【独自】辺野古ボート転覆事故から2カ月 命の安全はなぜ置き去りにされたのか 新たな映像・証言が示す“悲劇の背景”
沖縄県・辺野古沖で、同志社国際高校の生徒らを乗せた小型船が転覆し、2人が死亡した事故からまもなく2カ月。 【動画で見る】「あまりに異質すぎて唖然」 新映像と新証言で浮き彫りになった安全対策の不備 新しい映像と証言から見えてきた、安全対策の不備とは。
■一瞬にして悲劇と化した平和学習旅行 沖縄・辺野古沖でボート転覆し生徒ら2人亡くなる
沖縄本島の北部に位置する名護市辺野古。街には70年近く前からアメリカ軍海兵隊の基地「キャンプシュワブ」が置かれ、エメラルドグリーンに染まる海の一角では、現在も軍の新たな飛行場の建設が進められています。事故が起きたのは、そのすぐそばでした。 「乗っていた船が大きな波にのまれて全員が船から落ちた」との通報を受け、救助活動が始まりました。船底をあらわにしたまま曳航される小型船。転覆したのは「不屈」そして「平和丸」と名付けられた、新基地建設に反対する“抗議船”でした。
乗船していたのは、抗議団体「ヘリ基地反対協議会」所属の船員3人と、京都にある同志社国際高校の生徒18人。生徒の目的は抗議活動ではなく、基地建設の現場を見学し平和について学ぶ「平和学習」でした。 この事故で、「不屈」の船長で牧師の金井創さん(71)と、「平和丸」に乗っていた同志社国際高校の武石知華さん(17)が亡くなりました。 一瞬にして悲劇と化した平和学習旅行。ほかにも生徒12人がけがをしました。知華さんは転覆から約1時間後、身につけていた救命胴衣が船に引っかかった状態で見つかり、死因は溺死でした。
事故から2日後、知華さんの母親は娘の洋服と帽子を身につけて辺野古漁港を訪れました。 転覆した船を前に「ともちゃん ママ来たよ」「どこに引っかかっちゃってた?」「怖かったね ともちゃん」と涙ながらに語りかけました。
■友人ときれいなサンゴ礁を見るのを楽しみにしていた知華さん
4人家族の次女として生まれた武石知華さん。遺族によると、沖縄では抗議活動をする意図など微塵もなく、友人らと綺麗なサンゴ礁を見るのを楽しみにしていたといいます。 事故後、遺族が綴ったSNSの投稿には、あの日からの出来事が記録されています。 【発生当日 第一報】 「妻が、一緒に船に乗っていた友人の母親から電話を受ける。『乗っていた船が転覆して、知華ちゃんが意識不明で救急車で運ばれたみたい』」 【発生当日 訃報】 「校長先生含む2名から『武石知華さんが意識不明で病院に運ばれ、先ほど病院から連絡があり、12:29、死亡が確認されました』と伝えられる」