昨年のドラフトで中日は期待の高卒野手を2年続けて指名した。
2024年に指名したのは、森 駿太内野手(桐光学園)。森はいきなり二軍で74試合で9本塁打、OPS.714と期待が持てる打撃成績を残した。その森に続いて、昨秋ドラフト4位で指名したのが大型外野手・能戸 輝夢(明秀日立)だ。
能戸は高校通算15本塁打、50メートル5秒9、遠投110メートル。夏の茨城大会では14打数7安打の打率5割、体格も184センチ82キロとカタログスペックだけでいえば、申し分ない選手である。
しかし能戸は夏の大会の途中で、左足首の靭帯を断裂する大怪我を負った。怪我のある高校生を中位で指名するのはなかなか勇気がいる。指名された能戸自身も「大怪我もあったので、4位指名されたのは驚きでした」と語るほどだ。
能戸と彼を指導してきた明秀日立・金沢成奉監督の話から指名までのプロセス、プロ入り後の目標を語ってもらった。
3年春に覚醒の兆しを予感させる一発を放ち、球団上層部も視察
金沢監督は高卒でプロに行ける選手は高校3年春の時点で確信するという。
「高卒プロに進む選手は、高校3年生の4、5月あたりからこれまでの2年間の積み上げで、一気に才能を開花させます。坂本(勇人)も3年春から一気に打ち出しました」
能戸も同様、坂本らの先輩たちに共通する成長を見せた。
「彼は高校通算15本塁打ですけど、その大半は3年春以降です。ようやく3年になって本塁打の打ち方を覚えました。夏に怪我もありましたけど、怪我があっても能戸の動きを根気強く見守ったスカウトの方が多くいましたので、私の経験値からすると、ドラフトにかかるだろうと思っていました」
スカウトたちを一気に引き付ける活躍を見せたのが春季県大会初戦の霞ケ浦戦だ。24年夏の甲子園に出場した強豪相手に能戸は大きな一発を放った。
「登板したのは智弁和歌山を抑えたエース左腕の市村才樹くんです。能戸はカーブ、スライダーを狙って待って右中間へ本塁打を打った。このあたりから一気に覚醒の兆しが見えてきました。この本塁打を打ってからスカウトの方の動きも慌ただしくなり、上層部の方の視察も増えてきました。彼の場合、単に肩が強い、足が速いだけではなく、そこに飛距離も出て将来性を感じ取ってもらえたと思います」
こうしてスカウトが集結するほどの逸材となった能戸だが、順調な成長だったわけではない。長い打撃不振に苦しみながら才能を開花させた。
とかち帯広シニア時代から強打の内野手として活躍していた能戸。投手としても130キロ以上の速球を投げていた。この才能の高さが金沢監督の目に留まり、明秀日立に入学した。もともと道内の学校に進もうと決めていたが、北海道まで視察していた金沢監督の熱意に惹かれたのがきっかけだ。
「北海道の学校に進むつもりでも、心のどこかで、道外で勝負したい思いはありました。お声がけをいただいてから、プロ野球選手になるためにレベルの高い環境で飛び込みたい思いで明秀日立に決めました」(能戸)
金沢監督は二刀流として育てたい思いはあったが、故障が非常に多かった。肩を痛めたことで、野手に専念。2年冬には紅白戦でサードの練習をしている時に打球が鼻に当たって4箇所の骨折をしたりと、なかなか練習の積み上げができなかった。
ノーステップ打法に取り組み、打撃開花
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