政治・司法・皇室・社会を幅広く読み解く総合ニュースメディア

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報じ続けて、80年。

すでに情報があふれる時代に、
それでも私たちは、新しいニュースメディアを立ち上げました。
内外タイムスだから伝えられることがある、そう思ったからです。

私たちには80年間、
情報を通じてビジネスマンを支え続けてきた歴史があります。
その積み重ねてきた報道力があるからこそ、語れる言葉がある。届けられる真実がある。

内外タイムスは今、新しい形で生まれ変わります。

戦後から平成まで、世相を映した大衆紙

内外タイムスの歴史を伝える新聞紙面の写真

内外タイムスの歴史は、戦後間もない1946年1月の創刊から始まります。
焼け野原から立ち上がる日本社会で、人々が求めたのは政治や経済の難しい話よりも、日常に寄り添う“生きた話題”でした。

芸能・スポーツ・社会事件を独自の切り口で報じた内外タイムス。
その歴史は今もネットメディア「リアルライブ」に受け継がれていきました。

内外タイムスの沿革と報道の記録

1946

前身と創刊

1946年1月(昭和21年):実際は読売新聞のダミーとして「国際中日公報」が創刊

読売との関係

今日も名の残る大手新聞は太平洋戦争中、新聞紙法の規制を受けて悉く日本軍部を翼賛する報道を繰り返してきたため、連合国GHQはそれら大手新聞を戦争犯罪人と考え、新聞の新旧交代を図るために物資枯渇による新聞用紙の割当配給制を背景に、敗戦によってそれまでの新聞統制が無くなったことで、新聞社の設立も自由になり倫理的に無傷な新興新聞社に新聞用紙を優先的に配給することで発行を容易にし、戦犯かつ旧勢力としての既存大手新聞の力を削ぐことで立場を入れ替えることを企図した。この施策に対し既存の大手新聞各社は「自紙のダミー会社をGHQが喜びそうな新興新聞社として設立する」という極めて脱法的な方法で密かに抵抗していた
内外タイムスもまた、当初は華僑向け新聞を口実として創刊された新興新聞社のひとつであったが、実態は読売新聞社のダミー会社であった

1949

1949年6月1日(昭和24年):読売新聞傘下に入り、『内外タイムス』に改題。以降、報知新聞とともに読売新聞の夕刊代替紙として発行開始。当時の内外タイムスは銀座に本社があり、読売新聞の印刷工場で印刷されていた

読売新聞傘下に入り、『内外タイムス』に改題の写真

読売との関係からの独立

1949年12月(昭和24年):読売新聞が夕刊体制を整えたため、読売系列からの後ろ盾を失う。その後、報知新聞は読売系列の朝刊スポーツ紙へ方向転換し、内外タイムスは読売傘下から独立して大衆娯楽紙へ転換。独立後も読売新聞販売店で取り扱うなど一定の繋がりはあった

内外タイムスの看板の写真

台東区浅草1丁目に貼られた内外タイムスの看板

当時設置された看板

内外タイムスは、読売新聞の販売網(販売店・配達網)を使って配られていたので、実質的に「読売系の夕刊紙」と見られていました

1970
2009

風俗記事廃止・復活と60周年記念

2009年4月1日付(平成21年):風俗関連記事および「三行広告」の掲載を中止
同年5月22日付(平成21年):読者・広告主からの要望により風俗記事・広告を再開し、「甦る 内外タイムス」のキャッチコピーを掲載
同年6月1日(平成21年):創刊60周年を迎え、東京都内で「故 内外タイムス新聞葬」と銘打った記念イベントを開催。さらに、芸能人の田代まさしがコラム連載を開始し、紙面の割り付けを改変

競馬と競艇

競馬と競艇で冠レース「内外タイムス杯」も提供していた
その後、休刊を受けて2010年は「両国ステークス」に名称変更となり武豊騎手騎乗のアルトップランが優勝

『リアルスポーツ』への改題とその後

2009年9月1日(平成21年)発行(9月2日付):創刊以来の『内外タイムス』が終了し、『リアルスポーツ』(略称「リアスポ」)として新創刊。紙齢は「第00001号」としてリセット。しかし、『リアルスポーツ』も11月30日発行分を最後に廃刊

Webサイト継承とインターネット配信『リアルライブ』

サイト運営は外部委託であったが、変遷の末、運営企業は株式会社アンカードである。 同社はウェブサイト『リアルライブ』の運営を引き継ぐ形で2017年6月12日に設立された。

元西鉄ライオンズ永易将之の八百長関与者の写真
2025

内外タイムス、Webメディアとして復活

2025年12月15日13時(令和7年):客員編集長には、元STARTO ENTERTAINMENT代表取締役CEOの福田淳氏が就任

内外タイムスが社会に与えた影響

内外タイムスは、大手紙が扱わない芸能・スポーツ・社会の裏側に迫ることで読者を魅了した“大衆娯楽紙”でした。大きく刺激的な見出しと庶民に寄り添った記事は、日常会話にのぼるニュースを次々と提供しました。

その姿勢は数々のスクープに表れています。1960年には石原裕次郎と北原三枝の婚約をスクープし、芸能報道の先駆けとなりました。1970年前後にはプロ野球「黒い霧事件」で永易将之元投手の消息を突き止め、さらに森安敏明投手の暴力団関与を暴いて球界に激震を与えます。

芸能スキャンダルからスポーツ八百長まで。内外タイムスの紙面は、時に社会を動かす力を持っていました。

そして新たに生まれ変わる内外タイムスが誕生

創業から80年――内外タイムスが再び始動します。
私たちが届けるのは、いまの時代が本当に求める情報。

政治の背景や経済の行方、そして日本がこれからどこへ進むのか、どうあるべきなのかを問いかけます。

しがらみに縛られず、忖度なく、真実をまっすぐ伝える。
それが、時代に応えるニューメディアの使命。

80年の歩みを受け継ぎ、新しい地平を切り拓くべく、内外タイムスは再び歩みを始めます。