本日の言霊 2020.05.11
そもそも日本人にとっては「寝そべり族」ってなんだ?という話だ。「寝そべり族(躺平族・タンピン族)」とは、中国で若者を中心に広がる、過酷な競争社会(受験戦争、就職難、高すぎる住宅価格、結婚・育児のプレッシャー)に疲れ果て、努力や上昇志向を放棄、最低限の消費でマイペースに生きるライフスタイルのことで、結婚しない、子供を持たない、車や家を買わない、競争しない、消費しないといった特徴がある。
この「躺平(タンピン)」というのは、2021年頃からSNSで拡散された言葉で、文字通り「横たわる」=「何もしない」という無抵抗の姿勢を示す。そこには「どれだけ努力しても中産階級になれない」という諦めや、社会的なプレッシャーへの「静かな抵抗」という若者たちの心理が反映されており、最近では「ネズミ人間」や「低エネルギーネズミ人」と呼ばれ、昼夜逆転生活で一日中部屋にこもり、最低限の生活を送る姿がSNSで共有されている。
日本の「諦め世代」は、主に20〜30代の若年層に広がる、結婚・出産・恋愛・マイホーム購入などの大きな人生の目標を断念、あるいは初めから持たない傾向を指す。低成長、少子高齢化、経済的不安が慢性化する中、社会や未来に希望を持てず、現状維持や平穏を好む姿勢がZ世代を中心に強まっており、Z世代の約7割が日本社会の未来に希望を感じておらず、約6割が投票に行っても「社会は変わらない」と冷めている。
Z世代の若者たちには「努力すれば生活が良くなる」という成功体験がなく、構造的な上昇が困難な中での「静かな諦め」が広がっている。恋愛・結婚・出産の3つを放棄した「三放世代」から派生し、現代日本の若者が更なる制限を余儀なくされる状況を指すのが「N放世代」という呼称だが、彼らは 未来の急進的な発展よりも、現在の平穏な衰退を望む傾向が強いとも分析されている。中国も日本も韓国も、若者たちは「諦めている」のである。
日本の「諦め世代」は、「努力不足」ではなく、親世代を超えられないという現実を前にした、合理的・防御的な心理行動の側面が強いとされる。一方、中国で「寝そべり」という言葉が広まった背景は決して外から持ち込まれたものではない。若年失業、高騰する住宅価格、学歴の価値低下、階層移動の停滞、残業文化、そして「内巻」と呼ばれる消耗的な競争の長期化が原因である。
中国の多くの若者は、自ら進んで「投げやり」になったのではなく、現実によって低欲望の生き方へと押しやられており、日本も10年以上前から「低欲望社会」になっている。それにもかかわらず、当局がこうした社会感情を「外部勢力による操作」と説明しようとすれば、認識のズレが生まれる。若者たちが実感しているのは、賃金が上がらず、機会が減っていくという現実だ。が、中国政府が示すのは「境外勢力の浸透」であり、問題は外国勢力だとする。
2011年に行われた意識調査では、25カ国中、日本は「あきらめ派」の比率が最も多く、「苦闘派」(疎外感やフラストレーションなど社会における苦悩から逃避する層)も第3位で、更に消費を牽引してきたと言える「上昇志向派」(社会の中で自分が周りからどう見られているかを重視し、ステイタスを志向する層)と、「成功者」(目標意識と達成への自信をもち、大衆からの分離がモチベーションとなっている層)が、逆に25カ国中最低だとを示した。
それから15年が経ち、今や「あきらめ派」の人数は中国が凌駕している。どこの国でも若者の諦めの正体は、努力不足ではなく「構造的な上昇の難しさ」である。かつての日本では、「努力すれば生活は良くなる」という前提が社会で共有されていた。高度成長期からバブル期にかけては、賃金も資産も右肩上がりだった。彼らの親世代は、働き続けることで自然と生活水準を引き上げることができたが、現在は、その前提が崩れている。
賃金の伸びは鈍く、物価は上昇し、税負担は重くなる。同じ努力をしても、同じ結果には届かない構造が生まれている。この「見えない壁」が、若者に静かな諦めを生んでいるのだ。問題は「平穏な衰退を望む傾向が強い」ということだ。言い換えれば「静かに死んでいく」ということで、こうした意識が蔓延するといくら政府が何をしようが無意味で、それは日本という国の経済的な「死」を意味している。
さらにそこに中国の経済的な「死」が加わると、東アジアの経済は完全に崩壊し、アジア経済の中心はインドネシアやインドに移行することになる。中国の国営メディアは、「中国社会が短期間で日本のような低欲望社会に突入することはあり得ないが、低欲望社会のさまざまな症状は中国とまったく無関係とはいえない」と発表しているが、実際は加速度的に中国の若者は「欲を持たない」、諦めの境地に入っている。
経営コンサルタント・大前研一氏のベストセラー経済書「低欲望社会 大志なき時代の新・国富論」は中国語版が出版され、中国の読者の間でも大きな注目を集めた。大前氏は、「日本の長引く不況は需要不振がもたらしたもので、需要不振は社会全体が、特に若者が全般的に低欲望状態に陥っていることと関係がある」と指摘している。大前氏の描き出した日本の低欲望社会の症状を、中国人もメディアを通じてある程度は知っていた。
だが、そうなった原因が何なのかはほとんどわかっていなかった。大前氏も、「日本の小説『坂の上の雲』(司馬遼太郎著)には欧米に追いつき追い越せと奮闘していたかつての時代の若者たちが描かれている。だが今では大和民族の多くの若者はDNAが変異してしまった」と嘆いているが、それは中国や韓国も同じなのだ。果たして「低欲望社会」が連鎖する東アジアで経済が復活することなどあり得るのだろうか。