1996年の「ASCII騒動の真実」 この本はもっと知られるべきだ! 『199Xのウッドボール通信』で明かされた舞台裏
たぶん、私にとっても当時のゲーム関係者たちにとっても多くの傷になっている事件が、1996年にあった「株式会社ASCIIの分裂騒動」だ。
私はその頃、LOGIN編集部の平ではあるが定期ページ「三国時代」を書いていて、そこそこ中堅どころのバリバリ初代光山ビル働いていたし、『三国志新聞』も出版してフリーライターやの野心も芽生え始めていた、一番血気盛んだった頃だ。
その頃の「ASCII編集統括第2部(通称・第2統括、あるいし『小島組』)」という部署は、あの頃のゲーム・IT業界に関わっている人たちにとっては特別な響きを持っていた。
全盛期の50万部に届こうという勢いの『ファミコン通信』を始めとして、その母体となったPCゲーム雑誌『LOGIN』、新進気鋭のライト感覚のPC雑誌『EYECOM』、CD-ROMという媒体をテコに映像や音声分野にも手を広げようとしていた『TECH-win』などなど、すべてのゲーム・PC雑誌のトップを独占する出版・編集部署であり、冗談でも誇大妄想でもなんでもなく「当時のゲーム・PCメディアの中心」にあった組織だった。
正式な人数としては400人余りだったが、おそらくは出入りのバイトやスタッフを始めとして、800人近くの出版・編集業界人が小さな初台光山ビルに出入りして働き、その頃の最新のゲーム情報やPC関係の情報を発信していたという、1990年代のIT黎明期の情報媒体のメッカとも言える部署だったのだ。
それを統括するのは今は亡き小島文隆常務(2015年没)であり、この人が創刊するPC雑誌・ゲーム雑誌は魔法のように部数を伸ばし、「月刊ASCII」の別冊だったLOGINを皮切りに、ファミ通、MSX通信、EYECOM、さらにはゲーム攻略本の先駆け的存在である『ドルアーガの塔のすべてが分かる本』など、ゲーム攻略本でも一大市場を築いており、文字通り当時のASCIIにとってはドル箱とも言える部署であった。
なにしろ800人近いスタッフ抱えて、年40億の利益を叩き出していた出版社だったのだ、頭おかしい。
そんな、おそらくそのままいけばソフトバンクなど目じゃない「日本のIT産業黎明期の申し子」であった『第2統括・通称小島組』は、働いていても毎日楽しかったし、なんというか内部にいて「日本のゲーム業界を支えている」という実感のある、凄まじく活気と未来に満ちあふれていた会社であった。
だが、それが突然の事件によって崩壊する。
第2統括の長であった小島文隆常務・第2統括の担当役員だった塩崎剛三取締役など4役員が、社長であった西和彦と激突して退社してしまうのである。
その後、小島文隆乗務と塩崎剛三取締役はアクセラという会社を立ち上げたが、編集長と経営者では仕事が違っていたし、成熟しつつあったゲーム雑誌業界の中で新しい雑誌を創刊するのは難儀でもあっのだろう、アクセラは廃業され、小島文隆常務は失意のままに2015年に病没してましまう。
この顛末については、当時は「スクウェアの金主だった宮本雅史にそそのかされた、だのコンサルタントにそそのかされただの西和彦を主張しており、彼の自伝『反省記』でもそのように書かれており、なんだかんだで生き残った彼の主張が「定説」にされている。
しかし、当時から「西社長が愛人に貢いでいた」などの黒い噂は耐えなかったし、小島さんがコンサルやゲームメーカーにそそのかされるようなタイプでなかったことは現場の人ならみんな知っていた。
そんな内幕が、どうもフジテレビ騒動が追い風になって、当事者の一人であった塩崎剛三氏が当時の事をついて書いてくれたのだ!
もう一度貼る。
「199Xのウッドボール通信」
著 者:塩崎 剛三
出版社:SBクリエイティブ
ISBN :978-4-8156-3808-5
サイズ:四六判
ページ数:456
https://www.sbcr.jp/product/4815638085/
ここに書かれているのは、1992年の転換社債の失敗によって負債を積み上げてきたASCIIの経営難と、それをほぼ支えてきた第2統括、そしてその利益を個人に流そうと10億円以上(当時は14億8000万円と言われていた)稟議書を通そうとする、あまりにも公私混同すぎる西和彦の姿があった。
当時、筆者は平の契約社員でしかなかったし、ASCII本社地下の会議室に社員やアルバイトが集められ、西和彦と反対する役員が口論になって、そして……小島さんが出ていった。
たぶん、最後の話し合いだったのだろう。
「いかないでください!」
女子社員が悲鳴のように言ったのを俺は覚えている。
そんな騒動の顛末と、西和彦と小島さんの対立の様子が過ぎ近くにいた部下である塩崎さんの手で初めて顛末として明かされた。
恐ろしく生々しかった……。
それについては、本書を読んでほしい。
後半の1996年のASCII騒動の内幕は、おそらく初めてメディアに明かされた内容だ。
ひとつだけ言えるのは、当時間違いなく「日本のIT」の中心で輝いていたASCIIが、あの日を境に完全に勢いを失い、あとは破綻を繰り延べするだけの会社になっていった。
確かソフトバンクにホワイトナイトをしてもらおうともしていた。
言っても詮無きことだけど、あのまま「小島体制」のままASCIIが成長していたら、『ファミコン通信』も『LOGIN』ももう少しマシになって、「その後のインターネットブームの波」に乗れたかもしれない。
ほんの数年の差だったのだ。
そのとき「小島組」として、堀井雄二・薗部博之・宮本雅史などなどゲーム業界どころか、技術者やゲーム関連の出版やエンタメ系にもつながりのあった人々たちが、力を合わせて「日本のインターネット」を歩んでいけたら、こんな2020年代に「ネット後進国」に落ちぶれることもなかったのではないてか? と。
少なくとも「マンガプラットフォームの統一規格」ぐらいは提唱していたんだと思う。
あの騒動は小島文隆、塩崎剛三だけでなく、西和彦や孫正義、そしてゲームやエンタメ系の堀井雄二や薗部博之や宮本雅史たち、「ゲーム業界の第一世代」にとって大きなトラウマとして、誰も得しなかったし、たぶんそれぞれにとってのトラウマになってしまったんだと思う。
そんな事件の顛末を、当事者として生々しく語られている。
筆者自身も『三国志新聞』は出していたが、あのまま小島さんたちが残っていたら、あれほど「独立したい」という願望を出していくこともなかっただろうし、あれから確実に酒量が増えていったのも事実だ。
だって、俺は生粋のLOGINの読者だったし、小島さんにあこがれてLOGINの「次期主力ライター」に応募したんだし、「あの人の下で仕事がしたくて」一生懸命にASCIIで頭角を現すために働いていたんだから。
この前後のLOGINと自分の迷走はここに書いた。
たぶん、いろんな人の運命を変えてしまった事件だったし、額実に日本のIT産業に陰を落とした事件だったし、その「変わってしまった運命」の一人に末席ながら私もいたのだ……。
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