はご縁がなく」
いや、ご縁って何。
何人にも言われた。聞き飽きた。
何が悪いんだろう。私のどこを、直せばいいんだろう。
私、条件いい方だと思うんだけど?
答えに辿り着くまで、5年かかった。
そして気づいたら、私は結婚相手以上に素敵なものを、手に入れていた。
これは、その話。
私は、ずっと「優秀な娘」だった
外から見たら、私は「ちゃんとした人」だった。
成績はよかったし、滅多に泣かなかった。「いい子だね」「えらいね」と言われ続けてきた。
ずっと、上手に生きてきた。
だから、自分が「褒められること」で立っていることに、気づきもしなかった。
ただ、薄々気づいてた。
自分には、自信がないこと。ちょっと否定的なことを言われただけで、心の奥が揺れること。
でも、認めたら何かが崩れる気がして、ずっと無視してきた。
「自信のある子」のように、私は見えていたと思う。
でも実際は、自信がないのがバレるのが怖くて、必死で自信があるように見せていただけ。
しかもそのことに自分でも気づいていなかった。
婚活も、すぐ終わると思っていた
そんな私が婚活を始めたのは、周りが結婚しはじめたから。
仕事も順調、お給料もある、年齢的にもそろそろ。
すぐ結婚できると、本気で思ってた。
だって私、今までうまくいってきたし。受験も第一志望、就職も第一希望、ずっとそうやって生きてきた。
婚活も、同じノリで一瞬でしょ。
……今思うと、なんであんなに自信あったんだろう?
鏡の前に、知らない女がいた
全然うまくいかなかった。
まず、お見合いのとき。
私はずっと「理想の女性」になろうとしていた。
演じよう、と決めて演じていたわけじゃない。
ただ、選ばれないのが怖すぎて、完璧以外を出せなかった。
どうでもいい男性にすら、完璧で会わないといけなかった。
趣味でもない、男受けの良さそうな女子アナみたいな服を着て。鏡の前に、知らない女が立っていた。
え? これ私?
相手の話に笑顔で頷いて、聞き上手で、控えめで、でも知性も見せて、清楚で、でもちょっとお茶目で。
余裕がある女がモテるって聞いたから、必死で余裕があるふりもした。
全部、計算。
もはやどこに向かっていたんだろう。
相手の好きそうな女性を予想し、気づいたら、その女性像に寄せていた。
そうやって毎回、頑張り続けた。気づいたら、私じゃない何かになっていた。
毎回のお見合いが、苦痛だった。
家に着く頃には、もう何も考えたくなかった。
それでも、お断りされることが多かった。
「残念ながら、今回はご縁がなく」
そう言われるたびに、私は壊れていった。
うまく振る舞えていたと思う。どうしてダメだったんだろう。あれだけ頑張ったのに?
そうやって、次のお見合いでさらに無理をする。さらに疲れる。さらにお断りされる。
もう散々だった。
採点表を持っていたのは、私の方だった
そして、ここからは、本当はあまり書きたくない話。
私、男性のことを、ずーっと採点していた。
学歴、年収、職業、身長、家族構成、清潔感、話し方、価値観、家事への姿勢、共働きへの理解。
頭の中に、見えない採点表があった。
一つでもバツがつくと、減点。減点が一定を超えると、お断りする。
その採点表、めちゃくちゃ厳しかった。
自分が完璧じゃないと許せないから、相手にも許せなかったんだと思う。
私はこんなに頑張ってるのにって、相手にも同じだけ頑張らせたかった。
「これくらい当然」のラインが、どんどん上がっていた。
そして、何度かやってしまった、おかしな判断。
書きながら、自分でも引いている。
生理的に無理な顔の男性と、交際に進んだことがある。
しかも、4回。
いや、一回で学べよって話なんやけどね。
最初に会った瞬間から、無理だと分かった。一緒にいたくない。
それなのに、毎回「ぜひ」と返事をした。
理由? 条件がよかったから。
医師、年収高め、高学歴、年齢も近い。条件表で見ると、釣り合っている。
正直、条件さえ良かったら、顔くらい目をつぶってやれるわって、本気で思ってた。
ネットの「結婚相手に求めなくて良かった条件ランキング」に、顔が入ってるし。
どっかの仲人も、顔はついていればいいって言ってたし。
いつか慣れるんやろ。なんなら慣れてみせるわ。
そういう、謎の方向に努力してた。
結婚を、ゴールにしてた。
自分の好きや嫌いよりも、周りから見て釣り合っているか、相応しいか、それしか考えてなかった。
ねえ、私、何やってたんだろう。
結局、毎回、私のほうからお断りした。最後まで、顔を見るのが苦痛だった。
私、条件でしか人を見ていなかった。
70万円使って、まだ結婚できなかった
この5年で、私はあらゆることをした。
マッチングアプリは、Pairsばっかり5回。退会しては再ダウンロード、退会しては再ダウンロード。
しかも、他のアプリは使ったことないという謎のこだわり。
結婚相談所、4社。婚活サイト、3つ。
入会金と月会費、全部足して、70万円。
交通費、デート代、写真代、美容代は、数えていない。怖くて、計算してない。
「いいよね、稼いでるんだし、いい人と結婚できたら安いもんよ」
そういう打算でつぎ込んできたけど。
結婚できるのか、私?
「優秀な後輩」が、入ってきた日
実は同じ頃、職場でも、うまくいっていなかった。
優秀な後輩が入ってきた。
「○○くん、優秀だよね」
先輩が、何気なく言った一言。
その瞬間、心臓が、ぎゅっと縮んだ。
私はずっと、「優秀な、すみれ先生」と呼ばれていた。褒められる側に、いた。
でも、その後輩が来てから。このポジション、無くなる。
取られる。
頭では、おかしな話だと分かっている。後輩が優秀でも、それで私の何かが減るわけじゃない。
でも、心は、そう思えなかった。
褒められる側から、外れる。それが、たまらなく怖かった。
例えるなら、大きな地震が起きて、地面が崩れていくような感覚。
自分が下へ落とされていく中で、必死で瓦礫を掴もうとしているような、あの感じ。
婚活でも選ばれない。仕事でも、褒められる側じゃなくなる。
両方、同時に崩れた。
ずっと安心してきた場所から、初めて、放り出された。
その感覚、想像以上にきつかった。
心が、しんどかった。
過干渉な母と、私
そんな頃、実家に帰った日の夕食の席で、母が何気なく言った。
「すみれはたくさん褒めて育てたから、自信のある子に育ってよかった」
母は、誇らしそうな顔をしていた。
その言葉に、私はうまく笑えなかった。
自信?
自信なんて、ないけど。
でも、母にそれを言うことはできなかった。
母は、ちょっと過干渉なところがある人。私の進路、服装、友達関係、ぜんぶに口を出してきた人。
そして、よく褒めてくれる人でもあった。否定されて育ったわけじゃない。むしろ、愛情はたくさんもらった。
ただ、褒め方には、いつも比較があった。
「○○ちゃんよりしっかりしてるね」「○○ちゃんと違ってすごいね」
私は、"その子より上"であることで褒めてもらえていた。
褒められている娘でいないと、なんとなく落ち着かなかった。
その夜、ずっと考えていた。
私って、本当に自信があるんだろうか。
たぶん、ない。
ずっと、なかった。
ずっと、見えていないふりをしていた。
褒められている間だけ、自信を持てた。「あの子たちとは違う」と思えている間だけ、自信を持てた。
それがなくなった瞬間、私の自信は消える。
そんな、薄っぺらいものだった。
「心の癖」という言葉に、出会った
それから、1ヶ月くらい、ずっとYouTubeを見ていた。
特に何を見たいわけでもなく、ただスクロールしていた。
そんなある日、たまたまAIのおすすめ機能で、ある動画と出会った。
「過干渉の親に育てられた子供の特徴」
なんとなく、再生した。
最初に挙げられていたのが、「自信がない」だった。
あ、これ私だ。
うちの家、たしかに過干渉だったかもしれない。
否定されて育ったわけじゃない。むしろ愛情はたくさんもらった。
でも、何をするにも口を出された。進路、服装、友達関係、生活習慣。
そして褒められ方には、いつも比較があった。
そこから、私は関連動画を漁った。心理カウンセラー、精神科医のチャンネル、何日もかけて見続けた。
そして、ある言葉に出会った。
「心の癖」。スキーマ、とも言うらしい。
子どもの頃に身についた、自動的に動く前提のこと。
普段は意識しないけど、何かが起きたときに勝手に発動する。そして今、自分の生きづらさを、つくっているもの。
母が悪かった、という話じゃない。
母は、ただ褒めて育てただけ。それも、愛情を持って。
ただ、その褒められ方を、子どもの私は勝手に「ルール」に変換していた。
「褒められている間は、私には価値がある。褒められていない間、私には価値がない。」
これが、ずっと動いていた。
だから、後輩が褒められたとき、私はあんなに揺れた。褒められる側のポジションが、私のものじゃなくなる。その揺らぎに耐えられなかった。
だから、婚活でお断りされるたびに、私は自分を否定した。「ちゃんとした女」として完璧に振る舞ったのに、相手の目には、「素敵な人」として映らなかった。それは、私の存在そのものを否定された感覚に近かった。
私の自信は、いつも他人の評価の上にしか乗っていなかった。
評価が動けば、自信も動く。
そういう脆い場所で、私は生きていた。
子どもの私を、見つけた
それから私は、自分の心の癖を、紙に書き出してみた。
ノートを開いて、思いついたことを、ただ書いていく。
「褒められていないと、私には価値がないと思っている」
「完璧にできないなら、最初からやらないほうがマシだと思っている」
「失敗したら、罰せられると思っている」
「人よりも上にいないと、落ち着かない」
書き出してみると、自分の中に、たくさんの「思い込み」があった。
事実じゃないのに、私の中では「絶対のルール」になっていた。
次に、その思い込みが、いつできたかを書いた。
「○○ちゃんよりできるね、と言われた日」
「悪い通知表を持って帰った時の母の悲しそうな顔を見た日」
「初めて100点じゃないテストを持って帰った日」
一つ一つ、思い出せる範囲で書いていく。
書いているうちに、気づいた。
私を縛っていたのは、母の言葉そのものじゃなかった。
母の言葉を、私が「絶対のルール」に変換していた。
私が、勝手に学習していた。
書き出したノートを見て、思った。
ああ、私の中には、まだ子どもの私がいるんだ。
その子は、母に褒めてもらえた日のまま、止まっている。「褒められていないと、私じゃなくなる」と、ずっと信じている。
私は、その子に話しかけた。
「今まで頑張ってくれて、ありがとう」
「ごめんね」
「もう大丈夫」
「そのままで、いいよ」
自然と、そんな言葉が出てきた。
なぜだろう、あんなに憎かった昔の自分が、急に愛おしく思えた。
おまけに、涙が出てきて止まらなくなった。
こんなに泣いたのは、いつぶりだろう。
褒められたくて、必死で走ってきた子。比較されて、それでも「上」でいようとした子。完璧じゃないと出せなかった、誰にも本当の自分を見せなかった子。
その子は、悪くなかった。
ただ、褒められることで安心したかっただけ。それだけのことだった。
「結婚しなくてもいい」と、思えた日
その間、婚活は休んでいた。
正確に言うと、休まざるを得なかった。
心がしんどすぎて、もう誰にも会いたくなかった。
休会費だけが、毎月引き落とされていく。
「もったいないな」と思いながら、それでも、婚活を再開する気にはなれなかった。
何ヶ月か、何もしなかった。
ただ、自分の心と向き合っていた。
その期間、ふと思った。
「結婚、もういいかな」
「一人でも、別にいいかな」
不思議な感覚だった。
「結婚しないとダメ」という思い込みから、ふっと解放された。
それまでずっと、「結婚しないと一人前じゃない」「結婚できないと負け」って、無意識に思ってた。
結婚も、「ちゃんとした人生」のチェック項目の一つだった。
その縛りが、急に軽くなった。
無理して結婚しなくてもいいのかも。
そう思えたとき、肩の力が抜けた。
感情が、戻ってきた
私は、ずっと強く生きていた。
頑張ってた。
感情は精神論で殺してきたから、毎日のちょっとしたことで落ち込んだりはしない。
朝起きて、仕事に行って、ちゃんと働く。そういうのは、できていた。
ただ、ずっと心は死んでいた。
楽しいも、嬉しいも、感じなくなっていた。
それが、少しずつ、戻ってきた。
「ああ、これ楽しいかも」
「ああ、これ美味しいな」
そういう、小さい感情が、感じられるようになった。
子供の頃は、当然のように持っていた感情。
ずっとずっと、忘れていた感情。
おかえり。
それから、何もない時間を、自分に許せるようになった。
以前の私は、ご飯を食べる間も、自己啓発系のYouTubeを見ていた。目が、暇だったから。
今は、ご飯を、ゆっくり味わう。ドラマを、ただ観る。散歩を、ただ歩く。
意味を探さない。点数をつけない。
後輩が褒められても、「ああ、優秀だな」と、普通に思えるようになった。
少しずつ、人を採点しなくなった。されようとも、しなくなった。
あるとき、ふと思った。
「やっぱり、結婚はしたいな」
無理して結婚したいんじゃなくて、ただ、一緒にいたい人を見つけたい。
採点しないで、相手を見たい。完璧じゃない私も、出せる相手と出会いたい。
そういう関係を、つくってみたい。
6回目の、ペアーズ
再開するか、迷った。
相談所も、休会していたし。
でも、相談所は、条件で選ぶ・選ばれる場所。リハビリ中の私には、たぶんきつい。
条件表を、また広げることになる。
それは、避けたかった。
アプリのほうが、条件で選ぶ感覚が少ない気がした。プロフィール文も読めるし、メッセージで人柄も見える。
私は、アプリを再ダウンロードした。
6回目のPairs。
ほんと、何回するんやろ。
採点表を、捨てた
再開して、改めてアプリを開いた。そうしたら、気づいた。
「あれ、意外と、いい人いるじゃん」
会ってみたい人が、何人もいた。
以前の私には、見えていなかった。条件表でしか見ていなかったから。
相手のプロフィールの見方が、変わった。
以前は、年収、学歴、職業を、まず見ていた。
でも、再開後は、プロフィール文を読むようになった。
どんな人なのかな? どんな価値観を大事にしている人かな?
人柄と、自分と合いそうかを、見ていた。
相手を見るだけじゃなくて、相手にとって、私との関係がいいものになりそうか。いいものであってほしいとも、思った。
そして、自分の振る舞いも変わった。
完璧じゃない私も、出せるようになった。
「これ、どう思われるかな」って、言いたいことを飲み込まなくなった。
相手の好みに合わせて、自分を変えるのを、やめた。
ただ、私として、その場にいる。合わなければ、合わない。それでいい。
お断りされても、ダメージが減った。
本当の自分を見せて断られたら、相当ショックなんじゃないかと思っていた。でも、違った。
完璧に振る舞っていた頃に断られた時のほうが、よっぽどショックだった。
不思議なものである。
「あの人にとって、私は合わなかっただろうな」
「私も、なんとなく合わないなって思ってた」
そう思える。
婚活が、少しだけ楽になった。
ぬるっと、彼は現れた
彼との出会いは、ドラマチックなものじゃない。本当に、何気なく。
ペアーズを再開してメッセージが複数届いた。彼からのものも含まれていた。
あれ、私、いいね返してたんだっけ?
正直、記憶にない。
改めて、彼のプロフィールをちゃんと開いてみた。
普通だった。年収も、職業も、学歴も、可もなく不可もなく。
でも、なんだろう。妙な安心がある。
そのまま、やり取りすることにした。
何通かやり取りをしているうちに、気づいた。
この人、圧倒的にメッセージが返しやすい。
以前の私は、メッセージに10分とかかけていた。「これでどう思うかな」「重くないかな」「軽くないかな」と、ずっと考えて。
でも彼に対しては、何も考えず、気づいたら返信を打ち終わっていた。
ちょうどいいペースで、連絡をくれる。私が疑問に思いそうなところを、事前に開示してくれる。
そういう一つ一つに、惹かれていった。
会う前には、もう、ちょっと気になる人になっていた。
1回目のデートは、微妙だった
実際、会った。
全然、盛り上がらなかった。
メッセージではあんなにポジティブな感じだったのに、実際の彼は無口で、ちょっと暗かった。
ショックで、家に帰った。
期待しすぎていた、と思う。会ったら会話が弾んで「運命の人かも」みたいになるのを、勝手に期待していた。
でも、彼も「緊張してうまく話せなかった」と言っていた。本来は、明るい人なのかもしれない。
そう思って、もう一回会うことにした。
2回目。
すごく盛り上がったわけじゃないけど、なんか、楽。自然体だった。
気づいたら、自分から3回目のデートを誘っていた。
それも、自然に出てきた言葉だった。
3回目、彼から告白された。
実は、なんとなく分かっていた。今日、告白される気がする、と。
それでも、いざ言われたら、緊張して、うまく言葉が出てこなかった。
今まで、好きじゃない人と付き合ってきたから、こういうとき、どう返していいか分からなかった。
「じゃ、じゃあ、よろしくお願いします」
……いや、よろしくお願いしますって。何、その色気のない発言。
帰り道、一緒に電車に乗った。
ときめきキュンキュンって感じでは、なかった。
ただ、じわっと心が温まるような、心地よさ。
こんな感情、あるんだ。
これも、ときめきって言うんだ
付き合ってから、気づいた。
私、ちゃんとこの人に、ときめいてる。
大好きだ。
でも、これまでの「ときめき」とは、種類が違う。
以前の私は、もっと分かりやすいものに惹かれていた。
会話が知性に富んでいる人。ウィットの利いた返しをしてくる人。めっちゃ褒めてくれる人。
そういう、はっきりした魅力に、心を掴まれた。
彼は、そういうタイプじゃない。
会話は、面白くて盛り上げ上手、ってわけじゃない。むしろ、穏やかで、静かなほう。
褒め言葉を、たくさんくれるタイプでもない。
以前の私だったら、マッチすら、しなかったかもしれない。
それなのに、ちゃんと、好きになっていた。
会うたびに、好きが、増えていった。
大学生の頃、本気で好きになった人がいた。
緊張して、自分を消して、必死で振る舞った。
「嫌われたらどうしよう」「ダメだったらどうしよう」「足りなかったらどうしよう」
そういう恐怖が、いつも頭の中にあった。
彼との関係には、それがなかった。
好きだけど、不安はない。ちゃんとときめいているのに、息は苦しくない。
そんな感情があるって、知らなかった。
彼に「私のどこを好きになったの?」と聞いたとき、彼は「安心感」と答えた。
私も、彼に対してそうだった。
お互いが、お互いに、安心していた。それは、すごいことだった。
付き合ってから、もうひとつ気づいたことがある。
私には、普段は飲み込んでいる本音がある。
「これ言ったら、引かれるかな」「気が強いって思われるかな」
そうやって、ずっと飲み込んできた。
でも、彼の前では、その本音が、ぽろっと出てきた。
不思議と、出しやすい雰囲気の人だった。
勇気を出して、思い切った本音を言ってみる。
すると、彼は「自分もそう思ってた」と返してくる。
同じことを考えていた、というのが、多い。
「この人にだったら、本音を出していい」と思える瞬間が、少しずつ積み重なっていった。
仕事で疲れた日は、疲れた顔で会った。体調が悪い日は、体調が悪いのを隠さなかった。
完璧じゃない私を、初めて、人に出せた。
それでも、彼の態度は変わらなかった。
「疲れてるの? 無理しなくていいからね」
ただ、そう言った。
以前の私だったら、その言葉を、そのまま受け取れなかった気がする。
「無理しなくていい」と言われても、「いや、無理してでもちゃんとしないと」と、自分で自分に追い打ちをかけていただろう。
でも、今は彼の言葉を素直に受け取れる。
結婚を、ゴールにしなくなった
今、彼と付き合っている。
結婚の話は、付き合ってすぐ、お互い自然と出てきた。
たぶん、お互いに、「結婚するなら、この人がいいな」と思っている。
でも、すぐ結婚じゃない。
私たちは、二人とも、ちゃんと段階を踏みたいタイプ。
付き合って、同棲して、それから結婚する予定。期間も、なんとなく決めている。
うまくいったら、いいなと思う。
でも、うまくいかなかったら、それは、それでいい。無理しても、続かないしね。
以前の私だったら、「結婚しないと付き合う意味がない」と思っていた。
目的がないと、行動できなかったから。
でも、今は違う。
今、この時間を大切にしたい。
母には、まだ言っていない
母には、まだ彼のことを話していない。
「婚活はやめた」とだけ、伝えている。
母は、本当は、優しい人。
私に「ああしなさい」「こうしなさい」と、直接言ってくることはない。
代わりに、ちょっと違う角度から、攻めてくる。
「元彼の〇〇くん、今どうしてるのかな? いい子だったよね。連絡とってみたら?」
母は、たぶん焦っている。
私の同級生たちは、結婚しはじめた。
母は、子育てに成功した、と思っている。
「すみれは、ちゃんと育った娘」というのが、母にとっての自慢の核だった。
その核が、私が結婚のフェーズに乗ってくれないことで、揺れている。
母を、安心させてあげたい気持ちは、ある。
「実はね、付き合っている人がいるよ」って言ったら、母はきっと嬉しそうな顔をする。
その顔、見たい。
でも。
そのために、自分が無理するのは、違う。
母を安心させるために、彼を母に「見せて」、母のチェックを通すような関係に、したくない。
そのチェックを通すと、彼との関係に、母の評価軸が混ざってしまう気がする。
私はもう、評価で人を選ぶのを、やめた。
そこに、また他人の採点表を持ち込みたくない。
母には、悪いけど。
もう少しだけ、秘密。
いつか、ちゃんと話そうと思う。
結婚相手以上に、素敵なもの
婚活を始めて、5年。
アプリ6回、相談所4社、会費だけで70万円。会った人数は、50人超え。
それだけ使って、私が手に入れたのは、結婚相手以上に素敵なものだった。
自分の心の癖に、気づけたこと。
褒められなくても、ここにいていいと、自分に許せたこと。
完璧じゃない私を、人に出せるようになったこと。
もし婚活をしていなかったら、私はずっと「褒められる側」でいなきゃと、自分を見張り続けていた。
ずっと、誰かに採点されているような気持ちで生きていた。
他人の評価に、自分の自信を委ねていた。
だから誰かのちょっとした一声で、私の心の奥が、揺れた。
婚活が、その脆さを、暴いてくれた。
何度もお断りされて、何度も泣いて、それでも結婚できなかった日々が、私を一度、底まで降ろしてくれた。
底まで降りたから、私は自分の心の癖に、気づけた。
降りた後の世界は、思っていたより、優しかった。
褒められなくても、大丈夫だった。完璧じゃなくても、誰も離れていかなかった。
というか、自分で勝手に、自分に厳しくしていただけだった。
「褒められる側でいないと」って、自分で自分を縛っていただけだった。
ただ、自分のままで、生きていい。
それを、自分に許せた。
70万円。50人。5年。
全部、無駄じゃなかった。
小学生のとき、国語の教科書で「山月記」を読んだことがある。
詩人になりたかったのに、下手な自分を見せたくなくて、誰にも教わらず、誰にも見せず、結局、虎になってしまう男の話。
主人公の李徴を見て、ぞっとした。
これ、私だ。
あの怖さは、大人になっても消えなかった。
婚活でも、私は同じことをしていた。
完璧以外を出せない。それでも選ばれなくて、もっとちゃんとしなきゃと、自分を追い詰める。
気づけば、どんどん森の中に入っていく。
私は、危うく虎になるところだった。
でも、今は違う。
私の中にいる虎は、随分と小さくなった。
それでも、たまに、ふとした瞬間に顔を出す。
「褒められないと」「完璧じゃないと」「あの子たちより上にいないと」
そう囁いてくる。
でも、もう、大丈夫。
「ああ、また小さな虎が出てきたな」と思って、見守る。
虎がいてもいい。
私は、人間として、ここにいる。
完璧じゃない私を、私が許せるようになった。
それが、何より、大きかった。
婚活の末に見つけたものは、結婚相手以上に素敵なものだった。



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