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「いきなり、俳優やっちゃいました」けど【エッセイ】二四〇〇字

 「おいおい、ここ、俳優養成所かよ」

 東京新聞が俳優座とコラボした演劇講座「いきなり俳優」。今回の題材は、向田邦子の『あ・うん』。一回二時間、全十回。オーディションはなく、抽選。参加者の多くは、セミプロらしき人もいるが、基本は“素人集団”である。

 講師は俳優座の俳優、小泉将臣氏。NHKドラマの脚本から四つのシーンを抜き出し、二十分ほどの台本にまとめている。稽古は、実質七回。「僕がやる以上は、良いものにしたい」という熱意は十分に伝わってきた。

 ただ、その現場で最初に覚えたのは、ある種のカルチャーショックだった。

「おいおい、ここ、俳優養成所かよ」と思わされるほどに、容赦ない過激なダメ出しの言葉がビシバシ飛ぶ。
 ムカッとくる。
 たえず言われたのが、「演技しないで」。
 臭い演技とは思っていないのだが、
「マサさん(私)、なぜ下向くんですか。ダサイっす。門倉はもっとカッコいい。動かないで。それは俳優がよくやる“ガス抜き”なんだ」
 “ガス抜き”。ごまかしていると言っているのだろう。演技するのは高校演劇以来。生意気は言えないが、一方的に指示され鵜呑みにするのではなく、その「擦り合わせ」をやりたいのだ、私は。しかし、反論していては、二時間がすぐに終わってしまう。だから、従う。他のみんなも、口をつむぐ。セミプロっぽいひとは、顔色を見る。すぐに合わせる。演劇界は今でも、演出家に逆らえば干されてしまうのだろうか。
 そんなフラストレーションが残った。

 言っていることは、間違ってはいないのだろう。最近の演技論なのだろう。しかし、問題はそこではない。一方的に提示される「正解」に対して、こちらがどう考えているかを差し出す余地がほとんどないことだ。
 本当は、その「擦り合わせ」をやりたい。
 なぜそう演じるのか。なぜそう解釈するのか。――
 演劇の世界は、いまだに封建的なのか。

 発表会は先月十八日。ひとまず終わった。課題は多く、五月からの『銀河鉄道の夜』に持ち越しである。
 ただ、観に来てくれた友人からは、「大仰な演技じゃなく自然で良かった」と言われた。もしそうだとすれば、あの厳しい演出も、どこかで活きていたのかもしれない。

 高校時代、三本の芝居に関わった。二本は役者として、一本は演出兼役者としてである。
 そのとき痛感したのは、演出とは「人との関わり」だということだ。部員同士はドングリの背比べ。プロのように一方的に命じても従わないし、そもそも要求をそのまま実現できる技量もない。もちろん、蜷川何某氏のように灰皿を投げるわけにもいかない。――教室に灰皿はないが。

 民主的に進めなければ、すぐに空中分裂する。

 そこで必要になるのが「擦り合わせ」だった。演出の考えを説明し、役者の解釈を聞く。台本を読み込み、作者の意図や場面の意味を共有する。その積み重ねが芝居をかたちづくる。

 最終学年で部長となったとき、私は完成された台本を用意しなかった。テーマと大筋だけを決め、各場面の台詞を議論で作っていく。自分の言葉がそのまま台詞になるから、身体に馴染む。感情も自然に乗る。

 独立した当時を振り返れば、この経験は経営でもそのまま活きた。正解のない状況で、私とスタッフ全員が、「自分ならどうするか」を問い続ける。そのプロセスは、芝居づくりと同じだった。

 今回の『あ・うん』に戻る。

 結論から言えば、「擦り合わせ」が不足していたと感じている。講師の力量や熱意の問題ではない。時間の制約の中で、原作・役・場面の理解を共有する余裕がなかった。その結果、演出はどうしても「押し付け」に近づく。
 象徴的だったのが、ある場面での「事実確認」だ。

 門倉は無二の友・水田の妻、たみに恋心を抱いている。その気持ちが深まっていくことに気づき、悩む。そこで仙吉に喧嘩を売り、無理やり絶交を仕向ける。しばらくその状態が続く。そして、再び水田家を訪れる。そのとき、彼は水田の海外赴任、栄転を知っていたのか。

 私は「知らなかった」と考えた。だが演出は「知っていた」とする。この違いは、登場のタイミングを変える。小さな差のようで、芝居の意味に関わる問題だ。
 調べると、映画版では「取引先に聞いた」という台詞が補われていた。小泉氏は高倉健と親戚にあたると述べていたが、「健さんの門倉」をイメージしていたのかもしれない。つまり、今回の台本は前提が十分に整理されていなかったことになる。
 こうした問題は、本来「擦り合わせ」によって解決されるべきものだ。

 現代演劇の旗手のひとりである平田オリザ氏は、「演劇入門」(講談社現代新書二〇〇頁)でこう述べている。
「民主政治、市民社会とは、コンテクストの共有を急がず緩やかに行っていく社会である。そこでは、対話が不可欠の要素となる。ギリシャで生まれた『演劇』あるいは『哲学』は、この『対話』の訓練であり、シミュレーションに他ならない」
 この言葉は重い。まさに核心である。

 演劇とは、台詞を覚えて舞台に立つことではない。違いを持ち寄り、すり合わせ、意味を共有していく営みである。それは、そのまま民主主義のプロセスに重なる。

 欧米では、学校教育に演劇が取り入れられている。単なる表現教育ではない。他者と考え、対話するための訓練としての位置づけだ。ディベートと同じく、演劇は「異なる立場を引き受ける」技術でもある。

 そう考えると、今回感じた違和感は、単なる演出の問題ではない。プロセスの問題である。

 芝居は、舞台の上で完成するものではない。そこに至るまでの「擦り合わせ」こそが、芝居そのものなのだ。

  

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コメント

47
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sikuramen

演劇の「あ・うん」は どうなったかなあ?と・・ありました! 早速、読みました。読みながら 私にしては 珍しく記事の気になったところを 書き写していました。 「あ・うん」の登場人物【門倉】を演じられて 気づかれたこと、それを分析されているところは さすが菊池さんだ!と 感服していま…

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菊地正夫 いいね
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菊地正夫
@sikuramen さん

こんにちは。 >俳優はあくまでも その駒(?)でしかない。のですか? 「駒」と思っている演出家もいるようです。 平田オリザの『演劇入門』にも、そのような記述がありますね。 >「出来るだけ忠実に演じた」俳優さん! 違いますよね。 確かに演出家の能力も関係しているでしょうが、…

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ながつきかず

なるほど~そう言うことだったのですね。つまり >>演劇は「異なる立場を引き受ける」技術 目から鱗な思いです! ただ「先生」と言うのではなく演劇の先生だけ演劇というのがとても強調されるんですよね。こちらの前首相とか、仏大統領マクロンの妻とかもそんな職歴ですが。そう言うことに長けて…

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菊地正夫

ながつきさん、(こちらでも)おはようございます。^^ そうか、前首相は演劇教師の経歴もあったのですね。 Wikiを調べました。 パフォーマンスは決まっていましたものね。なるほど、と納得。^^ >>演劇は「異なる立場を引き受ける」技術 民主政の原則と思いますね。 そして、 セリフ…

千本松 由季/小説家/YouTuberのプロフィールへのリンク

YouTubeにupしてください。

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菊地正夫

メッセージをお送りしました。(◎_◎;)笑

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おはようございます。 動画、どこですかー? もう終了しちゃいましたか?

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菊地正夫
@空を飛ぶ土竜 さん

土屋さん、返信見逃していました。(◎_◎;)笑 おはようございます。 よく観ていただいたようでありがとうございます! >自然に入っていけました。 そうですか? とすると、演出家の魂胆に乗っかってしまったということでしょうか。(◎_◎;)笑 >手の置き場 そうそう。それが一番難しい…

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「いきなり、俳優やっちゃいました」けど【エッセイ】二四〇〇字|菊地正夫
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