2026年3月、米国で「おとり商法」を理由にテスラのユーザーたちが怒りを大爆発させた。
現在では、同社のフルセルフドライビング(FSD)はサブスクリプションモデルでしか利用できないが、かつては最高15,000ドル(約225万円)を支払えば「生涯」にわたって利用できた。加えてテスラは、3月31日までに新たにテスラ車を買った場合、すでに購入済みのFSD使用権を新車に移行できると発表していた。
この提案は、59,990ドル(約900万円)という低価格で販売された新型サイバートラックのベースモデルの購入を検討していたドライバーたちにとって非常に魅力的に映った。ところが、CEOのイーロン・マスクが、この価格での提供は10日間に限定されるとすぐに明言したため、検討中の人々は決断を急がなければならなかった(23年11月の発売当初、最も安価なサイバートラックは60,990ドル(約915万円)だったが、26年初頭までにエントリーモデルの価格は79,990ドル(約1,200万円)まで上昇している)。
その後、テスラはFSDの移行に関する規定を密かに変更した。旧車から新車へのFSDの移行を、3月31日までに納車が完了した車両に制限したのだ。現在の生産遅延を考えれば、多くの人が移行期限に間に合わないクルマを購入することになった。テスラは、注文をキャンセルした購入者には注文手数料の250ドル(約37,500円)を返金すると発表した。
ファンの怒りが爆発
Xは、マスクが所有し頻繁に利用しているプラットフォームであり、テスラファンのたまり場でもあるが、そこでファンの怒りが爆発した。賛否の分かれるステンレスボディのサイバートラックの話題に特化した「サイバートラック・ガイ」というアカウントの投稿者は、「テスラはいまだに59,990ドル(約900万円)のサイバートラックのFSD移行に関するあからさまな嘘を修正していない」と怒りをぶちまけ、「みじめでみっともない」とののしったのだ。
テスラファンのサークル内では、こうした発言は見過ごされない。テスラブランドやマスクへの忠誠心が足りない者による妨害工作とみなされるからだ。別のテスラ・インフルエンサーがサイバートラック・ガイの投稿をスクリーンショットしたうえで、こう投稿した。「テスラ系アカウントとして尊重できると思ってたのに、テスラを嘘つき呼ばわりするなんてがっかりした。こうしたバカどもはブロックだ」。そこに別の有力なテスラ支持者が加わり、「こんなことでブロックするなんてイカれてる。企業を崇拝し、自分が間違ってることを認めない連中とは関わりたくない」と応じた。
マスクがツイッターを買収してXに変えるずっと前から、そこはテスラの投資家や顧客にとって理想的な集会所だった。
そこではマスクをフォローして最新の開発情報をキャッチしながら、彼の天才ぶりを称賛し、電気自動車(EV)の環境メリットや自動運転の未来について熱心に語り合った。テスラ株を保有している人々は、経済的な理由からこのエコーチェンバーに加わっていることを公言していた。実際、過去6年でテスラ株はおよそ10倍に値上がりし、時価総額は1兆ドル(約150兆円)を大きく超えている。
だが、今回のFSD移行騒動が示すように、我慢にも限界がある。どの約束を破ると(あるいはマスクがどんな軽率な行動を起こすと)、熱心なテスラ信者でさえ自分の世界観に疑問を抱き始めるのかは、誰にも予想できない。我慢できなくなった人々は難しい決断を迫られることになる。もはや異論さえ許さなくなったコミュニティから追放されるリスクを冒してまで、公然と異議を唱えるべきだろうか? 離反を選んだ人々は束縛からの解放を感じ、テスラとマスクをめぐる誇張された物語に異を唱えることを義務のように感じ始める。
X上で「イーロン嫌い」を攻撃
心理学者としてアラスカ州アンカレッジで暮らすアール・バニングの場合、テスラ・コミュニティとの決別はゆっくりと進んでいった。
バニングがツイッターを始めたのは18年で、最初のテスラを購入したあとだった。マスクが発信するテスラの動向を追うことが目的だった。本人が『WIRED』に語ったところによると、彼は最初に「サモン機能(駐車場などでクルマを呼び寄せる機能)」を実演してフォロワーに見せようと考えた。「車内のボタンを押すとガレージのドアが開き、クルマが自動で駐車し、またガレージのドアが閉まる。なかなかすごかったですよ」とバニングは言う。「その様子を高速動画で撮影しました」
マスク本人も、テスラ公式アカウントも、バニングのクリップをリツイートした。「すると、フォロワーが一気に増えたんです」。バニングはこう付け加えた。「ラスベガスに行って、いきなり大勝ちしたような気分でした」
初めのうち、バニングはテスラ・コミュニティの仲間意識や楽観的な雰囲気を楽しいと感じていた。「フランク・パピー・フライデー」という企画を思いつき、テスラのフロントトランクに入った愛犬の写真をほかの人々とシェアした。オフラインのイベントにも参加し、全国各地に友人ができた。
「どちらかと言えば内向的な性格なので、交流できるコミュニティができたのはうれしかったですね」とバニングは語る。同時に、マスクの可能性には限りがないように思え、ネット上では彼のために積極的に戦った。
マスクを批判する人々を「イーロン嫌い」と切り捨て、そうした人々やテスラ以外の自動車会社を中傷するために「あまりに無駄な時間を費やしました」とバニングは振り返る。ミームを作成したこともある。「わたしはイタい男だったんです」
バニングは、自動車業界のジャーナリストだけでなく、「テスラに対してほんの少しでも悪いことを言う人たちは誰であっても、執拗に、徹底的に攻撃しました」と回想する。そうした人々は「間違った情報にまみれて」いるので、「イーロンの善行が見えていない」と思っていた。テスラの破綻を望みながらテスラ株の空売りを目論む人がいることも知っていたため、X上でテスラ批判派と言い争うときには、そうした連中のひとりだと決めつけて非難することも多かった。
完全自律走行という夢
マスクやテスラを批判から守ることがほぼ習慣になっていたバニングだが、それでもマスクの投稿のなかには、どうしても受け入れられないものがあった。
20年にコロナ禍が始まると、ウイルスをめぐるマスクの発言にバニングは唖然とした。その内容は、医療の専門家として自分がもつ疫学の知識から大きくかけ離れていた。同年の3月、マスクは「コロナウイルスのパニックはばかげている」とツイートし、4月末までに米国の「新規感染者数はほぼゼロ」になると予言した。
「少なくとも多くの点で、マスクはただの愚か者だと気づき始めました」とバニングは言う。マスクが誤りを指摘されても「決して訂正せず、何も学ばない」人物であることにも気づいた。
マスクとテスラに、かつての熱烈なサポーターたちが幻滅した経緯についてコメントを求めたが、いずれも応じなかった。
ほかの有名インフルエンサーたちとともに、バニングは20年末にFSDのベータ版への早期アクセス権を得た。当時の時点で、マスクはすでに何年も前から完全自律走行という夢を宣伝していたため、バニングはリリース前にほとんどのバグが修正済みだと思っていた。
ところが初めてFSDを試したとき、クルマは消火栓に向かってまっすぐ突進したという。それでもバニングは、恐る恐るではあるがFSDを試し続けた。「ある日、ウォルマートの駐車場を出ようとしたら、クルマが突然曲がって歩道を走ろうとした」こともあった。最後には、「イーロンは嘘をついているか、脳に障害があるかのどちらかです。2020年にあのクルマに乗って、FSDが完成間近だと思えるはずがないのですから」と結論づけた(数年が過ぎた現在もテスラは運転支援機能に関する訴訟を抱えており、最近もヒューストンのドライバーが、サイバートラックが高架橋から飛び降りようとしたと訴えている)。
テスラ社の主張やマスクの人格への疑問を口にし始めると、バニングは多くのフォロワーを失い、SNS上の友人とも疎遠になった。
22年12月、決定的な出来事が起こる。ツイッターのライブチャットでマスク本人に直接語りかける機会を得たバニングは、マスクが過激な政治的発言をすることが増えており、それがテスラにとって痛手になりかねないと進言したのだ。「わたしの子はトランスジェンダーで、その子はずっとテスラが大好きだったのですが、あなたがトランスジェンダーについて語った発言をきっかけに、いまではファンでなくなったと伝えました」とバニングは回想する。マスクは、株価を上げるために自分の意見を隠すつもりはないと一蹴した。
モデルXへの愛は変わらず、テスラそのものを悪く言うことはめったにないにもかかわらず、その日を境にバニングは「テスララティ(Teslarati)」と呼ばれるテスラ信者たちから天敵とみなされるようになった。
かつて自分が攻撃していたテスラ批判者の何人かとは和解した。また、いまもときどきフランク・パピーの可愛い写真をシェアしている。「ある種のカルト、愛嬌のあるカルト集団でした。それが時間とともに何かが変わっていったのです」と、バニングは自分がかつて所属していたコミュニティを振り返る。「イーロンが神のような存在になり、[22年に]ツイッターやら何やらを手に入れてからは、みんなイーロンの意見だけを正当なものとして受け入れるようになりました」
誇大な宣伝とかけ離れた実態
いまのバニングがマスクを批判するような投稿をすると、ロサンゼルスでテスラに乗る@MissJilianneという人物から賛同するコメントが送られてくる。この人も、バニングと同じような経験をしてきたからだ。
ジリアンヌ(テスラ信者からの嫌がらせを理由に、『WIRED』にファーストネームのみを使い、職業を明かさないよう求めた)は16,000人のフォロワーに向けて、XでFSDのデモを通算170時間以上にわたってライブ配信してきた。そこには、FSDの危うさを証明する映像も少なくない。ジリアンヌ本人は、FSDはほぼ完璧だと主張するオタク集団に対するカウンターバランスとして、自分の動画が重要な役割を果たしていると考えている。
バニングと同様に、ジリアンヌもテスラへの評価は高いままだ。モデルXを皮切りに、22年には合計11万9,000ドル(約1,785万円)でモデルSプレイドをFSD付きで購入した。「とても気に入っています」とジリアンヌは言う。「本当にいいクルマ」
ただしFSDに関しては、宣伝どおりのレベルに達していない未成熟な運転支援機能を売りつけられたと感じている。マスクとテスラは、継続的なアップグレードや、真の自律走行が実現した場合に必要なハードウェアについて発言を続けているが、その言葉も信じなくなった。
ジリアンヌはかつて、有力なテスラ・インフルエンサーたち全員と親しかった。FSDを使い始めたころは、自分を製品改良のために実際の街で走行テストを行なうチームの一員だと考えていた。
「アップデートのたびに、少しずつ改善されているのがわかりました。毎回ほんの少しだけよくなっていったんです」と彼女は言う。「その改善過程を楽しむことにしようと思いました。イーロンが約束したとおりの性能に達すれば、本当にすごいことになると思っていたので」
しかし次第に、ジリアンヌは自分のFSD体験がテスラの誇大な宣伝とかけ離れていることに気づいた。システムには大きな不具合があり、日々フラストレーションがたまっていった。24年、Xにライブストリーミング機能が追加されてすぐ、マスクがサンフランシスコを自律走行するテスラの映像をシェアした。それを見たジリアンヌは、自分のクルマでFSDを起動したときに何が起こるかを撮影して配信するときが来たと決意した。
不具合の証拠を配信するにつれて、フォロワーは減っていった。ジリアンヌは自分のライブ配信を見た複数のユーザーからののしられ、「恩知らずと言われました」と語る。「そういう人たちはあらゆる言い訳を並び立てるのです」。最も有名なテスラ信者の数人がジリアンヌをブロックし、その後彼女はオンライン上の交友関係を見直した。いまでは「わたしの感覚に理解を示してくれる」テスラオーナーたちと情報交換しているという。
ジリアンヌは頑固な信者たちを挑発することを楽しんでいる。ただし、そのためなら何でもするというわけではない。あるとき「イーロンがおかしくなる前に買ったクルマ」と書かれたバンパーステッカーを注文し、モデルSに貼った写真を投稿した。「みんなを怒らせて、罵詈雑言を浴びるため」だ。しかし、実際には合成写真だったと、ジリアンヌは笑いながら明かす。大切にしている「美しい」愛車を汚すなんて想像もしたくないからだ。
別のときには、サイバートラックの代わりにフォード・ブロンコを購入することにした。サイバートラックは2回試乗したが、気に入らなかったためだ。テスラ信者は「みんなおかんむりだった」そうだ。「ブロンコはバラバラになる、トランスミッションが壊れる、排ガスで人を殺す、とか言われました」
ジリアンヌの考えでは、そのような人々はテスラに長期的に投資しているため、擁護を続けている。「どうやら、イーロンよりお金のほうが大切みたいです。みんな、口ではイーロンのためと言ってますが」
「カルト信者」たちには届かない
しかし、テスラ信者の怒りを最も買っている人物といえば、ダン・オダウドだろう。
グリーン・ヒルズ・ソフトウェア(Green Hills Software)を創業しCEOを務めるテック系億万長者であるオダウドも、かつてはテスラ車とマスクのリーダーシップを熱烈に支持していた。16年の時点で、ロードスターを2台とモデルSを1台所有していたほどで、本人も「大ファン」だったと認めている。マスクが16年に、テスラは17年末までにロサンゼルスからマンハッタンのタイムズスクエアまで完全自律走行で横断すると宣言したときには、本当に興奮したという。
だが、いまでは「彼は人々にそう信じ込ませようとしただけで、実際にはまったくの嘘でした」と語る。当時、オダウドはマスクのことを「天才」と呼んでいた。だが17年末になってもマスクが大陸横断ドライブについて何も言わなかったため、それが実現するのかどうか疑問に思い始めた。いまでは、「あのころのFSDはまったく機能していなかった」とオダウドは確信している。
テスラがロードスターの改良版やセミトラックなどの新製品を大々的に発表しながら、発売の無期限延期を繰り返していることにも、オダウドは気づき始めた。
また、テスラが最も重要な目標、すなわち手ごろな価格のベースグレードEVを見失いつつあるとも感じるようになった。24年、同社は長年待ち望まれていた目標価格25,000ドル(約375万円)の車種の発売計画を撤回した。26年1月には、マスクが人型ロボット「オプティマス」の開発に集中するため、フラッグシップであるモデルXとモデルSの生産を終了すると発表した。
20年には、人々がテスラFSDのベータ版の問題点を示す動画をオダウドのもとに送り届けるようになっていた。「わたしは、ちょっと待て、これはひどすぎる。完成間近なんてとんでもない、と思いました」。マスクはFSDがほぼ完成していると述べていたが、オダウドは信じなかった。彼はチームを組み、テスラFSDに関する動画をあらゆるところからダウンロードして、不具合を分析した。
21年には、インフラや安全システムへの「欠陥のある危険なソフトウェア」の導入に反対するロビー活動を行なうため、「ドーン・プロジェクト(Dawn Project)」という組織を立ち上げた。同組織が最初に行なった活動はFSDの停止キャンペーンで、現在もその中心的な活動となっている。
プロジェクトは『The New York Times』の全面広告や、23年と24年のスーパーボウル中継中に放映されたCMを通じて、FSDの危険性を訴えた。CMでは、自動運転中のテスラが停車中のスクールバスの横を減速せずに通過したり、横断歩道で子どもの大きさのマネキンをはねたりする様子が映し出された。
こうした動画がFSD信者たちの考えを変えたことは一度もないとオダウドは言う。どんなテストを行なって撮影しても、信者たちはドーン・プロジェクトがすべてを捏造していると決めつけるからだ。テスラ信者たちは、オダウド個人も悪人として中傷している。「石油会社に雇われているとか、ウェイモのために動いているとか、テスラを憎んでいるとか言われます」とオダウドは語る。
『The New York Times』の広告に対しては、Xでは「@WholeMars」のハンドル名で知られるテスラ信者のオマール・カジがブログに長文の反論を投稿し、グリーン・ヒルズ・ソフトウェアが軍の請負業者であることを理由に、「オダウドの手は血塗られている」と非難した。ドーン・プロジェクトを立ち上げた当初から、こうした反応が起こることは予想していたとオダウドは言う。「テスラを批判した者に何が起きるかは知っていました」。ハラスメントや罵倒は想定内だった。
オダウドはXで活動を続け、「カルト信者」からの攻撃をものともせず、FSDの失敗シーンを次々と投稿し、マスクの誇大な予言がまったく実現していないことを指摘し続けている。例えば26年3月には、テスラが工場作業用のオプティマス・ロボットをまだ10,000台製造していないことや、ロボタクシー事業を拡大できていない点を指摘した。いずれもマスクが25年に達成すると公言していた目標だ。
こうした失望が重なるたびに、最も忠実なテスラ支持者たちの結束にさえ亀裂が生じる。かつては人類の救済者としてあがめていた人物に、「何年も過ぎたいまついに」背を向ける人が現れ始めていると、オダウドは考えている。そうした離反者たちが連帯し、いまや相当な規模にまで成長しつつあるようだ。
ちなみに、オダウドもカルト集団を離れたほかのテスラ愛好家たちと同様、テスラ車への愛を失ったわけではない。自分のモデルSについて「本当に気に入っている」と語り、「妻もいまも使っています」と付け加えた。
(Originally published on wired.com, translated by Kei Hasegawa/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)
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