カルビー2色化を『パッケージ業界の内側』から考察してみた
きっかけ
カルビーがスナック菓子のパッケージ印刷を2色に絞ると発表した。
発表を受けてXを眺めていると、印刷業界の人たちから「白と墨の組み合わせより、補色関係の2色にすればもう少し色再現性が高まるのに」という意見が流れてきた。技術的には理解できるコメントだが、それに対して「アルミ袋はJANコードの読み取りのために白引きが必要なんですよ」と補足したくなった。
これをXに投稿したのが、この記事を書くきっかけになった。
今回のカルビーの施策は、業界の外から見るのと内から見るのとで、かなり景色が違う。その違いを言語化しておきたいと思った。5年後に振り返るための記録として。
「コストダウン」ではなく「コスト維持」という読み
報道やSNSでは「コスト削減策」という文脈でこの施策が語られることが多い。しかし私の読みは少し違う。
これはコストダウンではなく、コスト維持ではないか。
グラビア印刷では、色数がそのまま版胴の数になる。フルカラーを維持したまま現在の環境に置かれると、原材料(フィルム・インキ・接着剤)の値上がり、エネルギーコストの上昇、円安による輸入原料高がすべて乗ってくる。2色化はその上昇分を吸収するための手段であって、「現状より安くする」というより「上がり続けるコストを食い止める」施策として見た方が正確だと思う。
「コストダウン」と「コスト維持」はベースラインをどこに置くかで意味が変わる。この違いは小さいようで、施策の本質を理解するうえでは大きい。
技術的な裏側
先ほどのXの話に戻る。補色2色を使えば色再現性が上がるという指摘は正しい。ではなぜ白と墨の組み合わせになるのか。
アルミ蒸着系のフィルムに印刷する場合、まず白インキを下刷りする「白引き」が必要になる。理由は二つある。
一つは発色のため。メタリック基材に直接印刷すると色が沈んで濁るので、白を下地として印刷した上に絵柄を乗せる。もう一つがJANコードの読み取り精度だ。アルミ面は光を乱反射するため、バーコードスキャナーが誤読・不読を起こすリスクがある。白引きがコントラストの確保に機能している。
つまり白は「使いたいから使っている」のではなく、「使わないと成立しない」素材なのだ。そこに墨(または濃色)を加えた2色で構成するのは、制約の中での合理的な選択と言える。
逆に言えば、JANコードの読み取り問題さえクリアできれば、補色2色という設計も技術的には可能だ。バーコード部分だけ白を確保する設計にするなど、やり方は考えられる。
「代替できないか」を考えてみた
ここで少し視野を広げて、そもそもアルミ包材である必要があるのか、という問いを立ててみた。
RFIDへの転換という発想
JANコードの制約を根本から解消する手段として、RFIDタグへの転換がある。RFIDは読み取りに視線が不要で、複数アイテムを一括スキャンでき、包材の印刷設計から大幅な自由度が生まれる。経産省主導でコンビニ業界への普及も進んでいる。
ただしここに逆説がある。UHF帯のRFIDは金属が最大の敵だ。アルミはまさに電波を反射・減衰させる素材であり、通常のRFIDタグはアルミ包装に対してバーコード以上に読み取りが困難になる。金属対応の特殊タグは存在するが、コストが跳ね上がる。
ポテトチップスの袋はRFID転換で最も恩恵を受けにくいカテゴリーかもしれない。アパレルや家電が先行し、食品の軟包材は後回しになるというのが現実的な見立てだ。
紙ベースへの転換という発想
環境負荷の観点から、紙包材への転換を求める声もある。ただしポテトチップスが要求するバリア性は高い。酸素・光・水蒸気の三つを同時に遮断する必要があり、紙単体ではこれを満たせない。
十分なバリア性を確保しようとすると、紙にアルミ蒸着層やPVOHコーティングを積層することになり、コストは現行と同等か上回る。「紙化」と謳いながら複合材になるため、リサイクル性もむしろ低下するという皮肉な結果になりやすい。
欧州でも紙系スナックパッケージへの移行事例があるが、よく見ると賞味期限を短く設定して品質要求水準を下げることで成立させているケースが多い。
アルミ包材はそう簡単には代替できない。それがこの業界にいる者の正直な見立てだ。
話題先行か、実質的施策か
カルビーほどの規模が全SKUで2色化を進めれば、版数削減・インキ削減・段取り時間短縮の累積効果は無視できない数字になるはずで、「やる意味がない施策」ではない。
ただしナフサ問題への貢献という文脈で語るのは、少し誇大だと感じている。カルビー1社のインキ削減がナフサ需給に与える影響は、業界全体から見れば誤差の範囲だ。サステナビリティ文脈でのブランディング施策として読む方が素直な解釈かもしれない。
コスト維持の実効性は実在する。ただ発信の文脈と実態の間に、少し距離がある。それが今の率直な見方だ。
競合はどう動くか
同業他社がこの流れに追随するか、逆に差別化のために動くか。個人的には二極化するとみている。
コスト圧力が同様にかかっている中堅メーカーは追随しやすい。カルビーという大義名分ができたことで、社内稟議が通りやすくなるという側面もある。
一方でプレミアム路線を明確にしているブランドは、ここで逆張りする可能性がある。カルビーがシンプル化したからこそ、ホイル印刷・特色・高意匠パッケージで「目立つ」という戦略が成立する。棚上でシンプルなパッケージが増えるほど、フルカラーの存在感が相対的に高まるからだ。
前回の議論でも触れたが、ナショナルブランドがシンプル化に向かうとプライベートブランドとの視覚的差別化が薄れるという懸念もある。そこをどう判断するか、各社の戦略が問われる局面だ。
5年後の問い
最後に、答えを出さずに問いとして残しておきたい。
一つ目。ナフサ安定供給が戻ったとき、カルビーは2色化をやめるか。ただしエネルギー転換の文脈で考えると、石油由来ナフサが「安定して安くなる」方向には向かいにくい。カルビーは意図せず、後戻りしにくい道に踏み込んだ可能性がある。
二つ目。「シンプルパッケージのカルビー」はブランドとして成立しているか。MUJIやAppleのシンプルパッケージが機能したのは、最初からブランド戦略として設計されていたからで、カルビーは順序が逆だ。コスト理由で始めた施策が、時間の経過と競合の動きによって結果的にブランド資産になる逆転劇は起きるだろうか。
三つ目。数年後にカルビーがこの方針を継続しているか、元に戻しているか。それが「話題先行だったか否か」の最終的な答えになる。
この記事は結論を持たない。5年後に同じ問いを持ちながら、スーパーのスナック売り場に立ってみるつもりだ。そのときの景色がどうなっているか、今は誰にもわからない。
5/13追記
はてなブックマークでも取り上げられていました。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/cozi_cozy/n/nd6f97dcfd61f




ニュースで見たモノクロ前と後では着肉面積に差は無さそうな印象を受けましたので結局他の藍、赤、黃インキを使わず墨インキの使用量が倍以上になるだけで実質の使用量はあまり変わらないと考えると今回の件はパフォーマンス的な側面がある印象を受けました。 こういう視点で見解書かれてる方は見かけ…
Twitterのおすすめ欄で流れてきたのでコメントさせていただきます。 自分は小売業ですが ・JANコード変わったら別の棚を作らないと行けないのでまず棚作って陳列の手間が発生する ・客目線でもロットが古い商品が分かってしまうので一時的にとはいえ売れ残り商品が発生しやすくなる(また、それらの…
小売業に従事する方のリアルなコメントありがとうございます。 とても参考になりました。
みなさん、同人誌の印刷が~とかパニックになって居られる方をよく見かけますが、よくよく考えれば、ポテチはアルミ包材のため印刷する材質が違いますもんね 同人誌だと紙ですし... よって使うインクや溶剤も変わってくるのかなと そう考えれば、まだ同人誌や漫画等の紙への印刷は大丈夫なのかな...…
食品類のパッケージと同人誌では1案件あたりの溶剤の使用量が全く違いますので絶対的な影響度は少ないかもしれませんが、溶剤を使用するという点では同じなので、少なからず価格や納期などに影響は出てくるのではないかと思います。
そうですよね、中身の品質も考えないといけない。カルビーはすべてにおいて手を抜いていませんね。ポテトチップスは最近、料理に使うようになりました。買い続けます。