確かにアイデンティティ
8月の紫陽花。ポリネシアン社会復帰という動画を定期的に更新するのを目標にチャンネルを作ってみました。
次あげる動画はポリネシアン社会復帰ではなく、ちまちま毎日書いている日記の一部を切り取って継ぎ接ぎしたもの。いつものフォーマットと違った初めての構成は中々難しくて、逃げるようにこうしてnoteを書き始めた。最近は謎にものを始めるだけ始めてみたくなってしまって、これが良いのか悪いのか。広げたままの風呂敷が。今の所マイナスは被っていないのでこの行動力は肯定してあげたい。
ポリネシアン社会復帰の動画、最後に短歌を加えてみているのですがどうですか。
絵をながらく描いていなかったから、色の塗り方を全く忘れてアニメ塗り風で誤魔化している。絵が下手になっていた。ペンを持つ手が震えて定まらない。
絵を描く時に音楽を聴きたいのだけれど、常に頭の中ががやがや自分同士の話し声がうるさくて、MVを一時停止したものを横に置いては聴いた気になっている。今一時停止しているのはLetters(椎名林檎cover)。
昔から本を読むのが好きだった。田舎の私立でもなんでもない少人数の学校だったから、本を読んでいるだけで賢い子認定された。
「本を読むのが好きな賢い子」それは他認としてはとても結構。眩しすぎるアイデンティティ。
コナンドイルやアガサクリスティが好きで、生涯作品数がすでに決まっているものを一気に読むと勿体無いからと、他の本を5冊読んだら1冊推理小説を読めるマイルールを作り、それのノルマの為に図書室の本を左上から順に読んだ。
みんなハリーポッターを借りるだけ借りて、その厚みに挫折してすぐに返却されていたのを覚えている。
なんでも魔女商会の服のデザインのイメージボードの、綺麗なレースや布の素材がそのまま印刷されていたページへの憧れを覚えている。
ひみつシリーズばかり借りて貸し出しの冊数を稼いで、全校朝会で表彰された人に向けていた、卑しい感情を覚えている。
図書室に入る度に、一生返却されない容疑者Xの献身が収まっていた本の隙間に、目を滑らせていたルーティンを覚えている。
はだしのゲンのページの指の掛かるところが、汗ばんで波打っていたのを覚えている。
ハムレットの最初のカラー挿絵のオフィーリアの絵の美しさを覚えている。
本を読むのが好きだった。
本当に?
死にたいなんて口には出来たことがなくて。それで良い。何があっても自殺を劇的なものに捉え過ぎてはいけない。嘘でも、上辺でも、そう言い聞かせるべきだ。本当に、死にたいと言えるほど強くなりたい。いや、変な強さは無くてよかった。
遠すぎる死に対して漠然と憧れを抱き、近すぎる死に対して確実な恐怖を感じる。
あなたの優しさは、昔何処かで壊れたからで、それをわかっていながら、私はその優しさを利用している。
共犯者になれない寂しさをもう感じたくはない。
また動画を作ります。たくさん。ずっとずっと、ちゃんと継続します。居場所にしたいから。此処に居てくれる?
8月の紫陽花


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