永井荷風のフェラチオのために歯を全部抜かれた女性がいた
●永井荷風のフェラチオのために歯を全部抜かれちゃった女性
●『座談会明治・大正文学史4』岩波現代文庫
●283ページ
猪野 ニヒリズムという問題を勝本さんが出されたが、そういう言葉を使うにしても荷風のこのニヒリズムはやはり独特でしょう。
桑原 あれはニヒリズムとは思いませんね。
猪野 文人精神というか、そういうものが出てきている。
勝本 ただ儒教倫理だけではない。そこに病的なものがまつわっているところに魅力があった。たとえば、荷風は、ではどの程度異常かというと、たとえば、異常性欲というものには、量的異常と質的異常がある。荷風の場合は質的異常ですね。それはちょっと例をあげると、ある女の人で歯を全部抜かれちゃった人があるでしょう。あれを例とすれば、少なくとも後年の荷風には専門語でいうフェラチオという質的異常があったわけですね。
成瀬 それは異常かね。
勝本 精神学書では異常のなかにあげているね。
成瀬 僕は正常かと思ったが。
勝本 むろんそれだけにはとどまらないのだな。荷風と交渉のあった女の人に聞いてみると、やはり女のほうが荷風から離れる場合は、そのままいると自分が殺されそうだということだね。日本の女の人はずいぶん男に対して犠牲的だが、殺されるところまでくると逃げざるを得ない。
成瀬 九段に待合を開いた女は殺されると思ったのではないか。彼女が歯を抜かれたという話は本当らしい。僕は九段の阿家という家があるでしょう、阿家の女中頭から聞いた。私は荷風のこういう話を聞いたと…。
勝本 荷風に殺されると、相手が思うところに荷風の異常性があった。荷風の文学の性格というものは、やはり分裂病質というところから解釈すると、いちばん自然に解釈できるのですね。世の中の人は荷風のそういう病気を知らないで、正常人に対するような倫理的要求をどんどんつきつけると、ちょっとすると、これも荷風の日記にも作品にも出てこないが、荷風は多くの女から多額の手切金を取られているのですよ。荷風が逃げても逃げても追い込んでいる。弁護士が関係したり、いろいろな人があいだに立って、そういうことにしぼられているのです。
一般の実社会の仕組というものはすべて強制力をもったシステムですね、それが荷風という病的な人を取り巻いて、強制力にものをいわせて、荷風が大事にしているものをぐいと取り上げるわけですね。そういう気の毒な事情があったのだね、案外多くの荷風研究のなかに出てこなかったことだが。
桑原 作品の品行や学力はぜんぜん抜きにして、作品だけを読むのがいちばん正統的な読み方だが、作者が好きになると、分かち難くなってきますね。
勝本 この作品評価の問題に関連して荷風の作品が、いわゆる荷風ファンによって歪められた形で、変な本文が出ることが多いということで、ちょっといいたいが、たとえば『腕くらべ』などは荷風が最初に正しい本文を私家版で出しているからいいが、最初に抜いた本文を出すと、抜いた本文にいろいろな文句を入れたがる。多くの人が本文をいじっている。どうした歪め方をしているかということの例をあげると、たとえば『踊子』ですね。
●274ページ
猪野 荷風は人間に対する好き嫌いが、非常に激しい人ではありませんか。
勝本 僕の知っている範囲では、ほんとうに白痴みたいな男が荷風に近づいていますね。そしてまた二年か三年の後に、ものの見事にすぱっと捨てられていますね。荷風はこれでもかというような難題をその男にかけるのですよ。それは普通の人だったらいかに荷風を尊敬しても腹を立てて、荷風のもとを去りますね。それに頭を下げ得る人間が、世の中のどこかにいて、それを荷風は非常にかわいがったり利用したりするわけですね。だけれでもいつも二年後か三年後には冷酷な形で捨てている。
猪野 井上啞々などは最後まで……。
成瀬 井上啞々も、途中で仲たがいしていますよ。
桑原 女とのつきあいを見れば、よくわかるのではありませんか。最初はたいへん熱心だが、やがて別れるときはまことに水くさい。
勝本 僕の知っている古本屋さんで、荷風の日記にも、ちょっと名前が出てくるけれども、その古本屋さんは荷風にかわいがられていたんですが、その古本屋さんはフランスの小説とか、荷風の著書を持って行って、先生ちょっと向こうをごらんになっていて下さいと言って、荷風の机上のはんこを自分の持って行った本の上にペタペタ押しちゃう。これを荷風の旧蔵書とか言って他の客へ高く売りつけている。あと二十年、三十年経つと、荷風の蔵書印のある本がほんとうにそうかどうかという考証をする学者が出てくるのではないかと思うが。ちょっと横向いてと言って、ペタペタ判を押すような甘えかたをする人が荷風にはかわいかったのだな。
●大嫌いだった弟 271ページ
勝本 荷風は弟を非常に嫌ったわけですね。弟を嫌って、弟に自分の著作権などを相続させないために、養子を設定したりした。
だからの養子に向かって、荷風から離縁されようとしていたとか、ちっとも好かれていなかったからとか、おまえ、相続する権利がないというようなことを、第三者が言うのはおかしいのであって、荷風としては、養子にしておかなければ弟のほうへ、すべて著作権その他が相続法でいっちまうから、それを防ぐ手として打っておいた手ですね。そのことをやはり理解しないと、没後のいろいろな問題などもちょっと理解できない点がある。その弟を非常に嫌った点と、お母さんに関する問題とが関連しているのですね。
桑原武夫 仏文学者、文芸評論家
成瀬正勝 文芸評論家
勝本清一郎 評論家、近代日本文学研究家
猪野謙二 近代日本文学研究者
『文学』1962年2月
●永井荷風『摘録 断腸亭日乗』岩波文庫下巻
「日本人の口にする愛国は田舎者のお国自慢に異ならず。その短所欠点はゆめゆめ口外すまじきことなり。歯の浮くやうなお世辞を言ふべし。腹にもない世辞を言へば見す見す嘘八百と知れても軽薄なりと謗るものはなし。
この国に生れしからは噓でかためて決して真情を吐露すべからず。富士の山は世界に二ツとない霊山。二百十日は神風の吹く日。桜の花は散るから奇妙ぢや。楠木と西郷はゑらいゑらいとさえ言つて置けば間違はなし。押しも押されぬ愛国者なり。」 ●永井荷風の日記『断腸亭日乗』ここの部分は新潮CDで朗読されている。『断腸亭日乗』を読むのは言葉が難しくて大変だが、新潮CDで一部朗読されているのを聴いいると、思わず動きを止めて耳をすませて聴き入ってしまう。
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わたしのペンネームは永井荷風先生からいただいておりまして、とても興味深いお話です。