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Vol.1

No.2

2022. September

文部科学省 科学研究費助成事業 学術変革領域研究 (A)

競合的コミュニケーションから迫る多細胞生命システムの自律性

研究者エッセイ 第2話

夏号

生き物らしさの合成を目

連載

戸田 聡

挨拶 / 研究成果プ

独立しま

人生のコト、

てください! Q&A

小田 裕香子

した!

研究と

教え

指して

細胞競合につ に僕の語ること いて語るとき

細胞競合研究 世界の動向 / 重要論文の紹介

領域代表からの レスリリース

小説 モモの呟き 藤田 モモ

井垣 達吏

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今号の表紙写真

Contents

領域代表からのご挨拶 1

研究成果プレスリリース 2

独立しました! 5

Rashmi Priya 博士 セミナーレポート 8

研究と人生のコト、教えてください! Q&A 10

研究者エッセイ 第 2 話 (金沢大学 戸田聡) 18

細胞競合について語るときに僕の語ること 24

小説「モモの呟き」 27

細胞競合研究 世界の動向 30

重要論文の紹介 32

今後のお知らせ 35

表紙画像提供者 小澤 慶(京都大学・藤田班 )

周囲の正常細胞との細胞競合の結果、敗者となって管腔側へ排除された

RASV12 変異細胞

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領域代表からのご挨拶

まだまだ暑い日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?私は夏生まれだか

らなのか、暑いのは全然苦ではなくて、夏は最も好きな季節です。 毎朝 5 キロの

ジョギングをして、ラボに向かって自転車を漕ぎながら、T シャツと短パンで仕事の

できる職業に就けたことに心から感謝します。そしてラボに着くと、今日も一日好き

な研究ができること、そのための研究費をいただいていること、ラボメンバーやた

くさんの研究者仲間、そして家族に今日も支えられていることに感謝の気持ちでいっ

ぱいになります。こうして年々感謝の気持ちが大きくなるのは、これはもう完全に、

老化の表現型だと思います。つまり、私の中の多細胞生命自律性が、年とともに少

しずつ破綻してきているのだと思います。どの細胞がどのように破綻しているのか、

すごく気になります。「細胞競合が起こるのは、そこに細胞集団があるからだ」とい

う名言はどこにもなくて、いま私が作ったのですが、でもそれくらい細胞競合は細

胞集団にとって当たり前に起こっている現象かもしれません。もしそうであるならば、

細胞競合の原理を紐解くことで、これまで見えていなかった多細胞システムの姿が

浮かび上がってこないわけがありません。 いま、本領域では細胞競合に関する新し

い知見が次々と見いだされています。今後の展開が本当に楽しみです。

さて、本年 6 月より待望の公募班の方々に本領域に加わっていただきました。16

名の公募研究代表者の方々、そしてそのラボメンバーの皆さまと一緒に研究させて

いただくことを大変楽しみにしております。 冬には第 2 回領域班会議を金沢で予定

しています。 領域メンバー全ての方々と対面でお会いし、議論できることを今から

楽しみにしております。

競合的コミュニケーションから迫る多細胞生命システムの自律性

多細胞生命自律性 Multicellular Autonomy

井垣 達吏 ( 京都大学 生命科学研究科 )

領域課題名

略称

領域代表

2022 年 9 月 9 日

領域代表

井垣 達吏

C

Multicellular Autonomy Newsletter 1

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2 Multicellular Autonomy Newsletter

魚モデルを用いて“がん発生超初期”の新たなメカニズムを解明

―前がん細胞と正常細胞の相互作用による老化誘導ががん発生を駆動する―

大阪大学

微生物病研究所

石谷 太

本領域で石谷班はゼブラフィッシュをモデルの細胞間の競合的コミュニケーションを理解していきます。今

回、ゼブラフィッシュイメージング解析により、がん発生超初期における細胞間の競合的コミュニケーション

とその制御機構を明らかにしました。

研究の背景

がん発生超初期のメカニズムは不明: がんの克服は人類の夢です。これまで数多の研究者たちによって、

がんの進展・悪性化に関わる遺伝子や分子機序は数多く報告されてきました。しかしながら、これらの研究の

多くはがん発生後期の病理学的に検出可能なレベルにまで成長したがんを対象に行われたものであり、検出困

難ながん発生の超初期についてはあまり研究が進んでいません。具体的には、がんはがん遺伝子やがん抑制遺

伝子に変異をもった単一の異常細胞(前がん細胞)を起源として生じると考えられていますが、前がん細胞

が隣接正常細胞とどのようなコミュニケーションを取りながら初期の腫瘍を形成するのかは全く不明です(図

1)。また、多くの腫瘍細胞では複数の遺伝子変異が見られることから、がんは加齢に伴う遺伝子変異の蓄積の

結果として生じると考えられています(図 1)が、前がん細胞の挙動に遺伝子変異の追加がどのような影響を

及ぼすかはよくわかっていません。

細胞老化の二面性: 細胞老化とは、細胞が不可

逆的に増殖停止した状態を指します。細胞老化した

細胞は個体の加齢によって体内に蓄積することが知

られていますが、テロメアの短縮や酸化ストレス、

DNA 損傷、発がんシグナルの活性化などによって

も生じます。がん細胞における発がんシグナルによ

る細胞老化誘導には、がん細胞の増殖を停止させる

ことで発がんを抑制する効果があると考えられてい

ます。一方で、細胞老化には発がんを促進する効果

もあることが知られています。具体的には、細胞老

化したがん細胞が炎症性サイトカインなどを分泌し

て周辺細胞に増殖を促すことなどが報告されていま

す。しかし、細胞老化の効果が「発がん抑制」となるかあるいは「発がん促進」となるかはどのように決定さ

れるのかは不明でした。また、組織に出現した前がん細胞の挙動と細胞老化の関連はわかっていませんでした。

研究の内容

研究者らは、従来の方法では解析困難であった「がん発生超初期」のメカニズムを調べるために、イメージ

ングに適し、かつヒト同様の脊椎動物である小型魚類ゼブラフィッシュを用いて「生体内に生じた変異細胞(前

がん細胞)の挙動を解析する系」を構築しました。より具体的には、ゼブラフィッシュ稚魚の皮膚をヒト上皮

図1. がん発生超初期のメカニズムは不明

研究成果プレスリリース 1

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Multicellular Autonomy Newsletter 3

のモデルとし、人為的に誘導した少数の前がん細

胞の挙動を可視化し追跡する系を構築しました。

そして、この系を用いて、代表的ながん遺伝子で

ある Ras の異常活性化変異をもつ前がん細胞(Ras

変異細胞)の挙動を解析したところ、驚くべきこ

とに、Ras 変異細胞が誘導後 24 時間以内に上皮

組織から排除され、腫瘍が形成されないことを発

見しました。さらに、排除のメカニズムを解析し

た結果、 Ras 変異細胞に隣接する正常細胞が変異

細胞に細胞老化(不可逆的増殖停止)を促すとと

もに変異細胞の肥大化と細胞間接着の低下を誘

導し、変異細胞を上皮から体外へ排出することを

明らかにしました(図 2 左)。この事実は、隣接

正常細胞が免疫細胞に頼らずに前がん細胞を速や

かに増殖停止(細胞老化)させて体外へ排除する

ことを示しており、細胞老化を介した新たながん抑制機構の存在を示唆しています。哺乳類培養細胞やショウジョ

ウバエを用いた研究でも類似した機構(正常細胞 - 変異細胞のコミュニケーション依存的な変異細胞排除機構)

が起こることが知られており、これらの現象は「細胞競合」と呼ばれ、新たな生体防御機構として近年注目され

ています。

また、継続的な解析により、このがん抑制機構の破綻によって初期の腫瘍形成が駆動されることを発見しまし

た。具体的には、がん抑制遺伝子 p53 の機能亢進変異が追加導入された Ras 変異細胞(Ras-p53 二重変異細胞)

は排除を回避して上皮に留まり、炎症性サイトカインや活性酸素種の分泌を介して隣接正常細胞に対して増殖と

細胞老化を促すことで、周辺細胞を巻き込んだ腫瘍様細胞塊を形成することを発見しました(図2中央)。すな

わち、追加変異は前がん細胞の生存を助け、周辺細胞への増殖・老化シグナルの伝播を増強することで初期の腫

瘍形成を駆動することが明らかになりました。

さらに、健康な組織と、ダメージを負った組織では前がん細胞の排除活性と腫瘍形成活性に違いがあることも

わかってきました。具体的には、細胞に DNA 損傷(ひいては細胞老化)を引き起こす「ドキソルビシン」とい

う薬剤に稚魚を暴露し、上皮の一部の細胞に DNA 損傷(および細胞老化)を誘導し、その条件下で Ras 変異細

胞を出現させると、Ras 変異細胞は組織から排除されずに止まり、p53 追加変異と同じ機序で初期の腫瘍形成を

引き起こすことがわかってきました(図 2 右)。この事実は、損傷を負った組織(あるいは老化した細胞が多い組織)

では腫瘍が形成されやすいことを示唆しています。

なお、本研究では、前がん細胞が初期腫瘍を形成するプロセスのみならず、前がん細胞が細胞老化するプロセス、

隣接正常細胞に細胞老化を促すプロセスの脊椎動物生体内での可視化に世界で初めて成功しました。可視化によ

り細胞の振る舞いを目で追跡することが可能になったことで、想定していなかった意外ながん制御機構が明らか

になりました。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に 3 月 18 日(金)19 時(日本時間)に公開されました。

タイトル:“Zebrafish imaging reveals TP53 mutation switching oncogene-induced senescence from suppressor to driver

in primary tumorigenesis”

著者名:Yukinari Haraoka1

, Yuki Akieda1

, Yuri Nagai1

, Chihiro Mogi2

, and Tohru Ishitani1,2,3

1)大阪大学微生物病研究所環境応答研究部門生体統御分野、2)群馬大学生体調節研究所、3)大阪大学感染

症総合教育研究拠点

図2. 追加変異やダメージ蓄積は前がん細胞の蓄積と初期

腫瘍形成を促す

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4 Multicellular Autonomy Newsletter

前がん細胞が正常細胞を駆逐する

「スーパーコンペティション」の仕組みの一端を解明

京都大学

生命科学研究科

(井垣班)

永田 理奈

生体内で近接する細胞同士は常に互いの「質」を比べ合っており、ある程度の質の差が生じると一方の細胞

が細胞死を起こして組織から排除されます。このような現象を「細胞競合」と呼びます。細胞競合現象の中でも、

前がん細胞が近隣の正常細胞に細胞死を起こして排除する現象は「スーパーコンペティション」と呼ばれ、が

んの発生に密接に関わると考えられてきましたが、その分子メカニズムやがん化における役割はよくわかって

いませんでした。今回私たちは、ヒトやショウジョウバエでスーパーコンペティションを起こすことが知られ

ているがん促進タンパク質 Yorkie(哺乳類では YAP)を活性化した前がん細胞に注目し、スーパーコンペティ

ションのメカニズムとそのがん化における役割をショウジョウバエを用いて解析しました。

ショウジョウバエ幼虫の上皮組織(複眼原基)に Yorkie を活性化した細胞の集団(Yorkie クローン)を誘導

すると、Yorkie クローンは周りの正常細胞に細胞死を起こしながら組織内を拡大していきます(スーパーコン

ペティション)。その結果、ショウジョウバエが成虫になる頃には頭部に腫瘍が形成されます。この現象に着

目して、スーパーコンペティションを引き起こすのに必要な遺伝子を探索しました。具体的には、ショウジョ

ウバエ幼虫の複眼原基で Yorkie クローンの周りの正常細胞の遺伝子を一つ一つ破壊していき、成虫頭部の腫

瘍形成が抑制されるものを探索しました。その結果、正常細胞でオートファジー関連遺伝子が破壊されると、

頭部の腫瘍が小さくなることがわかりました。また、前がん細胞の周りの正常細胞で実際にオートファジーが

活性化していることもわかりました。さらなる解析により、オートファジーの活性化により細胞死遺伝子 hid

の発現が誘導され、これにより正常細胞が細胞死を起こすことが明らかになりました。また、正常細胞でオー

トファジーが活性化するために必要な前がん細胞側のイベントを解析した結果、前がん細胞では bantam と呼

ばれるマイクロ RNA の発現が上昇してお

り、これにより TOR シグナルが活性化し

ていることがわかりました。この TOR シ

グナルの活性化により前がん細胞内でタ

ンパク質合成能が高まることが、隣接す

る正常細胞のオートファジー誘導につな

がっていることがわかりました。以上の

結果から、前がん細胞は bantam マイクロ

RNA の発現を上昇させてタンパク質合成

能を高めることで周りの正常細胞をスー

パーコンペティションにより駆逐し、腫

瘍化していくことがわかりました。

本研究成果は、2022 年 2 月 7 日に、米科学誌「Current Biology」にオンライン掲載されました。

研究成果プレスリリース 2