いのり、いのち
教会のなかで出遭う人。教会の外で不意打ちのように出遭う人。一時は精神を病み、閉鎖病棟にも入った牧師が経験した、忘れえぬ人びととの出遭いと別れ。いま、本気で死にたいと願う、そんな人びとと対話を重ねてきた牧師が語る、人との出遭いなおしの物語。いのりは、いのちとつながっている。

ねえ、ラブホいかへん?

2021.10.25
いのり、いのち
  • のなかでちのようにみ、にもったした、れえぬびととのいとれ。いま、にたいとう、そんなびととねてきたる、とのいなおしの。いのりは、いのちとつながっている。

    してませなければならなかったをどうにかませ、わたしはバスをっていた。がらく、もう7はまわっているはずだが、まだまだるい。までまだだいぶがある。わたしはろし、からしてんでいた。がしたのでげると、いつのにか、くらいのっていた。んでびたトレーナーはれておりい。っていないのか、にぺったりくっついている。はわたしのて、った。

    「ねえ、ラブホいかへん?」

    「わるいな。おれ、これでもやねん。、どうしたんや?」

    「ええっさん!?わたしさいときったことあるんよ。しかったなあ!クリスマスやったよ。あと、イースター!ししたなあ。」

    いよくしだすと、はわたしにくっつくように、ぺたんとった。どうやらったそれではなかったらしいことが、々からてとれた。やピアノなどにわせてもらえるていどには、にもかであったようだ。それに、へののなさ。クリスマスはともかく、イースターまですらすらしてくれるところをみると、はけっこうながいあいだっていたようだ。なにがどうなってらぬをラブホテルにうようなになったのだろう。

    「まあ、いたくなかったらええんやけど。らんの?」

    らんわ。あんなとこちゃうし」

    はそういうとり、々をている。スーツ姿けるわたしと、そのわたしにくっついてとのわせ。たちは、ちらりとこちらをると、わたしたちのるまでにしよけてっていく。

    しばらくしていたら、は「ああ、つかれたわほんま」と、いきなりわたしのをのせた。これでは、わたしはますますではないか。とはいえうわけにもいかないし、どうしたらいいのだろう。いまべば、とたんにげていなくなるだろう。わたしはしたまま、れてしまった。

    「なあ。ずっとらんのやったら、はどうやってしとるん」

    わたしのからえる。

    もらったり、ホテルにれてってもらったりして。そこでごべたり、はいったりしとんねん」

    「なあ...そのうちわれるで。いや、セックスのことやない。られたりられたりな、おとられたり。それとうつされてまう。してしまうかもしれんぞ。だちおらんのか?」

    「おるよ。いっしょにまったりするよ」

    「そいつら、のことしとるやろ?」

    「さあ...してへんよ。みんなじことしてるし。みんなでまってな、そこからそれぞれくねん。れたら、またする」

    「みんなじことしてる」という、のことをしないらしい「みんな」。こんなふうにじるはわたしをしたのかもしれないが、やはりだ。ほとんどなレベルでっていないかもしれない。それとじように、じようなたちを、ではあるがしょせんはでもあると、そんなふうにえているとじられた。たちもたちも、わたしもじ。れるのはだけ。そういう「みんな」。を、わたしもんだ「みんな」。

    わたしはそっけなくすふりをしながら、はフルさせていた。け。けるえろ。えあぐねた、わたしはかりそうなをかけてみることにした。もちろんはとった。

    「そいつなら、のことなんとかしてくれるかもしれへんから」

    「うん、ありがとう」

    にうなずいた。もわたしからのに、あわててえでもしているのか、それほどくはないはずなのだが、姿すまでのかった。っているうちに、のうえでめた。ごろのれがたまっているのだろう。やかながむしろましい。まだくらいのどもが、どうしてこんなしいをしないといけないのか。

    やがてからいてきた。づいてわたしにづくと、こんどはけよってきた。「これはどういうことです!?」

    どうやらわたしのを、してしまったらしい。わたしはくよりはしたほうがいだろうと、にこれまでのした。まして、げた。

    なことに、はわたしのいもよらぬんでいった。にではなく、わたしにかってめた。

    しいですよ、やっぱり。たしかに、このしいだといます。でも、このけて、とれます?なにかあったらどうするんです?」

    がこわばりはじめた。がり、わたしととのを、こぶしをっていていた。

    わたしはしながら、ちらちらのほうをる。

    「いや、だいじょうぶだから。ずなんとかするからね」

    だが、もうだめだった。とわたしとのあいだには、のときにはえられなかったような、なにかとてつもないものがちはだかっていた。はわたしのからをそらさず、しずつ、しずつずさりしめた。まるでするように、そのをそらさず、しずつ、しずつ。 どうすればいいのか。められないか。させることはできないか。

    「このだけでもいいから、とりあえずめてくれませんか。それでにつないでもえたら。それだけでもいいんですけど。ほんとうはわたしがそうしたいんだけど、もあるし、バスにはらないといけないし」

    ですよ。それにもうです。にもにもわず、めることはできません。わたしもあなたもですよ?そんなことがしたら、わります。ねてください。」

    「いや、にはできない。にはいたくないとっている。のこともしている」

    「それなられてきましょう。してもらうしかない」

    わたしのバスのっていた。ぶべきったのか?いや、うことももっともだ。だったら、宿させることにしたかもしれない。だがである。ここはのキリストではない。を、にもげずにめることなどできない。やはりからぶべきだったのか?

    そのあいだもしずつずさりけた。やがてわたしたちがいかけてもすぐげきれるほどにざかると、へと、あっという姿した。わたしもも、めるもなかった。バスはし、られながら、わたしはステップにをかけた。

    なにもできなかった─── バスにられながらシートのもたれをし、わたしはをつむる。まぶたのなかでの、さののないと、のようなとが、かぶ。わたしをすようにる、ふたつのむようにと、。わたしのしてるまぶたと、りつつざかる

    「なぜ、なにもできないくせに、わたしにやさしくした?」

    「うらぎり、ぜつぼうさせるために、わたしをしんらいさせ、きぼうをもたせたのか?」

    ったとっていた。それもからかしそうに。いなれられてったのだろう。だが、そのしそうにった。にとって、いでのなかのしく、なによりできるだったのだ。だからわたしがだとかったとたんに、わたしをではなく、れるとしてしたのである。はわたしに、いでのたのだ。わたしのていたではなく、まだっていたの、だったのだ。み、でのい、めてさまようようになるの。

    だがわたしは、そんなにとってのした。わたしはで、けあうをさらしたのだ。それだけはやってはいけないことだった。らせたとき、もはやさえもがではなくなった。にはらないだろう。しないだろう。

    もとれないのに、わたしはそのだけのいいをしようとした。そしてというをもたげるや、ろうとした。それでも、わたしはずるずるとけている。「をとれないことはやらない」でいいのだろうかと、みをけてもいる。もうえはたではないか。がこれである。それにもかかわらず、わたしはだにえをけているのだ。にしたときに、することは「をとれないことはやらない」というではしい。ただし、「がとれないことはやらない」というでのみしい。っておくが、わたしはあのをかけたことをしたいのではない。わたしがってしまったとき、そこには、えずにせずにはおれないなにかがあったのではないか。してうまくやりごしてはならない、わりのへとわたしをかすなにかがあったのではないか。

    わたしのが、かつてこんなことをった。

    とのいは、のようなものだよ」

    ならこらないものだ。こってほしくもない。それはに、いなしってこる。こしたら、ぶなどしなければならない。してげたら、それはである。まれること。それは、わりなく、そのわらざるをえないということである。わたしはこしたのかもしれない。そのることは、げするにしいことだった。

    わたしはそのようなう、して、をとれるのだろうか。そこでられるとはなんだろうか。わたしたちは、にはきるしかない。ってもらうことはできない。また、における、あれこれのをそのわりにわたしがしてやることもできない。あのがどんなをそのんだのかはからないが、もしもあのとき「に」わったとしても、それはわりにくしてやったことにはならない。わたしとのりをいかいかし、こすのはなのだ。きるのはだからである。もしもわたしがあのときバスをキャンセルしてわりけたとしても、それでも、わたしはわれるもろもろのについて、うことなどできないのである。

    しかし、えないということは、してであることとイコールではない。してあらゆるをとれないということになれば、そもそもというになってしまう。そうではない。わたしはたしかに、まではえないというにおいて、してはに、そのわる。だが、いちどわったら、そののことがにこびりつきけるだろう。わたしたちのでは「~のことをえてる」というが、「〇〇さんのしますように」としてるだけがりではない。れようとしてもれられず、いつまでもにこびりついており、「あのあのどうなったかな」とになりけている、そのことりなのである。

    このを、あなたはとれるのですか。そのいにのわたしはひるんだ。だがなら、こうえるかもしれない。

    そうです、はとれません。でも、このわってみようといます。ならがとってくれますから。

     

のなかでちのようにみ、にもったした、れえぬびととのいとれ。いま、にたいとう、そんなびととねてきたる、とのいなおしの。いのりは、いのちとつながっている。
いのり、いのち
(ぬまた・かずや)

。1972まれ。退きこもる。その、1995にて。かろうじてった退きこもるなどのた1998西。2004。そしてへ。しかし2015でトラブルをこし、する。さなをしている。