【内部資料入手】京大の調査は公正に行われたのか? 公表されなかった報告書から浮かぶ「不正矮小化」の疑惑
「不正行為が行われた箇所は論文全体の主旨に影響を与えるものではなく、論文の重要な部分でも結論に影響を及ぼすものでもありません」
これは、JIP(ジップ)論文で小田裕香子教授が行った図の改ざんについて、京都大学が取材に対する回答で示した見解だ。京大が3月末に公表した調査結果にも同様の記述がある。
京大は今後、小田氏への処分を検討するとしているが、 JIP 論文の発表後に小田氏に授与した「京都大学たちばな賞」の扱いには変更はないという。
改ざんの内容についても、小田氏が自身や共著者の実験ノートを十分に確認せず、実際と異なる思い込みの実験条件が論文に記載されたという説明で、全くの不注意によるミスのような印象を与える。
発生要因の一つとして、小田氏が「育児による時間的制約から物理的にも余裕を欠いた状態にあった」ことも挙げられている。
研究者コミュニティーでは小田氏への同情論も起きているが、調査結果の概要の書きぶりからすれば無理もない。小田氏が昨秋、改ざん認定に対する不服申し立てをした際は、複数の研究者から「この件は不正には該当しない」とする意見書も提出されたという。
ただし、改ざんの具体的な内容や、告発された内容にあったものの研究不正と認定されなかった他の疑義について調べていくと、むしろ調査委員会の判定は甘く、不正を矮小化するものだったのではないかという疑念が生じる。
JIP論文は果たして、「維持」されるべき論文なのだろうか。
連載第2回では、取材過程で入手した内部資料などに基づき、調査委による不正矮小化の疑惑に迫る。
須田桃子(科学ジャーナリスト)
なぜJIP研究は多額の研究費を獲得できたか
第1回で紹介したように、2021年に発表されたJIP論文は、小田氏の2段階の昇進や多額の競争的研究費の獲得につながった。そもそも、なぜそれほど高い評価を得たのか。本題に入る前にかみ砕いて解説しよう。
JIPが関わっているとされる上皮組織とは、皮膚や消化管など、体の器官の表面を覆う細胞の層を指す。
上皮組織では、細胞同士が強く結合し、器官の内側と外側を分けるバリア機能を発揮している。炎症やがん化などが起こると、細胞間の接着は緩み、バリア機能は低下する。そうすると異物や病原体が侵入しやすくなり、炎症の悪化やがんの浸潤・転移が起こりやすくなる。
上皮細胞の細胞間接着には、「タイトジャンクション(密着結合)」や「アドヘレンスジャンクション(接着帯)」などの構造があるが、接着を担う複数のタンパク質を日本人研究者が発見したこともあり、日本のお家芸的な分野だ。
JIP論文によれば、小田氏らは、マウスの上皮組織からの分泌液にタイトジャンクションの形成に必須のペプチドが含まれていることを発見し、JIPと命名した。
論文ではさらに、JIPが細胞内の特定のタンパク質を活性化させ、細胞間接着の形成を促すことや、マウスの体内で炎症が回復するときにJIPが増え、上皮組織の修復に貢献していることも明らかにしたと報告している。
これまで、タイトジャンクションを誘導したり制御したりする仕組みはほとんどわかっていなかった。
マウスや培養細胞を使った基礎的な研究ではあるものの、ヒトの体内にも同様のペプチドがある。もし上皮組織のバリア機能がJIPによって回復できるなら、がんや炎症に対する新しい医薬品や治療法の開発につながるかもしれない。そのため、発表当時のプレスリリースでは「創薬シーズとして期待される」とうたっている。
これらが、JIP論文が脚光を浴びた理由だ。
内部報告書が物語る「不正調査」の実態
ここに、京大の調査委員会が2025年にまとめた内部報告書がある。
公表された調査結果の概要と異なり、改ざんのあった図で何が起きたのか、そして調査対象となった他2件の疑義について、なぜ研究不正と認定しなかったのかが記された資料だ。
小田氏による改ざんが認定された「図2A/B」は、毒性のある薬剤(DSS)を与えて腸炎を起こしたマウスの回復期に、JIPの働きをブロックする抗体を注射し、腸管上皮のタイトジャンクションが修復されるかどうかを観察するという実験の図だ。図2Aで実験の方法と条件、図2Bでその結果である上皮の画像を示している。
(Oda et al., Sci. Adv.7, eabj6895(2021).より一部引用)
図によれば、DSSは高濃度で飲料水に混ぜて10日間与え、次に低濃度で2日与えるが、切り替え時と切り替え後に抗体または抗体を含まない血清を注射した。
抗体を与えた群ではJIPの働きが阻害され、タイトジャンクションが修復されなかったのに対し、抗体を含まない血清を与えた群では正常に修復された。
JIPは炎症の回復期に自然に増え、タイトジャンクションを修復するという論文の主張を裏付ける結果だ。
しかし、実際に行われたとされる計2回の実験は、下図の通り、いずれも論文の記載とはDSSの濃度、与える日数ともに異なる条件で行っていた。
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