弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

高校生の子どもを抱える母親に対して転居を要する出向命令を出すことは、私生活上の不利益が小さくないとされた例

1.子どもとの別居を余儀なくされること

 配転や出向によって、子どもとの別居を余儀なくされることがあります。これを負担だと感じる労働者は少なくありません。

 しかし、こうした私生活上の不利益に対する裁判所の姿勢は、必ずしも暖かなものではありませんでした。

 例えば、配転命令の権利濫用性に関するリーディングケースである最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件は、2歳の娘を抱えた父親が妻子との別居を強いられることについて

「家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである」

と判示しました。

 そこから時代を経て言い渡された最三小判平12.1.28労働判例774-7 ケンウッド事件も、夫と共に保育園に通う長男を養育する妻に対する目黒区の職場から八王子市の事業所への転勤命令について

「上告人が負うことになる不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。したがって、他に特段の事情のうかがわれない本件においては、本件異動命令が権利の濫用に当たるとはいえない」

と判示しました。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、高校生の子どもを抱える母親に対する出向命令の可否を判断するにあたり、私生活上の不利益を小さくないと判示した裁判例が掲載されていました。ここ数日紹介させて頂いている、東京地判令7.10.31労働判例ジャーナル169-28 学校法人日本国際学園事件です。

2.学校法人日本国際学園事件

 本件で被告になったのは、学校法人F(旧法人)から筑波学院大学の設置者の地位の変更を受けた学校法人です。

 原告になったのは、本件大学の准教授として勤務していた方です。設置者の変更に伴い、旧法人を退職し、旧法人と同じ労働条件で被告に雇用されるという経緯が辿られています。被告から関連法人に出向し、専門学校で勤務するように2度に渡って命じられ、賃金の支払を止められたところ、専門学校において勤務する雇用契約上の義務がないことの確認や賃金の支払等を求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件で問題になったのは、つくば市から仙台市への転勤です。

 原告の方は、次のとおり、出向により大きな不利益が生じると主張しました。

(原告の主張)

「茨城県つくば市で同居している長女は令和6年4月時点で高校3年生、二女は高校1年生であり、母親である原告によるサポートが欠かせない。また、茨城県つくば市から宮城県仙台市との往復の交通費、別の住居を用意することによる費用は、多少の手当によっては賄えない。」

「以上のとおり、本件各出向命令により、原告には大きな不利益が生じる。」

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の主張に沿った判断を示しました。結論としても、出向命令の効力を否定しています。

(裁判所の判断)

・私生活への影響について

「旧法人は、東京都にキャンパスを有する他の大学も設置していたが・・・、勤務地を異にする学校間の異動の例があったことを認めるに足りる証拠はない。旧法人においては、勤務地の大幅な変更を伴う異動は想定されていなかったと推認される。」

「これを前提に検討すると、移動時間に3時間以上の時間を要する勤務地への異動・・・は、想定していなかった転居が必要となる点で、原告の私生活上の不利益は小さくない。

原告が、茨城県つくば市で、配偶者に加え、常時の監護を要する年齢は超えているとはいえ、今後の人生設計において重要な時期である18歳及び15歳の娘と同居していることも考慮すれば、なおさらである。

3.配転ではなく出向の事案ではあるが・・・

 本件は東亜ペイント事件やケンウッド事件のような配転事案ではありません。配転命令と出向命令とでは準拠する規範が異なるため、私生活上の不利益の持つ意義や重み付けを必ずしも同列に論じることはできません。

 それでも、高校生の子どもを同居して養育できなくなることを小さくない私生活上の不利益と評価したことは注目に値します。東亜ペイント事件からケンウッド事件にかけて多少の文言の変化はあったにしても、幼児との関係でさえ消極的に捉えられていた私生活上の不利益が、高校生との関係において積極的に評価されたのは、画期的な判断だと思います。

 裁判所の判断は、私生活に大きな負担を強いる配転命令や出向命令に対抗して行くにあたり、実務上参考になります。