サンモニ膳場貴子「為政者がメディアを介さず…メディアのありようが今、問われている」問題提起
日刊スポーツ配信
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最近の辺野古の事件が良い例ですが、メディアは自分達の都合が悪い事には平気で報道しない自由を発動しますからね。 同じように高校生が無くなった新潟の高校の事件では、運転手の人となりを事細かく報道するのに。 そのような姿勢が一般市民から信頼されない原因を作っているのに、業界にどっぷり浸かったメディア人には理解出来ないのでしょうね。
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メディアが偏向し過ぎたり、切り取りばかりするから、為政者に信用されなくなってきた側面があると思います。それならSNSで直接発信しよう、となるのも宜なるかなでしょう。メディア側も一度襟をただして国民の知る権利に立ち返り、真摯な報道をして欲しいです。
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番組提供のスポンサーが重要になると思います。オールドメディアに対する批判が大きくなる中、スポンサーとして企業のポリシーなり理念と合致したメディアにお金を出す、このような基本線が重要になると思っています。 AIの発達でSNSやWEBを見る時間も減っています。自分のポリシーや分野をAI(Claude)に伝えておけば、それに合致したものを朝イチで用意してくれています。ポリシーのなかに「セレンディピティ」も重視するようにと指示を出しています。 企業も、自分たちの理念やポリシーをAIに伝え、提供した番組やメディアが自分たちの方針に合致しているかをAIに評価してもらい、かつ広告効果を推計をしてもらう。 このようにすればサンモニのような番組は淘汰されて行くと思うし、淘汰されて欲しいです。
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テレビメディアには明確に役割がありますし、それは本人たちがしきりに語っている通り「公平公正な報道」だと思います。この役割はむしろ昨今重要度が増しているとすら感じます。 しかし問題なのは、本人たちが自覚しているのかしていないのかわかりませんが、その報道姿勢が全く「公平公正」に見えないところです。 とあるイデオロギーに沿った話題は何週間も特集を組むほどしきりに報じて、それに沿わなければ報道しない自由を発動する。 そんな状態のまま「我々はSNSと違って公平だ」などと宣ったところで、人々の目には「異様な集団による自己正当化」に映ります。 答えは自分たちが口にしているのに、それを全く実行できていないというのは、あの業界自体が巨大なエコーチェンバーになっているのだろうなと感じます。
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時代は、新聞テレビは斜陽産業になりました。 テレビのスポンサーを見てください。GT以外は地方の中小企業のCMも散見されます。 テレビ番組は、再放送と通販、芸人、が大半を占めるようになりました。面白いドラマはなくなりましたね。テレビを持たない家は1割と聞いています。これからどんどん拡大していくでしょう。そうすると国民に伝える方法は9割以上が保有するスマホやパソコンを中心としたネット配信ですよね。 SNSの情報が必ず正しいとは言えないのが常識となっていますが、テレビもあまり変わりないようですね。利益や売り上げが上がらない状況です。 政府は、youtubeなどのSNSでダイレクトに国民へ伝えていくでしょう。後は公民がどう受け止めるかだけです。
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視座ややりたいことが違いすぎる人たちに対してのコミュニケーションはギャップが起きやすい。 特定の状況でものすごいパフォーマンスを出す人でも、状況にハマらないと使えないのは、当然のことだと思う。 そこを読み替えたり、整えたりする翻訳機がマスとの交流を媒介するものの役割だと思う。 情報を知るためのインターフェース、ラジオなりテレビなりネットなりの間に入って報道やら番組やらコンテンツ、記事という形で情報の形式を整えパッケージ、商材にする際に、どのようなものが良いものかの目利きがきちんと出来ますか?そしてよいものを作れますか?ということではないかな。
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以前、高市首相が取材前に時事通信社の記者による「支持率を下げてやる」発言からも報道の中立性が現場では既に失われていることが可視化されていると感じた。先ず前提として報道の自由と報道の政治的介入は全く別物であって、権力を監視するのは報道の使命だとしても今や監視ではなくて操作だし、それはもう報道ではなくていわば政治活動だとも言える。自由な立場を勘違いして政治を動かせると錯覚していること自体が問題であり、報道倫理とは何かという根本を問い直す必要性があると思う。
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一言で言えば、恣意的で公平さを欠いた報道をしてきたメディアに対し、信用されなくなったからではないでしょうか。 過去における情報の発信媒体はテレビや新聞などに限定され、メディアとその相手の対象は互いに尊重し、良い距離感を守ってきたと思います。 現代では様々な情報発信媒体が存在する中で既存メディアは偏向報道と呼ばれるように、取材される側はもとより情報を受け取る側からも信用されなくなったのだと思います。 メディア側は自らの報道のあり方を見つめ直してはいかがでしょうか。
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そのメディアが劣化しているからスルーされている。 以前から視聴者にスルーされるようになり、企業の広告費も地上波よりもネットへ移行し質量ともに逆転している。この傾向は今後さらに拡大するだろう。 辺野古の事件報道の偏向具合を見ても、もはやオールドメディアはメディアを語る資格を逸している。 メディアのありようは、今問われているのではなく、すでに問われた結果がスルーされるという自体になっているということ。 なんで、そんなことにも気がつかないのか? 情報を扱うメディアなら、もう何年も前に気づいているべきこと。 問題提起するのは勝手だが、すでに問題の答えは出ている。
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あんちょこな批判をする前に、SNSで出された発言をメディアが取材し検証すればいいのです。クラブ発表に頼り切り、一律同じ記事をなぞるだけなら記者は要らない。子供でもできる仕事です。 辺野古事件を黙殺し、同類のバス事故には先日までの京都男児殺害事件同様に長時間放送。 この違いを視聴者はちゃんと見てますよ!一度でもいいからサンモニも辺野古事件を検証するコーナーをしてから、偉そうな事を言ってほしい。
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