ツーショットをお揃いの壁紙にする万魔殿2年組の話
閲覧する際は「先生、ちょっとお時間貰いますね♯11」を先にご視聴していただくのを推奨します
お時間の火力が高すぎて丸焦げになってしまいました、私はすっかり燃え滓なのです。
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乾燥した冷風を切って進んでいる道の全体が影に埋もれて、街灯路は光り始めていた。空はほとんどがまだ、青の清々しい気分になる色をしていたが、西の方は薄橙に輝いて、白飛びして輝く雲が流れている。塔のように高いビル群は、影に埋もれている街路を引き立て役とするように、外壁を橙色に変えている。コートは、私たちの目指す駅の方角から吹いている風に靡いて、擦れる音を鳴らす。風に揺れる前髪を、鬱陶しそうに帽子で押さえつけている私とは対照的に、チアキは乾いた風の一切を気にすることなく、色付いたレンガタイルの同じ色だけを踏みステップを描いている。
置いていくようで、しかし一定の距離を保って進んでいく背中を眺めては、気まずさから軒を並べる店や行き交う他人に視線を移し、地面を見下ろす、しかしまた離れていく背中に目を奪われる。シャーレを出てから、ずっとその動きばかりを繰り返していた。チアキの機嫌は常に良好だが、今日の彼女は特に上機嫌だ。その理由は間違いなく私ということもあって、どうにも照れくさかった。友達、ではありますね。チアキに聞かれてしまったその言葉が耳鳴りになって響く。
直接言わずひっそりと思っていた感情が、本人にバレてしまった照れくささと、驚いた顔を写真に収められたことに対する羞の感情が、中途半端なところで撹拌されて詰まっていた。
「イロハちゃ〜ん!そんな遅いと電車間に合わないよ〜!」
振り返って手を振るチアキは、少し遠くに居る。声を張って返事をするのも、走って追いかけるのも面倒くさかった。彼女は少しの気負いや恥を知らない笑顔を浮かべていたが、表情を変えてこちらに駆け寄ってきた、心配の色が青い血管が透けた肌に浮かんでいる。駆け寄ってきて最初に彼女は、疲れているのか訊いた、私は首だけ僅かに振って否定して、やはり目線を地面に落とした。次に聴こえたチアキの声色は、こちらを気遣っていた。
「本当に大丈夫?気分悪かったら言ってね、おぶるから」
「子供扱いしないでください」
「してないよ!ほら、私とイロハちゃんは友達!でしょ?」
「その言い方もやめてください」
私の声色は、やはり尖っていた。喉を通る時に乾いた感じがしたので、マズイと思ったがその時にはどうしようもなかった。目を開いて一瞬黙ったチアキだが、すぐに気の抜けるような笑顔に変わって張り付くように私の隣を歩き始めた。私が謝ろうとするよりも早く、チアキはごめんねと軽く呟いた。
私は堪らずなにか一言だけの返事をしようとして、すぐに訪れる気まずい沈黙を予感した。こちらこそ、すみません、恥ずかしくて、つい。一瞬のうちに様々なことを思案したが、私の口は、私の脳を走った思考のどれでもない言葉を一人でに組み立てた。虚を突かれたチアキは、すっかり当惑していた。
「えっ、恥ずかしいの?私のこと友達だと思ってるのそこまで嫌!?」
「そういう意味じゃありませんよ、少なくとも嫌いじゃないですし、でもその、友達っていうのは、慣れません」
風が未だに強く吹くので、飛ばされないように帽子を目深に被り直す。チアキはこちらをしげしげと見下ろして、間延びした相槌を打った。友達というのを、意図的に作ろうとしたことはなかった、いつも必要最低限の交流だけで何事も済ましてきたというのに、チアキだけは食いつくように話しかけてきた。どれだけあしらってもめげずに関わろうとする姿に、いつしか根負けした私は、彼女のことを心の中で友達だと認めた。
ただ、この日までそれを彼女に知られることはなかったため、知られてしまった今、どういう接し方をすればいいのか、よくわからないのだ。
「別にいつも通りのイロハちゃんでいいじゃん」
不意にチアキが静かに溢し始めた。嫌われてないとは思ってたけどね、それでもイロハちゃんが私のこと友達だって思ってくれてたの知れて安心したし、イロハちゃんがいつも通りに接してくれても気にしないよ、むしろ安心するかな。私は力みのない横からの笑顔を見ている。それでもいいのかと、彼女に問いかけようとして、チアキがこちらを下から覗き込んだ。
「どうしました?」
「イロハちゃんが気にしてるならさ、友達っぽいことやってみよ!」
唐突な提案に、目の瞬きが刹那止まった。友達っぽいこと、確認を取るように立ち止まってチアキの言葉を復唱して、目を交わらせる。いつものように紅い瞳は私をまっすぐ注視して、口は今か今かと自身の発想を伝えようと躍動していた。
私の前方に躍り出たチアキのコートがはためいて、キラキラと光る。陰りになっていた道路に、光が差し込み始めていた。
「たとえば、今すぐできる友達っぽいことは〜……そうだ!イロハちゃん、スマホ貸して!」
要求の意図が分からないが、素直に従う。チアキは渡したスマホの画面ではなくスマホのカバーケースを見ていた、使っているのは無色透明のシリコン製のスマホケースでなんの変哲もない安物なので、余計に分からない。何がしたいんですか。そう訊くと、チアキはスマホを返した。
「今日二人で撮った写真あるじゃん」
「ああ、先生に撮ってもらった」
「あれ現像して一緒にスマホケースに挟むってのはどうかな!」
私はすぐさまイヤだと答えた。チアキは断られることなんて露にも思ってなかったのか、狼狽えた。友達っぽくていいじゃん!?叫ぶように言うので耳が痛くなった。
「小っ恥ずかしいじゃないですか」
「じゃあ代案!代案聞いて!」
「いいですよ」
「スマホのホーム画面お揃いにしよ!」
「却下」
「イロハちゃ〜ん!」
チアキが泣きつくように私を揺さぶる、無抵抗で視界が平衡からは遠く離れていく。東の方の空が、青から段々と黒くなっていくのがわかった。されるがままでいると、揺さぶるのをやめたチアキが肩をがっくり落として小さな歩幅で歩き始めた。
先ほどの背中とは真反対の暗い背中に、どうも、罪悪感というのだろうか、申し訳ないという気持ちが次第に昇ってきて、沼のように考えを飲み込んでいく。
「分かりましたよ、すればいいんでしょう、お揃いに。写真、あとで送ってくださいね」
チアキに追いついて告げると、彼女は途端に明るくなって私に抱きつこうとした。それを躱すと少し残念そうな顔をしたが、目はよく輝いている。すぐに送れるから、そこでやろうよ。指を刺したのはなんらかのモニュメントの前に作られた、滑らかな石のベンチだ。
人前でするのは気が引けるが、断れず座る、チアキも続いて私の隣に座った、シャーレの時より、少しだけ距離が近い気がする。トークアプリで写真を送信し終えると、チアキは私の画面を覗き込んで、楽しそうにはにかんだ。
「ロック画面とホーム画面どっちもお揃いにしようね〜!」
「やるとは言っても少しの期間だけですよ、他の人に見られたら何言われるか」
「私は気にしないけどな〜」
「私が気にするんです」
「そっか、でも、ふふ」
「嬉しそうですね」
上下に揺れる身体が、喜びを体現している。自分に関することでここまで喜ばれると、イヤではないが少し疑問に感じてしまう。私の交友関係は狭いが、チアキの交友関係は私の何十倍も広い。それなのに、ただ壁紙を揃えるというだけでどうしてこうも上機嫌になるのか、分からない。
保存した写真の中の私は、伸びきっていないピースをして、目線がカメラから少しズレている。少し照れているようにも見えて、なんだか落ち着かない。チアキは対照的に、バッチリとカメラに視線を合わせて、元気よくポーズを決めている。設定アプリを開いて、壁紙にその写真を追加する。長らく初期設定のままだったスマホの壁紙は、一瞬にして、私とチアキの写ったものに変わった。電源を落として、つけても写真は表示される。どうにもむず痒い。
写真撮ろっか、チアキはそう言って石のベンチの上に電源をつけて自分のスマホを置く。いつのまにか設定していたのか、壁紙は私と同じものだ。不恰好なピースをする私と、笑顔のチアキ。彼女のスマホの横に、同じ壁紙になった私のスマホを並べる。
実際にお揃いにして並べた光景を見ると、想像していたよりずっと、友達なんだという気持ちになる。カメラを構えているチアキは、相変わらず笑ってたが、その横顔はいつものよりも静かで、落ち着いた感じを纏っている。
「なんで私とお揃いにしようと思ったんですか」
カメラを戻した時、私は思わず訊いた。ほとんど無意識だった。
視界には駅ビルが映っている。通行人のほとんどが、吸い込まれるように入り口に向かっていく、規律のない足音と、止めどなく聴こえる他人の話し声に紛れて、チアキは口を動かした。諦めてないからね、そう、言った。橙色に照らされた駅ビルの窓が反射して、六角形のキラキラしたものが視界を覆い、目を細める。私はその光がイヤになって遮るために地面を見た。そこでチアキの手が、居所なさげに、窮屈そうにしている。
「イロハちゃんが私のこと親友って言ってくれるの、諦めてないから」
チアキの手が、滑らかな石のベンチに置いている私の手に触れようとした瞬間、乾いた風が間を通った。動きの止まったチアキの手は、迷いながらコートの中に隠れてしまった。私は、自分の言葉も、チアキの言った言葉も、本当に喉を通って発せられたものなのか、分からなくなった。