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2026年5月12日、カルビーが衝撃的な発表をした。「ポテトチップス」など主力商品のパッケージを、白黒に変更するというのだ。
中東情勢の緊迫化によるナフサ不足で、カラー印刷に必要なインクの原料そのものが入手できない状態になっているためで、5月25日以降の出荷分から順次切り替えられるという。
ニュースはSNSで瞬く間に拡散。「カルビー」がXのトレンドに入り、賛否のポストが次々投稿された。
《斬新でいい!》《パッケージって無駄だと思っていた》《潔い決断》といった好意的なものから、《モノクロだと食品としての良さが伝わらない。気持ち悪い》《ポテトチップスのお葬式っぽい》という辛辣な声まで上がった。
「白黒のパッケージ」では売れない?
この問題はカルビーだけにとどまらない。日本経済新聞の報道によれば、伊藤ハムも同様のパッケージの白黒化を検討しているという。ナフサ不足による印刷インク不足は、食品業界全体を「色のない売り場」へと向かわせつつある。
この騒動を見て、率直に私は「白黒のパッケージでは売れない」と感じた。
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【パッケージの色を失うことは、単なるデザインの問題ではない】
もちろん、短期的に見れば、レア感や物珍しさから買う人もいるだろうし、応援の気持ちを込めて買おうという人もいるだろう。ナフサの供給が安定するまでの暫定的な措置であれば、それほど大きな影響はないかもしれない。
しかし、「これを機にパッケージの過剰な色付けやデザインはやめるべき」「白黒でいい」という意見に対しては、私は否定的な見方だ。長期的に見れば、この施策はよいとは言えない。
パッケージの色を失うことは、単なるデザインの問題ではない。それは商品の「顔」そのものを失うことなのだ。
私は資生堂で33年間勤務し、うち約20年を商品マーケティングの現場で過ごした。その経験から言えることがある。色には、消費者の脳を動かす強力な力がある。そしてその力を失ったとき、売り上げへの影響は想像以上に大きい。
色は「味」を書き換える
なぜ消費者は、白黒のポテチだと「買う気がしない」と感じるのか。その理由は、脳の深いところに刻み込まれた「色と味の自動連想」にある。
食品科学の研究者・ダボーズ氏らが1980年に行った実験は、この現象を鮮烈に示している。
チェリー風味の飲料を緑色に着色して被験者に飲ませると、多くの人が「ライム味だ」と答えた。同じ飲料をオレンジ色にすると、今度は「オレンジ味だ」と言う。味は同じなのに、色が変わるだけで、脳が「感じる味」を変えてしまうのだ(※1)。
この現象を「クロスモーダル対応」という。感覚間の自動的な連合であり、長年の経験によって脳に深く刻まれた回路だ。
食品研究者のスペンス氏らの研究によれば、赤やピンクはイチゴ・ベリー系の甘味と、黄色はレモン・柑橘系の酸味と、緑はライム・青りんご系の酸味と、それぞれ自動的に結びついている(※2)。
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【白黒になった瞬間、その力は消える】
注目すべきは、日本市場の特性だ。欧米の研究では、お菓子や飲料などに使われる色は「緑=ライム」が主流だが、日本では「緑=メロンアイスやメロンパン」の印象を持つ人が多いという。つまり、「メロン=甘み」と連想される場合が多い。色のバイアスは文化によっても微妙に異なるのだ。
では、白黒ではどうなるか。色の情報がゼロになると、前述してきたような味覚の想起がなくなる。脳は「おいしそう」という自動連想を起動するきっかけを失ってしまうのだ。
カルビーのポテトチップスが長年まとってきたオレンジや黄色といった暖色系は、食欲を刺激する力を持っていた。それが白黒になった瞬間、その力は消える。実際に消費者が《モノクロだと食品としての良さが伝わらない》と感じるのは、決して気のせいではない。
「白黒」が消費者にもたらす深刻な影響
色のバイアスは味覚だけにとどまらない。消費者は色から「品質」や「ブランドの個性」も読み取っている。
化粧品業界は、この色のバイアスを駆使している。
「シャネル」の黒いパッケージは高級感・プレミアム感を伝え、「資生堂TSUBAKI」の赤は、椿・和のような艶やかさを体現し、「キャンメイク」のパステルカラーは親しみやすさと若さというイメージを伝えてきた。色だけで、ブランドのコンセプトを瞬時に伝えることができるのだ。
では、今回のカルビーの白黒が消費者に伝えるメッセージは何か。
《ポテトチップスのお葬式っぽい》。このコメントが示すように、白黒は食欲喚起色(赤・黄・オレンジ)の情報をゼロにするだけでなく、消費者に無意識の違和感と不安を呼び起こす可能性がある。
これは意識的な判断ではなく、色のバイアスが生み出す脳の自動反応だ。
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【しかし結果は、完全に予想の逆となった】
ここで、私が資生堂時代に身をもって体験した話をしたい。
今から二十数年前、私は「アスプリール」というスキンケアブランドのマーケティング担当として、パッケージのリニューアルに携わった。
その際、神奈川県内の大手スーパーで、1週間ずつ2種類のパッケージを比較する店頭実験を行った。スキンケアの液体が入ったボトルの上にかぶせる外箱を新しく2種類作り、どちらが売れるかを検証する実験だ。
どちらもデザインは同じで、違いはただ1つ。一方は高級感のあるボトルのイラストが描かれたデザイン、もう一方はケースの一部を透明にして、中のボトルが直接見えるデザインだった。
前者のほうが、高級感があって見栄えもよく見える。コストも大差ない。論理的にはそちらが有利なはずだった。
しかし結果は、完全に予想の逆となった。
ボトルが直接見えるデザインのほうが、明らかによく売れた。各1週間の実験で、明解な差が出たのだ。
「安っぽい透明ケース」が売れた理由
この経験が、私に「パッケージの本質」を教えてくれた。
消費者はスキンケア商品を購入するとき、商品の“素顔”を見たがっている。ボトルが直接見えるデザインならば、ボトルの生のフォルムとともに化粧水のとろみのある質感、透き通った色、光の透過感——そのすべてが直接伝わる。
消費者は「この商品は、自分の肌に合いそうか」を目で確かめてから買うのだ。液体には形がない。だからイラストでボトルを隠してしまうと、その確認ができなくなる。
認知言語学者のレイコフとジョンソンが提唱した「概念メタファー理論」でも、人は形のない抽象的なものを、具体的な物体に例えて理解しようとすることが指摘されている(※3)。消費者がボトルを通じて液体を「モノとして認識」するのは、まさにこの人間の認知の本能によるものだ。
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【パッケージは文字通り「商品の顔」】
私の研究では、消費者は商品パッケージに対して、脳内で人の顔を見るときと同じ情報処理を行っていることがわかっている。消費者は無意識にパッケージを擬人化して認識している。つまり、パッケージは文字通り「商品の顔」なのだ。
そして人間は、電話越しに声だけ聞くより、直接顔を見て話すほうが相手を信頼できると感じる。
「パッケージは無言のセールスマン」とよく言われる。だが正確には「パッケージは、商品の顔そのもの」だ。顔が見えるセールスマン(ボトルが透けて見えるデザイン)と、顔が見えないセールスマン(イラストで覆ったデザイン)、どちらを信頼するかは、言うまでもない。
食品に置き換えても同じことが言える。ポテトチップスの「顔」とは、あの黄金色のチップスそのものだ。パリッとした薄さ、食欲をそそる焼き色——それが見えることが最大のシズル感(食欲喚起力)になる。
「色」はコンセプトそのもの
私が資生堂時代に携わったヒット商品の1つに、デオドラントスプレー「Ag+(エージープラス)」がある。2001年に発売し、テレビCMを一切打たずに口コミだけで大ヒットし、各店舗のデオドラント棚で売上No.1を獲得した。
この商品の核心は「銀イオン(Ag+)による殺菌消臭」という技術だった。しかし現場には5カ月という短い開発期間しかなかった。広告に使える時間もお金もない。どうやって消費者に「銀イオンの力」を伝えるか。
答えは、パッケージそのものだった。銀色のボトル。商品名「Ag+」(銀の元素記号)。すべてを「銀色」に統一することで、手に取った瞬間に「これは銀イオンの商品だ」と伝わるデザインにしたのだ。
私はこれを「イメージ・モチーフ理論」と呼んでいる。商品コンセプトを外見のデザインで象徴的に表現し、商品名・配合成分・役割にまで関連づける手法だ。Ag+はその成功例だった。
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【では、カルビーはどうすればよかったのか。】
カルビーのポテトチップスも同じだ。うすしお味はオレンジ、コンソメパンチはベージュ、のりしおは黄色という暖色系のパッケージカラー。
50年近くにわたって消費者の記憶に刻み込まれてきた、「ポテチといえばカルビー」というブランドイメージだ。それを白黒に変えることは、ブランドの顔を変えることにほかならない。
「白黒ポテチ」より売れるパッケージは?
では、カルビーはどうすればよかったのか。
私が提案したいのは「戦略的チラ見せ」だ。
パッケージを白黒にするくらいなら、いっそ真っ黒のパッケージに、一部だけ透明の窓を設けてポテチを「チラ見せ」するほうがはるかに効果的ではないか。
黒地に映える黄金色のポテチ……その対比は視覚的に美しく、高級感さえ演出できる。そして何より、商品の「素顔」が見えることで、前述した「シズル感」が直接消費者の食欲を刺激する。
「チラ見せ」は、ボトルが透けて見える化粧品のデザインがイラストで覆ったデザインに勝った原理と同じだ。色を失うことが避けられないなら、色の代わりに「素顔」を見せる。これが見た目戦略の発想だ。
パッケージの色は、単なるデザインのコストではない。それは消費者の脳に「おいしそう」「信頼できる」「このブランドだ」というシグナルを送り続けるための、最も安価で最も強力なマーケティングツールなのだ。
今回のカルビーの決断は、やむを得ない事情によるものだろう。しかし、この機会を「パッケージの見た目戦略を根本から見直すきっかけ」にできれば、むしろピンチをチャンスに変えることができるかもしれない。
※1:DuBose, C.N., A.V. Cardello & O. Maller (1980) Effects of colorants and flavorants on identification, perceived flavor intensity, and hedonic quality of fruit-flavored beverages and cake. Journal of Food Science, 45, 1393–1399.
※2:Spence, C. & C.A. Levitan (2021) Explaining crossmodal correspondences between colours and tastes. i-Perception, 12. / Spence, C., C.A. Levitan, M.U. Shankar & M. Zampini (2010) Does food color influence taste and flavor perception in humans? Chemosensory Perception, 3, 68–84.
※3:Lakoff, G. & M. Johnson (1980) Metaphors We Live By, University of Chicago Press.