第41話:力の抜け穴
「あいつらが……うごきだした……?」
真希が放った冷たい声が、部屋の空気を変えた。
先程まで満面の笑み、恋が成就した乙女のようであった彼女の顔は、一瞬で別の何かに塗り替わった。
彼女の瞳に映る『光』は、周りを囲む常葉のコピーたちが一歩退き、表情を引き締めるほどの『意志』がこめられていた。
「本当に、あの『院長』と、私の『先輩』なの?」
そして、本物の常葉もまた、嬉しさを溢れさせる雰囲気をすぐに切り替え、『医師』として問題解決に勤しむ時の冷静さが戻っていた。
彼女の言葉に従い、この事態を報告しに訪れた常葉のコピーは、全体に確認させるよう、もう一度語り始めた。
「ええ、間違いないわ。あの総合病院……『氏神常葉』が勤めていたあの場所を司る院長と、それに付き従っているあの先輩だったわ」
白髪交じりの短髪を生やした、眼鏡をかけている威張り腐った男性と、彼に付き従う、卑屈な笑みを浮かべた40歳代後半の男性。
常葉のコピーが伝えた特徴は、常葉の記憶にこびりついて離れない、あの忌まわしき存在と見事に合致していた。
ただ、1つだけ異なるのは、『先輩医師』――院長の腰巾着としていつもヘコヘコと頭を下げる傍ら、自分よりも技術が上の常葉を目の敵にしていたあの男が、いつの間にか『副院長』に昇格していた事だった。
「いつの間にそんな事が……」
「仕方ないわ、常葉先生がここに来てから数ヶ月経つもの」「媚びを売り続けた見返りに、地位だけ手に入れたみたいね」
「なるほど……あり得る話だわ。でも、どうしてあなたたちはそれを検知できたの?」
そう尋ねた常葉に、事態を報告しに訪れた常葉のコピーは語った。
『氏神常葉』と言う名の患者を守り、治療を順調に進めるため、自分たち一部の常葉のコピーは、『院長』である真希が有する全能の力のうち、『ムゲン病院』の外の世界をどこでも観察する能力を一時的に託され、対象を絞って逐一確認していた、と。
その観察対象には、常葉や真希を苦しめ続けた、あのふたりも含まれていた。
このまま何事もなく時が過ぎていれば、そのままふたりを対象から外し、一切の関わりを断つことも考えていたという。
だが、そうは言っていられない事態になった。あのふたりが『ムゲン病院』という名の医療施設と、そこで働く『名医』の存在に勘づき、スカウトしようと動き出した、というのだ。
「なんですって!?スカウト!?」
本物の常葉が驚きと呆れのあまり、声を張り上げたのは、当然かもしれない。
「ええ、この病院に、腕の良い『名医』がいる、って噂を聞きつけたらしいの。経営が傾いている自分たちの病院を立て直すため、優秀な人材を探しているらしいわ」
「経営が傾いている?」
「ええ。常葉先生が逃げ出した後、過去の医療ミスや様々な不正が少しづつ発覚し始めて、その対応に追われたみたい。その結果、呆れ果てた患者さんたちが離れ始めた、って感じだったわ」
「そんな事が……」
要するに、自業自得で経営が傾き、その穴埋めとしてなりふり構わず『名医』を探しまわっている、と言う訳だ、とコピーは棘を丸出しにするような口調で語った。
そのスカウト活動は、未だにどこも成功していない、と付け加えながら。
「そうなの……」
スキャンダルと言う名の岩礁にぶつかって沈み始めた『泥船』に行きたがる医師など、よほどの物好きでないといないはず。
そうなると、場合によっては『ムゲン病院』に、あの思い出したくもなければ見たくもない、ふたりの男がずかずかと上がり込んでくる危険性もある。
どうすれば良いのか、と考えかけた時だった。常葉が、ある疑問を抱いたのは。
何故、あのふたりは、この『ムゲン病院』――外の世界とは、時間や空間などあらゆる常識が異なる、常葉と真希だけのために作られた『閉鎖病棟』の存在を、感知する事が出来たのだろうか。
それを『創造主』である真希に尋ねようとした時だった。
「……どうして……どうして、ここがばれたの……?」
常葉と全く同じ疑問を抱いている事を、真希自身が示したのだ。
「真希ちゃん……?」
「あのね、先生……いいわすれていたんだけれど、わたし、先生をまもるために、おーがかりなことをしたんだ」
「大掛かりな事?」
「あの『そーごーびょういん』や、先生にかんけーするひとたちから、『氏神常葉』っていうそんざいをけしたんだよ」
「……!!」
確かに、真希の持つ全能の力を使えば、様々な概念を自在に操る事など容易いもの。
常葉を『ムゲン病院』に招き入れ、自分なりの『治療』を行う決定をした時、様々な外部の干渉から彼女を守るため、真希は院長や先輩医師といった人物、常葉が担当するはずだった患者、そして『総合病院』の各種記録など、あらゆる存在や概念から『氏神常葉』と言う人物がいた証拠を一旦消去したのである。
あまりにも常識を超越したやり方や今の自身の立場はともかく、どおりで総合病院から自分に向けて、帰ってこい、戻ってこなければ訴える、といった連絡が来なかったわけだ、と常葉は納得した。
そのような経緯で、常葉は『総合病院』という、問題を抱えた場所から守られた。
にもかかわらず、どういう訳かそこの院長や先輩医師は、真希の『全能』の力による改変を搔い潜り、常葉の存在を察知してしまった。
「それなのに、どうして……ぜんぶけしたはずなのに……」
真希は、『全能』であっても『全知』――全てを知っている存在ではない。
だからこそ、彼女は愕然とした表情を見せてしまったのである。
超常的な存在である真希が分からなければ、常識の世界で生まれ育った常葉、そして彼女を模して創られた無数のコピーたちも、真相が分かる訳はなかった。
ただ、それでも彼女たちは彼女たちなりに様々な仮説を出した。
あの時、常葉をスカウトするために出した『手紙』。それに導かれて常葉が訪れた際に、常識とは異なる世界に佇んでいた『ムゲン病院』は、入口を常識に従ったこの世界へ現出させた。
もしかして、その時に何らかの形で、真希が行った様々な記録の改変が解かれ、『ムゲン病院』と言う病院や『氏神常葉』と言う人物が存在する、と言う情報が、外部に僅かながら漏れ出してしまったのではないだろうか。
抽象的な話で、常葉自身も完全にこの仮説を納得できたわけではない。
しかし、力の全てを完璧には使いこなしていないであろう、『全知全能』ではなく『全能』の真希なら、あり得るかもしれない話だ。
それか、もしくは、院長や先輩医師が、そもそも『全能』の力に対して、何らかの耐性のようなものを僅かながら持っているのではないだろうか。
その結果、完全には真希の改変が働かず、彼らの中で薄っすらと『氏神常葉』と言う存在が残り、それが『ムゲン病院』の情報と繋がった結果、スカウトに動き出す事態になったのではないか。
こちらもやはり滅茶苦茶な話かもしれないが、なんでも願いを叶えてくれる流れ星という伝承が現実にある以上、こちらも考えうる話かもしれない。
「……そういえば、あの『院長』たちは、『氏神常葉』と言う名前を直接知っている様子ではなかったわ」
「それって……」「「「どういう事?」」」
「何というか、『ムゲン病院と言う場所に、どんな病気も治す名医がいるらしい』、みたいな噂だけを聞いている、という感じだったわね」
「「「「「噂……なるほど……」」」」」
どちらの仮説も裏付けるような補足を、事態を報告しに訪れた常葉のコピーは語った。
とはいえ、結局悩んでも事態の真相は分からないままだった。
ただ、確かなのは、常葉を追い詰め、病院から追い出したはずの張本人が、今度は自分たちのちっぽけなプライドやズタボロの存在意義を守るため、単なる噂に過ぎない情報を頼りに、常葉へ助けを求めようとしている事だ。
皮肉な話ね、と考えた後、改めて今後の処置を改めて相談しようと常葉や彼女のコピーが動いた、その時だった。
「「「「……!!」」」」
彼女たちは、はっきりと見た。
「……あいつら……先生をいじめたあいつらが……先生をボロボロにした、先生をなかせた、あいつらが……」
『ムゲン病院』を司る薄手真希の小さな体から、その表情から、途轍もない程の『感情』が溢れ始めていたのを……。
「……ゆるさない。ぜったいに、ゆるさない」
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ムゲン病院なんでも科奮戦記 ~転職先は、全てが無限大の病院でした~ 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice
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