たっちゃんの古代史とか

誰も知らない日本とユーラシア古代史研究。絵も本も書く。闇の組織に狙われてるアマ歴史研究者。在宅お仕事中。

(パート3)神武天皇一家と、烏孫の昆莫一家の名前が一致してる件(日烏同祖論)

前回の続き。

神武天皇と烏孫の昆莫の名前が一致してることが判明しましたが。それだけじゃないんです。神武天皇の一家まるごと、昆莫一家に一致してました。

事実ならば日本史が根底からくつがえりますが。まぁ妄想なので。

 

 

2代目の綏靖天皇=2代目の岑陬

 

綏靖天皇 - Wikipedia

 

日本の神武天皇の次、2代目の天皇といえば綏靖(すいぜい)天皇です。和風諡号は神渟名川耳尊(かんぬなかわみみのみこと・神沼河耳命)でした。

一方で烏孫の昆莫の次代の王(昆靡)は、紀元前2世紀の岑陬(シンソウ)でした。本名が軍須靡(グンスミ)で、この人は昆莫の孫にあたるとか。

このお二方の名前を比較してみると、

 

天皇 神渟 shin -sho

烏孫 岑陬 shin-so

 

天皇 神沼耳 kan-sho-mimi

烏孫 軍須靡 gun-su-mi (bi)

 

神渟名川耳尊の最初の2字「神渟」と「岑陬」は、音読にするとほとんど同一であることがわかってしまいました。

不思議ですね、神武と昆莫の次代の王まで、名前が一致するとは。偶然じゃないってことになってしまいますね。

そういえば16世紀の江戸にいたヤン・ヨーステンが、耶揚子になって八重洲になったんでしたっけ。それより正確に音を保存してるようですし。

 

あと、神沼河耳と軍須靡の比較もしました。

「神」を訓読、「沼」を音読、耳を訓読にして、「河」を取り除くことで、似た名前になってきました。

そうすると記紀の綏靖天皇の記述は、烏孫での出来事ということになり、真の綏靖天皇稜も烏孫の領域にあるんじゃないかという感じがしてしまいます。

 

 

後継者争いで謀反を起こした出来事の一致

 

綏靖天皇と言えば「タギシミミの反逆」の伝承が思い浮かびますね。

神武の子には手研耳命(たぎしみみのみこと・多芸志美美命)という人がいました。

この人は自分が後継者になりたくて、異母兄弟の神八井耳命、神渟名川耳尊(綏靖天皇)、日子八井耳命を殺害する謀反を企てたのです。それが発覚して兄弟によって殺されたそうです。

一方で、烏孫の昆莫の息子には大禄(たいろく)という人がいました。この人は後継者になりたかったですが、次代王位が兄弟の太子に引き継がれることに怒り、太子と昆莫を殺害しようとしました。しかし昆莫によって阻止されたそうです。

 

謀反を企て兄弟を殺そうとした手芸耳

謀反を企て兄弟を殺そうとした大禄

一致してる件。

 

大禄、太子と言う名はもしかするとトルコ、テュルク、の音写かもしれないです。これはアレクサンドロス大王東征と一緒に、トルコ系の人々が中央アジア、新疆にまで大挙して移民してたことが影響してます。

ユーラシアの騎馬民族系には、トルギッシュ(突騎施/Türügeš)、突厥、東胡なんて名前の諸国があり、これらはトルコの音写でした。

日本語の音訓で考えて読みを検討すると

 

烏孫の大禄 タイロク → タロク

烏孫の太子 タイシ  → タイコ

日本の手研耳命 タギシ→ トゥギシュ

こんなふうに名前が、おんなじ要素で一致するんじゃないかと。

 

 

神武天皇の皇后=昆莫の后

 

ヒメタタライスズヒメ - Wikipedia

 

神武天皇の皇后は、「日本書紀」によれば媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)、「古事記」では「比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)」でした。

このかたは伝承によれば大物主神の子、事代主神の子だとも言われており、一般的には倭人であるわけですが。

一方で昆莫の妻といえば、紀元前2世紀前漢の江都王劉建の娘で、武帝の甥である劉細君という方だったらしいです。漢帝国から烏孫に嫁いだ人でした。

神武=昆莫説をもとにすると、比売多多良伊須気余理比売=漢人の劉細君ってことになってしまいます。

 

名前の一部切り取って、漢音・呉音で比較すると、

神武 妻 良伊須気 Rai- Su-Ke

昆莫 妻 劉細君  Ryu-Sai-Kun

 

何故か比売多多良伊須気余理比売の「良伊須気」の部分が「劉細君」に対応してたみたいです。母音があっているし全体の音が似てるのは、神武天皇や綏靖天皇らの名前を考慮すると、偶然じゃないみたいです。

たぶん音は残っていたけれど、正確性が失われたのか。あるいは劉細君という正体がわからないよう、濁したのかもしれんです(このブログでとうとう隠蔽がバレたわけです)。

 

 

・・・

ここまで神武天皇一家と昆莫一家の、名前の一致点を見ることができました。

まぁホントだとすると、日本の天皇の正体が、烏孫と漢皇帝家との合いの子ってことになってしまいますね。

それが後世に倭国へ流入してるってことになるわけで。その上烏孫の出来事を、日本で起きたかのように話をつくり上げてるわけです。日本の神話や初期天皇の歴史というのは、ユーラシアと日本列島の出来事を融合してなりたってるわけです。

不都合な解釈ばっかりで、常識お崩壊させてしまい申し訳ございませんが。もう過去の常識は崩壊だ、ついでに現代の移民政策も停止しろ。

 

次回、神武天皇以降の欠史八代と呼ばれる天皇と、烏孫の歴代王の名前が一致する点も掘り下げてみます。このシリーズはちょっと長くなりそう。

 

ぽちされたすかり

 

 

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