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なぜ、シンナーなのか――局所的欠品に見る供給網の構造(+補足追記)

注)末尾に重要な追記をしましたので、必ずお読みください。

ホルムズ海峡不安と「局所的欠品」の構造

ホルムズ海峡をめぐる情勢の緊迫を受けて、国内の石油製品流通について心配の声が広がっています。
ニュースでは、シンナーの不足、塗料関連資材の調達難、医療関係の一部での供給不安などが取り上げられています。

私がいろいろな業種の企業を訪問して話を聞く中でも、シンナーや塗料の欠品は実際に起きています。
また、その背景にある「買いだめ」も、現場ではすでに起きています。

ある社長さんは、私にこう言いました。
「潤滑油を二か月分、買い増しました」
実際に、その現物も見せてくれました。

こうした動きを見ると、私たちはつい「いよいよ石油製品そのものが足りなくなるのではないか」と考えがちです。

しかし、私は少し違う見方をしています。
結論から言えば、現在起きている品切れの多くは、資源の絶対量不足というより、情報のボトルネックと、物流構造の違いによって生じた二次的な混乱である可能性が高いと考えます。


石油製品の欠品は、なぜ起きるのか

日本には一定規模の原油備蓄があります。時点によって数字は変動しますが、国家備蓄、民間備蓄、産油国共同備蓄を合わせれば、200日を超える水準が確保されていると公表されています。(経産省公表値では2026年1月末時点で約8ヶ月、248日分とされている)
したがって、現物が直ちに底をつくという状況ではありません。

もちろん、だから何も心配しなくてよい、という話ではありません。
中東情勢が長期化すれば、調達ルート、価格、船舶運航、保険、代替調達の難易度など、さまざまな影響が出ます。

ただ、現在の国内の局所的な欠品を考えるときには、最上流の原油量だけを見ても十分ではありません。
重要なのは、原油や石油製品の「全体量」と、実際に必要な場所へ届く「流れ」は別の問題だということです。

経済産業省も、原油や石油製品については日本全体として必要となる量は確保できている一方で、一部では供給の偏りや流通の目詰まりが生じていると説明しています。
特にシンナーについては、川上側では原料となるトルエンやキシレンの国内向け供給が続いている一方、川中・川下での目詰まりが問題になっているとされています。

ここに、今回の問題の本質があります。
全体としては足りている。
しかし、必要な時に必要なところに届かない。

あるいは、届く見通しが不透明になった瞬間に、各段階の事業者が防衛的に在庫を抱え込む。
その結果、全体不足ではないにもかかわらず、局所的には本当に欠品が起きます


なぜ、シンナーなのか

では、なぜシンナーや塗料、溶剤類が騒がれやすいのでしょうか。
原油から作られる石油製品は、精製プラントの工程を経て、軽い揮発油から重質油分まで、一定の比率で連続的に生産されます。 したがって、特定の製品だけが突然「作られなくなる」という構造ではありません。
理由は、商品そのものの性質にあります。

ガソリンや軽油は、タンク、ローリー、油槽所、ガソリンスタンドなどの設備制約を受けます。
地下タンクの容量を、急に二倍にすることはできません。
ローリーの台数や配送回数にも制約があります。
つまり、ガソリンや軽油は、実需のペースを大きく超えて各事業者が一気に買い増すことが比較的難しい商品です。
そのため、話題になりやすいのは「欠品」よりも「価格」です。

一方、シンナーや塗料、潤滑油、医療用製品などは違います。
一斗缶、ペール缶、ボトル、箱、袋といった形で流通します。
倉庫に積むことができます。
卸業者も、施工業者も、製造業者も、整備業者も、「念のため」に在庫を増やしやすい。
ここが大きな違いです。

シンナーが問題化しやすいのは、原油そのものよりも流通段階が多く、しかも末端で在庫を積み増ししやすい製品だからです。
つまり、資源不足よりも、情報不安が末端在庫として現れやすい商品なのです。


分散在庫が、市場から商品を吸い上げる

ここで起きているのは、いわば「分散在庫」による市場在庫の吸い上げです。
全国に無数の事業者がいます。
それぞれは、自社の操業を守るために、少しだけ多めに買います。
一社だけなら問題は小さいでしょう。
しかし、同じ不安を持った事業者が全国で同時に動けば、市場の流通在庫は一気に吸い上げられます。
結果として、全体量は足りているはずなのに、本当に必要なところに届かなくなります。

これは、買いだめをする人が悪い、という単純な話ではありません。
それぞれの事業者にとっては、合理的な行動です。
塗装業者にとって、シンナーや塗料が切れれば仕事が止まります。
製造業にとって、潤滑油や洗浄用溶剤が切れれば設備が止まります。
医療関係であれば、供給不安はさらに深刻です。切らすことが許されない物資については、安全在庫を積み増そうとする心理が強く働きます

個々の判断は合理的です。

しかし、全員が同じ方向に動くと、全体としては不合理な結果を生みます
これが、サプライチェーンにおける合成の誤謬です。
そして、その合成の誤謬が流通段階を遡るほど増幅され、発注増、出荷抑制、在庫積み増しとして連鎖していく現象が、ブルウィップ効果です。
つまり、合成の誤謬は「個々の合理性が全体の不合理を生む構造」を示し、ブルウィップ効果は「その不合理がサプライチェーン上で増幅される動き」を示しています。

今回のシンナー不足は、この二つが重なった現象として見ることができます。


情報が、現物の流れを止める

今回の問題で注目すべきなのは、情報の伝わり方です。

たとえば、シンナー原料について、ある月までは供給が続くが、その先の供給見通しがはっきりしないという情報が流れたとします。
そのとき、流通の途中にいる事業者はどう考えるでしょうか。
「今あるものを全部出してしまってよいのか」
「来月、自社の得意先に供給できなくなったらどうするのか」
「長年の取引先を守るために、今のうちに出荷を絞るべきではないか」
このような判断が働きます。

すると、現物が足りないから出荷が止まるのではなく、先行き不安を受けて出荷が抑制されます
ここに、今回の問題の怖さがあります。
現物がなくなったから、流通が止まる。
それだけではありません。
「なくなるかもしれない」という情報が流れる。
その情報を受けて、各事業者が自社防衛に動く。
出荷を絞る。
買い増す。
在庫を抱える。
その結果、本当に市場から商品が消える。
情報が現物の流れを変えてしまうのです。

いったん欠品が目に見える形で起きると、人々の不安はさらに強まります。
不安が買いだめを生み、買いだめが欠品を生み、欠品がさらに不安を生む。
この循環に入ると、現物の絶対量以上に、社会の心理が市場を動かしてしまいます。


行政とメディアに求められる情報発信

こうした局面で、行政やメディアに求められるのは、単に「不足しています」と伝えることではありません。

もちろん、欠品が起きている現場を報じることは必要です。
困っている事業者や医療関係者の声を伝えることも大切です。
しかし、それだけでは不安を増幅させます。
重要なのは、不安を否定することではありません。
不安がどこから生じているのかを分解し、行動の見通しを与えることです。

どの商品が不足しているのか。
それは全国的な絶対量不足なのか、地域的・段階的な目詰まりなのか。
川上の供給はどうなっているのか。
川中、川下のどこで出荷が止まっているのか。
代替調達や調整はどこまで進んでいるのか。
事業者は何をすべきで、何を控えるべきなのか。
こうした情報がなければ、各事業者は自社防衛に走ります。

人は、先が見えないと在庫を抱えます。
見通しが立てば、過剰な在庫を抱えなくて済みます。
サプライチェーンにおける安心とは、気休めではありません。
現物の流れを守るための、極めて実務的な条件です

その意味で、政府が大元の原油供給量の確保だけでなく、流通段階の目詰まり、事業者間の出荷抑制、末端在庫の積み増しに目を向けていることは重要です。

少なくとも今回の対応を見る限り、政府は「全体量の確保」と「流通の目詰まり解消」を分けて捉えようとしているように見えます。
これは、昨年のコメをめぐる混乱や過去の品不足騒ぎから、情報と現物と心理が結びつく危険を学んだ対応とも読めます。


現代サプライチェーンの脆弱性

今回のシンナー不足は、単なる一品目の欠品問題ではありません。
これは、現代の供給網がどれほど情報と心理に依存しているかを示す事例です。

資源が足りないから欠品する。
この説明は単純でわかりやすい。

しかし現実には、別の経路で欠品が生まれます。

資源はある。
しかし、情報が曖昧になる。
見通しが揺らぐ。
その揺らぎが不安を生む。
各事業者が防衛的に動く。
在庫が偏る。
流通が詰まる。
そして、本来届くはずの場所に届かなくなる。

ここで見えてくるのは、単なる物流能力の問題ではありません。

倉庫の容量、配送便の数、タンクの大きさ、製造能力。
こうした物理的制約はもちろん重要です。

しかしそれと同時に、
情報の鮮度、見通しの共有、関係者間の信頼、そして不安の制御が、同じ重さで効いてきます。

現代のサプライチェーンでは、モノだけが流れているわけではありません。

情報が流れています。
信用が流れています。
そして、不安もまた流れています。

この三つの流れが乱れたとき、現物の量が足りていても、供給網は不安定になります。

だから、今回の問題から得るべき示唆は、「備蓄を増やせばよい」という単純な話ではありません。

備蓄は必要です。
しかし、それだけでは足りません。

どこに在庫があるのか。
どこで流れが滞っているのか。
どの情報が不安を生んでいるのか。
どの段階で防衛的な行動が始まっているのか。

これらを早く捉え、関係者が同じ状況認識を持てるようにすること。

それが、供給網の安定性を左右します。

サプライチェーンの強さとは、在庫の厚みではなく、
異変が起きたときに「何がどこで起きているか」を早く捉え、行動を落ち着かせる力にあります。

問われている視点

今回の問題は、「足りるか、足りないか」という問いでは捉えきれません。

むしろ、こう問う必要があります。

どこには足りているのか。
どこには届いていないのか。
どこで流れが細っているのか。
どの情報が不安を増幅しているのか。
そして、その不安に、自分自身はどう反応しているのか

シンナーは、その問いを可視化しています。

モノの流れだけを見るのではなく、情報の流れを見る。
情報だけでなく、不安の流れまで見る。

その視点を持てるかどうかが、同じ混乱を繰り返すかどうかを分けるのだと思います。

(了)

2026年5月3日


重要な追記:

日本の原油由来の製品の需要については、燃料系の需要に対して、化学製品向け(原油→ナフサ→製品)の需要が大きく、原油からナフサを経由して化学製品を作っても不足する、逆に言うとナフサからの製品を満たす生産をするとガソリンや重油が過剰になる。という構図があるとのことです。

つまり日本は原油の輸入だけでは化学製品をつくれないので、ナフサを追加で輸入する必要があり、輸入しているということです。

この需給バランスが世界的にどうなっているのかも興味深いですが、日本国内のこの需給バランスの調整策は、必ずしもナフサの追加輸入だけでなく、燃料の輸出などほかの方法も考慮に値するのではないでしょうか。ただし安全性など取り扱い上の理由や、設備が古く生産性が劣ることや他の要因も含めコストと量で国際競争力がないという理由、などで輸出できないという事情もありそうです。(要検証)

ちなみに、日本の原油輸入量は 1億3,629万kl(2024年)ナフサの輸入量は年間でだいたい1,000~1,500万Klぐらいとのことです。そしてこれは国内のナフサの需要の約45%程度(つまり55%は国内で原油から作られている)と言うことのようです。(要検証)

従ってベースとして、燃料系に比べナフサからの製品の不足が起きやすい構図はあると言えます。
とはいえ現状それがどこまで上述の、「流れの不全(意図的な出荷調整や、買いだめ等による偏在と在庫切れ)」の要因に加えて顕在化しているかは、検証が必要です。

上記の稿はその点に触れていませんので、まずここで取り急ぎ補足しておきます。

(下図参照)

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2026年5月10日追記



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