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「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感

 もともと多かったが、またぞろ「1989年の宮崎勤事件でオタクは社会から徹底的に迫害された」という言説を、やたらと耳にするようになった。
 X上でもnoteでも、同じフレーズが繰り返される。「あの頃、俺たちは社会に差別されていた」「だから連帯すべきだ」「フェミや左翼はオタクの敵だ」——という話の枕に、必ず「宮崎勤事件」が出てくる構造だ。
 しかし、どうにも1973年産まれでもともとゲームやアニメやマンガが好きで『ガルフォース』(1986年)ではっきりと「自分はオタクなんだ」と自覚して以降、そのまま中高生を過ぎ、1992年にはASCIIのLOGINという「オタクというかPCやゲームマニアのメッカ」に入り込んでから活動を続けているのだが、違和感しかない。
 確かに私が周囲から排除されたり、嫌われていたりしたのは事実だが、それは「オタクだったから」ではなく、ひたすら当時の私の態度が攻撃的であり、人格的に難があったからに他ならない。
 「宮崎勤事件」については、確かに「ああいう人間になっちゃいけないよ」とは言われていたし、マスコミでもセンセーショナルに取り上げられていたが、それは「オタクだから」というより「幼女連続誘拐殺人犯だったから」叩かれたのであり、こういう事件があったらなんらかの「属性」を見つけて叩くのは、マスコミや世論にありがちな話でしかない。
 むしろ、もっと酷いのは「酒鬼薔薇事件」のときに『14歳』だったというだけで叩かれていた世代の方が、もっと強引で謂れのないバッシングであったと言えるだろう。

 話が逸れたが、昔から「オタク被害者史観」について違和感しかなかったのだが、それは私が「オタク界隈」で1990年代からライターやったり本出していたり、通っていた高校が私立のお坊ちゃまだらけだった進学校だったり、「オタクとして恵まれていた」せいだったのかな? と思っていて、あまり反論のような事はしてこなかった。

 しかし、どうにも「オタク迫害史を作れ!」だの暇空事件や過剰なまでの女叩きなど、どう考えても「被害者ぶって実は加害者になっている」という現状を見ると、1980-1990年代に行きたオタクの現場であり、メディアにもいた当事者としてやはり言わなくちゃならないのかな? と思うようになってきたので調べてみることにした。

 まず、宮崎勤が逮捕された1989年8月直後のコミックマーケット36回は、参加サークル数が初の1万を突破し、一般参加者は前回比約4割増の10万人を記録している。コミックマーケット準備会の公式年表に残る数字だ。1年後のC38では23万人、その翌年は20万人前後で推移した。バッシングを受けながら3倍になるイベントを、私は「迫害下にあった」とは形容できない。むしろ、嫌な言い方をすると「宣伝にすらなった」というしかないではないか、この数字の推移は。
 宮崎勤事件とその報道によって、むしろコミックマーケットは「自分たちのような属性が集まれる場所」として全国的に認知されたというしかない。嫌な指摘かもしれないが、当時としても「テレビでコミケの存在を知った」というオタクが特に地方では多かったというのも事実としてある。

 コミック市場の販売金額を見ても同じだ。1989年に1,693億円だったものが、1990年に2,002億円、1991年に2,517億円、1995年には3,317億円へと一貫して拡大した。事件後の6年間で約2倍になっている。ゲームボーイが発売されたのは事件翌年の1989年4月で、スーパーファミコンは1990年11月だ。1989年から1990年代後半にかけては、むしろ日本のオタク産業が文字通りの黄金期を迎えた時期にになっている。
 正直、当時の実感としては、「オタクバッシング? 確かにマンガやアニメやバラエティで揶揄的に扱われていたけど、面白いものたくさん出てるし気にしてねーや」という感じだったし、むしろ当時の私のように「俺はゲーム業界に入る!」とか「アニメーターになる!」とか将来に夢と希望を広げていたオタクの方が多かっただろう。
 実際、1973年の私の世代は人口が最大であったせいで「受験地獄」が最高潮時代で、今では「Fラン」と呼ばれるような大学でも受験倍率がバグっていたような時代だ。
 そのせいで大学を諦めて、景気の良いゲームやアニメやマンガの業界に入った同世代は多い。

 また廃刊になったロリコン雑誌がいくつかあったのは事実としてある。ただそれは、宮崎事件から約2年後の1990〜91年に「有害コミック騒動」という別の運動が発生した流れの中のことであり、コミック全体への影響は限定的だった。
 同時期に新たな成人向け漫画誌が創刊されてもいる。一部ジャンルのゾーニングを「オタク全体への迫害」と読み替えるのは、話の規模感が違いすぎる。逆にゾーニングによって、「アニメ系美少女」の「成年マンガ」が今では信じられないぐらい堂々と本屋に並び、美少女コミック誌が多数創刊され、逆にバブリーなまでに市場が膨らんでいった時期だ。しまいには『美少女戦士セーラームーン』ブームによって、ふゅーじょんぷろだくとなどの「成人向け二次創作同人アンソロジー」が多数発刊されて、堂々と一般の書店で売られていたような時代である。

 宮崎勤事件によって「迫害された」というより、もちろんそれが広告塔になったわけでもなかろうが、あの事件を境にむしろ「アニメ系美少女」文化が拡散して発展して、アニメ・ゲーム・マンガなどが後世の「オタク文化」を形成していく時代であり、「迫害」どころか「俺はこの道で食ってく」って受験勉強に苦しんだ世代が活路を見出していた時代だったと言える。

 では、「オタク被害者史観」はいつ、どこで、なぜ生まれたのだろう?
 というよりも「自分たちは迫害されてきた被害者である」という人々はいつごろから「オタクを自認するようになったのか?」と考えたほうが早いだろう。

 答えはおそらく、2004年から2006年の約24ヶ月の間にある。

 2004年6月18日、2ちゃんねるにニュース速報VIP板が設立された。元々はニュース速報板から自動移動される「クソスレの置き場」として誕生した板が、やがて独立した雑談板として急成長し、2ちゃんねる全板中の書き込み数で首位を占めるまでになった。文化的な特徴として、「自分はニート・童貞・低学歴」という属性を自虐的に笑いに変えるユーモアが支配的な板だった。

 この時期の地殻変動については、ここでも書いた。
 当時私は重度の2ちゃんねらであったが、オタク同士の知識やマウントバトルの場であった2chが、なぜか「モテナイ男」や「毒男」の傷の舐めあいの場になって、はっきりと「うぜえ」と思って離れたから鮮明に覚えている。

 まあ、おそらくは「喪われた10年」が20年にさしかかろうとし、就職氷河期世代が、結婚も家庭も作れないまま中年にさしかかろうとする時代にあって、「非モテ」の間で傷を舐めお合うと集まったのは、仕方がないことだったのかもしれけない。
 それは確かに同情すべき現象だった。
 しかし、突然それが「金になる」と企業に目をつけられてしまったのが運の尽きだったのだと思う。
 こうした「氷河期世代の不満」が見事なまでにマネタイズされて行くのだ。

 同じ2004年の10月22日、新潮社が『電車男』を単行本として刊行した。元は2ちゃんねるの書き込みを「素朴な実話」として売り出したものだが、研究者の調査によれば単行本に収録された内容は原スレッドの6.4パーセントに過ぎない。残りは編集部が「純愛・脱オタ・成長譚」に沿って選別した結果だ。事実をそのまま記録した本ではなく、出版社が作り上げた物語だ。

 翌2005年6月に映画版、7月にはフジテレビの木曜劇場でドラマ化。映画は興行収入37億円、ドラマは全11話の平均視聴率21.2パーセント・最高視聴率25.5パーセントという数字を叩き出した。映画の製作委員会には博報堂DYメディアパートナーズが参加しており、広告代理店が早期から商業展開に組み込まれていた。

「秋葉原に通うアキバ系オタク=恋愛に不器用な非モテ男性」というイメージが、視聴率20パーセント超のテレビドラマを通じて日本全国に流通したのがこの2005年だ。それ以前のオタクイメージと比べると、明確に「被害者性」の方向へ人格像が引き寄せられている。

 同じ2005年3月、本田透が三才ブックスから『電波男』を刊行した。本書で本田は「電通が支配する恋愛資本主義」という言葉を使い、三次元の女性との恋愛を至上とするシステム自体を批判した。この本自体は「電車男的なオタク像」への痛烈な反撃として書かれたものだが、「オタクは社会的に搾取されている被差別階級だ」というフレームはむしろここで完成した、とも読める。二次元コンテンツへの没入を「解放」と呼ぶ論理は、以後の「非モテ×オタク」言説のひな型になっていったのは皮肉としか言いようがない。

 2006年12月、ドワンゴがニコニコ動画を開始する。VIP板の文化がほぼそのまま動画プラットフォームに移植された格好で、ピクシブ百科事典が「草を大量に生やすなどVIP系の文化が強く、ニコ動とVIPはオタク系ネット文化の両輪として突き進んでいった」と評するほど、両者の人口的な連続性は明確だった。

 この24ヶ月に何が起きたかを整理すると、「VIP板の設立(2004年6月)→電車男単行本(2004年10月)→電波男(2005年3月)→電車男映画・ドラマ(2005年)→ニコニコ動画(2006年12月)」という主要装置がほぼ同時に誕生・稼働したことになる。
 偶然のシンクロではなく、ブログ・動画共有・SNS前夜のネット技術の臨界と、就職氷河期世代(概ね1993年〜2004年大卒就職世代)とVIPPER世代(1987年前後生まれ)の人口的合流が、同時に到達した結果だろう、とおそらくは読める。

 さらに事態は悪い方向性のマネタイズ化を進行させていく。
 アフィリエイトによるまとめサイトが本格的に登場したのも、この直後だ。「はちま起稿」が開設されたのは2007年6月で、ピーク時の月間PVは1億2000万、推定月間収益は約1200万円に達した。「やらおん」「オレ的ゲーム速報@JIN」なども同時期に続いた。

 これらのサイトが共通して使い続けたコンテンツフォーマットがある。「フェミがまたオタクコンテンツを叩いている」「表現の自由がオタクの敵に攻撃されている」「オタクは被差別階級だ」という型だ。
 対立を最大化し、読者の憤激を煽り、コメント欄を活性化させることでPVを稼ぐ。1PV約0.1円という収益単価でも、月1億PVあれば1000万円になる計算だ。「オタク被害者意識」は、アフィリエイトにとって非常に換金効率の高いコンテンツだったわけだ。

 さらに言えば、DMM.comが「はちま起稿」を2016年1月から10月の間、直接保有していた事実がある。ねとらぼの報道により、DMMのIPアドレスがはちま起稿のサーバーに紐づいていた点や、DMM社内に10名弱のサポートチームが存在していたことが確認されている。DMM公式がこれを認めたのは2016年12月で、亀山敬司会長は「ゲームメディアが弱かったので買収した」と説明した。
 というよりぶっちゃけ最初からいろいろやりとりしていたのだろう。

 DMM.comの2023年度データを見ると、プラットフォーム売上796億円、会員数約3567万人、ユーザーの約80パーセントが30〜40代男性、コンテンツ消費のうち成人向けが65パーセント(2017年時点)という構成になっている。つまりDMMの事業構造は、「就職氷河期世代前後の男性が、二次元コンテンツに可処分所得を集中させる」という層を基盤として成立しているのだ。「非モテ男性×オタクコンテンツ×被害者意識」の束が、明確にビジネスモデルとして実装されている有様だ。
 わかり易い例としてDMM.comを挙げたが、KADOKAWAコンテンツやサイバー・エージェントなど「オタク向けコンテンツ」を上手くマネタイズして成功してきた企業は枚挙にいとまがない。

 さらに奇妙なのは、「サブカルとオタクは対立していた」という歴史観が同時に広まっていったことだ。
 このあたりにはっきりと「1990年代までのオタク」と「2000年代にオタクを自認するようになったオタク」との間で認知の断層が現れている。

 実際のところ、1980年代から90年代の業界でそのような対立が存在したかというと、少なくとも当時業界にいた者の多くは「なかった」と口をそろえる。
 そもそも当時のオタクにとっての主要メディアであった雑誌において、当寺のオタクたちは『LOGiN』や『コンプティーク』や『アニメージュ』や『アニメック』と並んで『宝島』や『ビックリハウス』を読んでいたし、コミケにナゴムレーベルやPINKHOUSE好きの女の子がいた時代だ。
 エヴァンゲリオンのブームは太田出版系のサブカル雑誌が火をつけた側面があり、TECHNOユニットのACCESSは腐女子人気で爆発していた。サブカルとオタクを截然と分けることは、当時の文化地図からすると不自然にすぎる。
 そもそもASCIIだって金髪革ジャンのパンクロッカーなあんちゃんがウロウロしていたし、聞いてる音楽が洋楽だったりテクノだったりするのは、むしろ当たり前だった時代だ。俺だって「イカ天」バンドのFLYINGKIDSやたまやTHE BOOTSが好きだったし、エロゲーの『臭作』のエンディングで人間椅子がコラボしてびっくりしたぐらいだ。

「サブカルを敵視するオタク」という言説の発生源をたどると、2ちゃんねるの毒男板あたりから発生した感情論が、VIP板とまとめサイト経由で2004年以降に一般化していった形跡がある。
「ちゃんとした作品を楽しむオタクは、サブカル気取りの連中に馬鹿にされてきた」というナラティブは、旧来のオタク文化というよりも、VIP板とニコ動で育った世代が後から作った自己正当化の物語にすぎない。
 というよりこの世代の連中が語る「オタク作品」はガンダムジブリジョジョエヴァドラクエと「当時のオタクならメジャーすぎて語らない」作品ばかりだったり、ハルヒやソードアート・オンラインや伊藤計劃など2000年代以降の作品ばかりである。
 分析してみると彼らの中には1990-1980年代のオタクを「サブカル」として排除する無意識的な働きがあったんではなかろうか? ようするに「オタク」の冠を「自分たちの世代」として戴くための歴史改変だったのだろう。

 「1989年からオタクをやっていた」と語りながらガンダムとエヴァとドラクエしか出てこない人が多いのも、そのあたりに理由がある気がしている。1980〜90年代のオタク文化は、専門分化が激しくて知識のマウント合戦だったから、「共通言語でゆるく繋がる」より「マニアック領域で尖る」方向へ分裂していた。
 今のように「エヴァやガンダムを語れば誰とでもオタク話ができる」というメジャーIP共通語化は、2004年以降のVIP・ニコ動世代が作った文化なのだ。「昔からオタクだった」という記憶に、その世代からの逆流が混入していると思う。

 整理すると、「オタク被害者史観」の実態はこうなる。

 1989年の宮崎勤事件は連続幼女殺害犯の逮捕であり、市場データで見る限りオタク産業はその後も拡大した。「社会的迫害」の物的証拠は数字に現れない。むしろ、オタク産業で生きていこうとする私のようなハグレモノを多数生んだ時代だ。

 これに対し被害者史観の形成は、事件から約15年後の2004〜2006年に集中している。その背景にあるのは、就職氷河期世代のルサンチマン、VIP板的な「自虐と馴れ合い」文化の急拡大、そして電車男・電波男という商業コンテンツによる「非モテ×オタク=被差別階級」フレームの全国流通だ。
 それをアフィリエイトまとめサイトが「対立と憤激のPV装置」として使い、DMMやKADOKAWAがプラットフォームビジネスとして収益化した。

 「オタクは迫害された歴史を持つ被害者だ」という物語は、1989年の事実から作られたものではなく、2004年以降の商業的・文化的文脈の中で形成された極めて巧妙なマネタイズによる人工的なものだ。
 そしてその物語は今もなお、「ポリコレとフェミがオタクの敵だ」という言説を燃料にしながら、誰かの収益のためにPVを稼ぎ続けている。

 宮崎勤は『オタク』だったからではなく、『連続幼女殺害犯』だから叩かれた。その当たり前の事実を指摘できなくなった時点で、私たちはすでにどこかの罠の中に入っているのだと思う。

 自分が1973年の氷河期世代で、今も障害者雇用で生きている「負け犬」だったからこそ思うのだが、巧妙に政府や経済システムに向かうべき不満を「フェミやポリコレへの怒り」に誘導されてしまったように思えてならない。
 さらにいうと「国産RPG」の系譜がドラクエに収斂されてしまったような「大多数にとって都合の良い歴史の形成」が「オタクの歴史」の中でも起きてしまっていることについて、一人の歴史ライターとして抵抗していきたいと考えるのであった。

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購入者のコメント

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ぶえさん

拝読しました。確かな内容だったと思います。 ただ、「差別」は100%否定されるものではなく、少なくとも少数の実例は存在しました。 具体的には、93年頃、『0083』のポスターを貼っていた友人が母親から「オタク」と非難されたこと、01年に私が先輩の女性(この人はサブカル寄りのオタクハイブリッ…

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地雷魚 いいね
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地雷魚

正直、俺自身はどうでもよくて「2026年になっても自分を被害者側に置きたいオタク」の人たちに興味なかったりする。 「俺は違うよ」ってだけの話だから、論争する気もないんだよな。 どっちが正しいとかどうせ平行線だろうしね。2000年代以降の「オタクで被害者だ」って主張する人たちに心底興味がな…

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1973年生まれ。パソコン雑誌『ログイン』を経て、フリーライターとしてとして活動。著書に『三国志新聞』(日本文芸社)、『うまなみ三国志』(メディアファクトリー)『越天の空』上下巻など https://bsky.app/profile/jiraygyo.bsky.social
「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感|地雷魚
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