「オタク迫害論争」にはまったく興味がないし、加わる気もないって話。
どっかでバズったかなにかしたかで閲覧数が伸びており、さらにいろいろ噛みついてくる人も増えたりして、面倒くさいので言っておきたいと思う。
私は「オタク迫害論争」に加わるつもりもないし、「それでもオタクは迫害されてきたんだ」「差別されてきたんだ」と主張する人たちに文句をつけるつもりはない。
というより、興味がない。
オタクとしてもエヴァガンダムドラクエジョジョの話ばかりする人たちと、ファミコンブームに対するセガ派どころか、それよりさらに忘れ去られているPCゲーム時代からこの方、どこへ行ってもマイナー側にいて、本も小説も初版どまりの物書きが話が合うわけないのである。
つい最近の2025年だって『Kingdom Come: Deliverance2』が圧倒的に素晴らしいと思っていたのに、国内では全く売れてないし、ネットでも話題に鳴らなかったので話し合える人もいなかったのだ。
完全に「今のオタクたち」と話が合うわけもない。
だから、「今のオタクたち」が「自分たちは被害者だったんだー!」とか「迫害されているんだー!」と主張することは別に構わないし、好きにすりゃあいいと思っている。
個人的な体験として迫害や被害者としての経験を持っている人たちもいるだろうしね。
だけど俺は違う。
まったく別な「オタクの歴史」を見てきたし、オタクとして歩んできたので「俺は違う歴史を見てきたよね」って話なだけである。
これでも歴史畑なので「歴史が語る人によってぜんぜん違う」ってのはさんざん見てきたし、史書でもウンザリするぐらい読んできた。
だから「オタク被害者史観」については、言いたい人は勝手にすればいいと思っている。
だけど俺は違う歴史を見てきたし、違和感しかないのではっきりと書いた。
それについて外野が勝手に騒ぐのも勝手だし、好きにすりゃいいと思っている。
しかし、引用やらコメントなどで反論されたりしても「俺は違う歴史観だよ」と繰り返すだけだし、どう考えたって平行線なのである。
論破する気もないし、されるつもりもない。
どうせ平行線になるしかないので、「関わっても平行線になるだけだよ」とだけ言っておく。
無責任とか以前に、個人的に嫌な思いをした人の経験や被害者意識について説教する気もないし、否定する気もないし、理解する気もないし、それはそれで好きにやってくれれば良いと思っている。
ただ俺の主観や経験では違うし、そういう事実ってあったのかな? って調べただけだし、他の人の主観や経験に文句をつけるつもりもないんだ。
同じオタクという属性でも、まったく別な歴史観があってもいいし、自分のオタク歴史観を押し付けようとも思っていない。
好きにすりゃあ良いと思っている。
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