才能の正体は“集中力の質”(後編)
この文章は、漫画「左ききのエレン」劇中に登場する架空の本「才能の正体(真城学・著)」を再現した内容です。性質上、架空の固有名詞が登場します。ご了承下さい。また、真城学も劇中に登場する架空の人物です。
・「集中力の質」を正しく機能させる方法
先のアンケートによって「集中力の質」のタイプには偏りがあり、希少度が存在する事が分かった。私はその希少度を観察する中で、幾つか分かった事がある。例えば「集中力の長さ」に関して大多数が「短い」と自己採点をしているが、これは自己採点であるという事に注目して頂きたい。多くの人が自分は集中力が足りないと考えている。しかし、恐らくは岸あかり女史の様に3分間しか集中できない訳では無いだろう。短いと答えた多くの人間が、学校の授業1時間くらいは集中できるはずだ。この自己評価が低く現れる点で「集中力は長いに越したことは無い」「優秀な人間は集中力が長いに違いない」といったバイアスがあるのではと推測している。
また「集中力の早さ」はより顕著だ。「遅い」と自己採点している人間が非常に多い事からは「もっと素早く切り替えたい」という願望が読み取れる。恐らくは「切り替えが早く、長く深く集中できる」が、現在の優秀な人間像では無いだろうか。しかし、私はこの考え方に一石を投じたい。「集中力の質」に、本当に優劣があるのだろうか?恐らくは、それぞれの集中力に見合った職業が存在しているだけで、その相性の方が重要なのでは無いだろうか。
つまり、重要なのは「集中力を長く維持するトレーニング」や「素早く切り替えるトレーニング」では無く、自分の集中力の質を正しく分析し、それを正しく機能させる事が成功への近道なのだと私は考える。では、具体的にどうすれば機能するのだろうか。私が薦めるのは「質のイメージ」だ。
・集中力の質を具体的なものでイメージする
例えるものは何でも良い。私は集中力の質を「乗り物」に例えた。その人にとって集中とは活動する事だとすると、エンジンが付いた乗り物が直感的にイメージしやすかったからだ。
例えば「短い(燃費)・深い(パワー)・遅い(コントロール)」という質を乗り物に例えるならば「クラシックカー」だろうか。長時間動かす事は出来なさそうだが、力強い。しかし起動するには時間がかかる。「長い・深い・遅い」は「帆船」のイメージ。長く活動できるしパワフルだが、風まかせでコントロールは難しい。岸あかり女史の「極めて短い(燃費)・極めて深い(パワー)・極めて早い(コントロール)」に関しては「弾道ミサイル」と言った所だろう。目的地に辿り着く最低限の燃料しか無いが、圧倒的なパワーをスイッチ一つで起動できる。
このイメージ法の利点は、直感的に仕事や創作活動をする上でどう扱えばいいか分かる点にある。イメージをより膨らませ、頭の中で集中力の質という名のエンジンと対話する。「クラシックカー」だった人は「今日もなかなかエンジンがかからないな…。少し間を空けて休ませてみようか。」と直感的に改善策がイメージできる。「帆船」だった人は「まだ風が掴めないが、風をつかんでしまえばこっちのものだ。のんびり風を待とう。」など。不思議と、その人の集中力の質に合った改善策がイメージできるはずだ。要は、集中力の質という未知の存在は扱いがイメージしづらいが、現実世界に存在するものなら上手く扱う方法がイメージしやすい。であるからして、私は「乗り物」に例えてみたが、ぜひ自分に合った何かに置き換えて見て欲しい。
・集中力を呼び覚ます“ルーティン”
多くのアスリートには集中力を呼び覚ますための“ルーティン”があるそうだ。ルーティンは和訳が難しいが、私は「万全を期する為のお決まりの所作」とした。少々堅苦しく長ったらしいがご愛嬌だ。私が知る限り、ルーティンは集中深度が深い人間ほど複雑化する傾向にある。つまり、岸あかりの様なタイプはルーティンがあったとしても複雑で再現性が低く、岸アンナの様なタイプは単純で再現性が高いと考えられる。これは例外も多く、あくまで傾向があるとしか言えない部分ではあるが、このルーティンの奥深さを感じたのは、私が出会ったもう一人の天才と出会ってからだ。そう、それも岸あかりと同じ時代に、同じ東京藝大の教え子に二人も天才と呼ぶに相応しい才能と出会う事ができるとは。
“才能”について考える時、私は東京芸大の教え子だった女性達の事を思い出す。山岸エレンと岸姉妹。同じ岸の名を持つ彼女達はまるで対照的な才能を持っていた。
彼女達と出会っていなければ、この本は完成する事は無かっただろう。そして、山岸エレンの集中力の質は、私のこれまでの想定を遥かに凌駕するものだった。彼女の集中力の質はー
本編未公開の内容に深く関わる記述なので割愛します。
「長さ」「深さ」「早さ」と、4つ目の項目
ここまで読み進めてくれた読者の皆様は、集中力の質の概要がご理解頂けたと思う。ここからは発展系だ。4つ目の項目について紹介する。そもそもルーティンという概念の登場によって、勘の良い読者は混乱したかも知れない。ルーティンという集中に入るためのトリガーが存在するのであれば、そもそも「集中の早さ」という項目が意味をなさないのでは無いかと。その答えは、この4つ目の項目にある。それは「集中力の練度」だ。私はこれを「集中練度」と呼んでいる。そう、集中力は筋肉の様に鍛える事ができるという発想である。
「天才を育てるにはピアノを習わせるのが良い。」とたまに耳にするが、その信ぴょう性はさておき、少なくとも集中力を育む事はどの領域においても効果があるというのは賛成だ。集中力は応用が効く。ピアノの技術は、ピアノでしか活用する事はできないが、ピアノで得た集中練度は、そのほかのあらゆる領域で活用できるのだ。平たく言えば、集中練度とは「これまでの人生、どれだけ集中力を使っていたか」という「集中したトータル時間」と言える。「あの人は、どの領域でも活躍できそうな凄みがある」と称される人間は、総じてその「集中練度」が高い傾向があると、私は思う。
つまり「ルーティン」とは、一定以上の「集中練度」を積み重ねた人間にのみ発見する事ができる「ギフト」なのだ。集中した経験が平均以下では、きっとこれは見つからない。また、集中練度の高さには年齢が大きく関わる。経験値の差が最も出やすい項目である。「集中練度」が高い人間は、「集中の長さ」も「深さ」も「早さ」も高まるだろう。よって、4つ目の「練度」は前述の三つとは別レイヤーの項目と言える。
最後に
繰り返しになるが「集中力の質」に優劣は存在しない。そこにはただ適性が存在するだけだ。そう考えると、岸あかりや山岸エレンは人生の早い段階でその適正に合った道を選択できた事が最大の幸運だったのかも知れない。私自身、自分の適性を知るのに時間がかかった。絵描きに憧れた時期も長かった。妻と死別し後、私は生きる意欲が日に日に衰えているのを感じていたが、教え子の成長を見る瞬間だけ、その寂しさを忘れる事ができた。未知の才能とは人生を照らす光そのものだ。この本が、まだ見ぬ新しい輝きを生む一助となればこの上ない幸いである。
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【完全版】才能の正体は“集中力の質”
「集中力には3つの属性がある。集中に入る速さ、集中の長さ、そして集中の深さ…この3つを掛け合わせたものが、その人だけの「集中力の質」である…
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