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なぜ「こどもAI教室」ではなく「AIゲームセンター」であるべきなのか

クラウドファンディング「AIゲームセンター構想」がクラファンだけでなく、色々な地方自治体や地方を拠点とした企業から問い合わせを受け始めている。

その中で、「なぜAI教室ではなくAIゲームセンターなのか」という質問をいただくことがちらほらあったので、とりあえず自分の思いを整理しておくためにここに書いておきたい。

当然、「AI教室」が無価値なわけではないが、「AI教室」と「AIゲームセンター」は性質が全く異なることを説明しておきたい。

AI教室はコストが高く、ごく少人数しか相手にできない

僕が誰かにコンピュータやプログラミングというものを最初に教え始めたのは、13歳の時だ。なぜか技術家庭科の内藤先生が、「おまえが一番コンピュータに詳しいんだから、クラスメイトにプログラミングを教えてみろ」と言ってきて、僕は授業をすることになった。BASICを教えるのだ。

子供ながら、どうすればプログラミングができるようになるか、級友一人一人の顔を思い浮かべながら教材を作った。

ところがこれは大失敗だった。たぶん誰も何もできるようにならなかったと思う。

なぜか?
たとえば彼らは「A=A+1」が理解できない。等式だと思って解こうとしてしまうからだ。すると「0=1」というあり得ない答えが出てくる。

数学より先にプログラミングをやった僕からしたら、「A=A+1」は「Aに1を足したものを新しいAにすること」でしかないのだが、数式に慣れてない級友はこれ自体が理解できなかった。これがわからないと、プログラミングでは何もできないので教えること自体がかなり不可能だった。

次は、高校一年生の時だ。情報技術研究会というサークルを作った僕は、やはり同学年の興味のある人間を集めてプログラミングを教えようとした。

しかし、やはりダメだった。この頃はBASICはもうすでに廃れ始めていて、C言語を教えることも考えたが、Cコンパイラは高価であり全生徒が使えるものではなかった。Cコンパイラだけでなくエディタも必要だった。

この頃僕は月刊誌で連載を始め、自分より年長の読者を相手するようになっていった。僕の文章力はここで磨かれたが、それは級友たちを啓蒙することには全く繋がらなかった。

次にチャンスがやってきたのは20歳の時で、僕は夜間の大学に通いながら週に三日、バンタン電脳情報学院でゲームプログラミングの講師をすることになった。

ここではある程度成功したが、それはもともとゲームプログラミングを学ぶために様々な犠牲を払って学校に通っていた生徒たちだったから、僕が教えなくともできるようになっていただろう。

さらに21歳の頃、僕はBio_100%のaltyに誘われて全国の専門学校の講師に対してDIrectXによるプログラミングを教え、全国統一のゲームプログラミングの教科書を文部科学省の予算で書くことになった。教科書はほとんど僕一人で書いたが、この時体系的にプログラミングを教えるということを学び始めていた。

CEDECの立ち上げに関わったのもこの頃だ。1999年と2000年、2001年のCEDECはトラックまるごと一つが僕の企画だった。僕が集めた講師たちが僕の期待以上の授業をしてくれる。これはこれで良い経験になった。

その後、九州大学大学院の非常勤講師をやったり、成蹊大学で教えたりもしたし、2013年頃には「秋葉原プログラミング教室」を設立して、子供達に直接プログラミングを教えることを試みた。それから13年、まだ「秋葉原プログラミング教室」は続いている。

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ただし、子供に教えるのはものすごくコストパフォーマンスが悪い。
実は子供向けの教育プログラムで一度も黒字になったことがない。他の事業での収益をまわしたりしてほとんどボランティアのような形で続けているだけだ。

その理由は、「大人が考える子供に対する教育コスト」と実際のプログラミング教育のコストが折り合わないからだ。

子供が抱く疑問に答えられるくらい優秀なプログラマーは、どう考えても子供に教えるよりも仕事のプログラムを書いた方が効率がいい。給料は10倍も違う。すると、教える人がいなくなる。

かといって、無能なプログラマーに子供を教えさせれば、まともな教育はできない。それは僕のやりたいこととズレてくる。そのために教材開発にお金がかかる。週刊アスキーの編集長だった福岡さんを社長にして教材開発を行ったが、何千万もかかった開発費は結局ほぼ返ってこなかった。

地方自治体の話でいえば、僕は自分の出身地である新潟県長岡市で、過去に中学生向け、小学生向けのプログラミング講座、AI講座といったものを何カ年にも渡って行ってきた。昨年までは、毎年、地元でハッカソンを開催してきたが、そもそも「僕がいないと成立しないハッカソン」をやっても意味がないので、地元の有志と地元企業でまわせるように何年もかけて準備して長岡市では今現在、二ヶ月に一回程度のハッカソンが開催されるようになった。

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秋葉原で開催した女子限定ハッカソン

初回は、そもそも「ハッカソン」が何か伝わらず、東京からプログラマーを引きつれて地元の希望者とペアを組ませて開催した。

それが何回か繰り返すうちにAIの進歩もあって定着していった。
そこまでしても、ハッカソンは毎回20-30人くらいしか集まらない。人口20万人の街で20人と言えば1/10000でしかない。ハッカソンはいろいろと手間がかかるし、正直言って僕の出張費も安くないので、賞金も出るのでどう安く見積もっても一回一人当たり2万円くらいかかっている。すると、これは単に市民を抽選で20人選んで2万円ずつ配っているようなものだ。

ハッカソンは効果的な教育方法だが、時間コストが高い。
丸一日使って、20-30人しか教育できない。大企業の幹部研修とか、中小企業の研修なら成立するが、地方自治体が地域活性化のためにやるにしては非効率的すぎるのだ。

また「AI教室」をやりますよ、と言って募っても、そもそも「AIがなんだかわからない」「AIこわい」「AIきょうみない」という人たちは最初から集まらない。そしてAIに関しては、興味があればYouTubeを見ればいくらでも勉強することができる。わざわざ教室を開いて数十人に教える必要がそもそもないのである。

AIゲームセンターはコスパとタイパが高い

ではゲームならどうか?
特に地方のことを考えてみよう。
ChatGPTを契約している家と、Nintendo SwitchかPlayStationを持っている家はどっちが多いだろうか?比べるまでもないだろう。

ChatGPTの有料プランの契約者数は全世界で5000万人規模。対してPlayStation5は先進国でしか売ってないにも関わらず8400万台、Nintendo Switch/Switch2は1.76億台普及している。

つまり、「AIに興味がなくてもゲームになら興味はある」人は圧倒的に多い。

次に、「ゲームセンター」というフォーマットに注目すると、「ゲームセンター」で遊ばれるゲームはプレイ時間が1分から3分以内であることがほとんどだ。長くても10分。「AI教室」で十分な効果を出すまでに丸一日(実働8時間)かかるとすると、圧倒的に体験人数を増やせる。

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そもそも、「ゲームセンター」のゲームは1プレイ100円で1万回まわして元を取るように設計されていた。

同じ8時間でも、30台のマシンで30人しか体験できない「AI教室」に比べると「AIゲームセンター」は1台のマシンで160人を捌けることになる。30台あれば4800人だ。だからまず圧倒的に体験できる人数と、体験の密度が異なる。

AIゲームセンターは繰り返し遊べるが、AI教室は一過性

過去に色々な教育プログラムを作り、実践してきた経験から言うと、AI教室でもプログラミング教室でも問題なのは授業をやっている間の理解度や満足度ではなく、翌日からの持続性である。

例えば「AI教室」をやる場合、無料アカウントではすぐに制限がかかって使えなくなったりするケースがあるので、大規模なハッカソンをやるときには、Googleやその他のクラウド事業者にお願いして一時的に制限を緩和してもらったりすることがよくある。

つまり「AI教室」で体験できるのは、実際には月額3万円払わないと使えないような贅沢な構成のAIで、翌日家に帰ると、まるで狐にばかされたかのようにすぐ限界に達する寝ぼけたAIを使うことになる。ましてや、子供のために月額3万円のAI費用を払える家はほぼないだろう。

かといって、市民に「AIはいいからもっと使いなさい」とばかりに月額3万円も払わせるのはもっと難しい。

常設されたAIゲームセンターならどうか?
常に「あそこにいけばまたAIに触れられる」という場所になるのである。

図書館に行けば本があり、AIゲームセンターにいけばAIがある。
なんなら、AIゲームが動作するような高性能PCなら、Qwen3.6あたりの超強力なローカルLLMが動くので、その場でプログラミングまでできる。AI教室をやる場合は同じコストをかけてもそこまではできない。「AI教室やるので500万円のPC買ってください」という話には普通はならないのである。

教育において最も重要なのは、反復性だ。
仮に僕が毎週AI教室を各地方で開催できるのなら、それはそれで意味があることかもしれないが、残念ながら僕はそこまで時間に余裕がない。

長岡市でのハッカソンを地元企業と有志だけで自走できるようにしたのも、反復性が大事だからだ。

「AIゲームセンター」が存在することが「AI教室」の意味を相転移させる

また、AIゲームセンターという拠点があれば、AI教室にはまた違った意味を持たせることができる。 

まず、市民がAIを使った作品を常設し、発表する場を得ることができる。
もしもクラウドベースのAI、たとえばGeminiのCanvas機能あたりだけで作ったら、Geminiの無料サービスが終了してしまえばそれっきりだ。しかし、常設されたPCで動く作品なら、データさえあればいつでも再現することができる。この差はとてつもなく大きい。

コンピュータ科学の世界では、「機材が研究者を育てる」という原則がある。

コンピュータグラフィックスでノーベル賞級の栄誉と讃えられるスティーブン・A・クーンズ賞を受賞した西田友是(東大名誉教授)先生は、学生の頃、コンピュータグラフィックスの研究をしたくても、広島大学にはディスプレイがなくて研究ができなかったという。

地元の自動車会社であるMAZDAに就職して研究を続けていると、広島大学から「ディスプレイを購入する予算が通ったから戻ってこないか」と誘われて戻り、世界を揺るがす発明を次々と実現していった。東大でも京大でもなく広島大学でこの研究がされていたため、長い間、国内では西田先生の功績がよく理解されていなかった。

ところがこれが東京大学の面白くも素晴らしいところで、あるとき、理学部の教授のポストがあいたとき、「誰か相応しい先生はいないか」と学内で推薦を募ったそうである。その時に「なぜあのコンピュータ・グラフィックスの世界的権威である西田を東大の教授にしないのか」という提案をした助教がいて、西田先生は広島大学の教授からいきなり東大理学部の教授になったのだ。

しかも凄いのは、この提案をした先生と西田先生は一面識もないのである。コネではなく圧倒的実績で次の教授を偉ぶ。これが東大理学部のプライドかと感心した。

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西田友是先生の紫綬褒章受賞記念講演

これは地方創生というものを考えた時に極めて重要な知見を与えてくれるエピソードだ。

まず第一に、機材のないところに人は育たないということだ。
第二に、地方にいながらにしても、世界的研究は十分可能であるということだ。

実際、西田先生が国際学会で講演するときには、ジェームズ・キャメロンが「あなたの研究がなければタイタニックは作れなかった」などと握手を求めてくる。世界的に有名な研究者たちが次々と西田先生に挨拶に来る。

西田先生自身が仰っていた言葉であるが、「自分が研究者になれたのは、たまたま他の大学や企業にない機材を、広島大学が買ってくれたから」ゆえに、西田先生はコンピュータグラフィックスの世界においてパイオニアの地位を確立した。機材が普及してから始めたのではとうに遅いのである。

ちなみに僕が西田先生と出会ったのは、西田先生が東大に赴任した年に書いた本を読んで感動して、「この人をぜひ第一回のCEDECに呼ぼう」と熱烈に希望し、CESA(コンピュータエンターテインメントソフトウェア協会)を通じてコンタクトしたからだ。

地方創生のためには、「誰もが気軽に触れられる場所」に、「最先端の特別な機材」が必要なのである。

「誰もが気軽に触れられる」という条件と、「最先端の特別な機材」という条件を「AIゲームマシン」は満たすことができる。

それに比べると、「AI教室」は機材ではなく、体験であり、一過性のものだ。「AIゲームセンター」は施設そのものである。「AIゲームマシン」によってAIを体験し、理解する敷居を下げ、同時に研究機材としても活用できる。

しかし、「AIゲームセンター」が存在する場所でおこなわれる「AI教室」は、そうでない場合と意味が全く異なる。

たとえば「秋葉原プログラミング教室」には、AIが動作する深層学習PCを15台置いていた。

すると、このマシンで勉強をしたいと、農林水産省の研究所や経済産業省の研究所が集団で研修にやってくるようになった。

今でこそ深層学習PCは気軽に買えるようになったが、当時は買うかどうか微妙、という空気もあった。

でも実際にマシンに触り、構造を理解し、活用することで自信を深め、そうした研究所は次々とマシンを買っていくようになった。もちろん僕の会社からもたくさん買ってもらった。そこで儲けたお金で子供向けのプログラミング教室を運営していたのである。

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深層学習PCと研究所の職員の方々

「AIを教える」のではなく、「AIがある場所」を作る

僕はこれまで三十年以上、「コンピュータをどうすれば人に伝えられるか」を考え続けてきた。

中学生にBASICを教えようとして失敗し、高校でサークルを作っても広がらず、専門学校、大学、CEDEC、プログラミング教室、ハッカソン、AI講座と、ありとあらゆる形を試してきた。

その上で、今、強く感じていることがある。

それは、「教育」は大切だが、「教育だけ」では広がらない、ということだ。

特にAIのような新技術は、「勉強しよう」と思った人間だけに届けても、社会全体は変わらない。

むしろ重要なのは、「興味がない人」「怖いと思っている人」「自分には関係ないと思っている人」が、偶然でも触れてしまうことだ。

ゲームセンターというフォーマットは、まさにうってつけだ。
実際、中野区の区民センターや、長岡の「メイカーズながおかまつり」で展示した時も、子供達が繰り返し遊びに来ては「AIに何て言えばもっと高いスコアがとれるのか」を真剣に考え、議論し、AIを自然に使いこなそうとしている姿を何度も目撃し、この仮説に対して確信を深めている。

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「メイカーズながおかまつり」で展示したAIゲームマシン試作機

ゲームセンターには、「ゲームを学びたい人」は来ない。「なんとなく面白そうだから」来る。マシンの前に並び、1分遊び、「なんだこれ」と笑って帰る。

しかし、その「なんだこれ」が、技術との最初の接触になる。

実際、日本のゲーム産業も、コンピュータ産業も、ゲームセンター文化の中から育ってきた。ゲームセンターは単なる娯楽施設ではなく、「最先端コンピュータとの接点」だったのである。

だから僕は、「AI教室」よりもむしろ、「AIゲームセンター」が必要だと思っている。

AIゲームセンターは、AIを“勉強”にしない。

「気づいたら触っていた」
「なんとなく遊んでいた」
「気づいたらAIで作品を作っていた」

そういう状態を作る。

しかもそれは、一度きりのイベントではない。

図書館のように、いつでもそこにあり、何度でも行けて、誰でも触れられる。

そして、その場所には、個人では買えないような最先端の計算機がある。

これは単なる娯楽ではない。
地方創生であり、教育であり、研究インフラであり、文化施設でもある。

「地方に人材がいない」というのは幻想だ。地方にはいくらでも天才的な才能を持つ子供がいる。ただ問題があるとすれば、「地方に機材がない」ことだ。

僕だって、今思えば、親父が月給の10倍くらいの借金をして7歳の時に本格的なコンピュータを家に買ってくれなかったら、コンピュータに触れるのは学校だけになっていた。それでは今のような自分の姿は全くなかっただろうことは断言できる。運が良かっただけなのだ。

逆に言えば、機材があり、触れられる場所があり、継続的に試せる環境があれば、人は勝手に育つ。

西田友是先生のように。

だから僕は、「AIゲームセンター」を、単なるイベントや話題作りとしてではなく、「未来の技術インフラ」として考えている。

AIは、もはや一部の専門家だけのものではない。

しかし同時に、誰もが自由に触れられる環境も、まだ十分には存在していない。

ならば、作るしかない。

昔、街にはゲームセンターがあったように。

これからの街には、「AIゲームセンター」が必要なのだ。
あなたもそう思いませんか?



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