弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大学非常勤講師の報酬(1コマ〇円)に労務対償性が認められた例

1.大学非常勤講師の労働者性

 労働者性が争われやすい職業の一つに、大学非常勤講師があります。

 それほど待遇が良くないケースが多いのですが、大学教員の方にとって所属研究機関がなくなることは研究活動の支障となるほか、研究者としてのキャリア形成を阻害します。大学との契約を解消されてしまうと、経済的な損得とは別の次元から契約関係の存続を主張する動機が生じます。大学非常勤講師には有期労働契約が用いられる事例と業務委託契約が用いられる事例がありますが、業務委託契約を解消された場合、しばしば労働者性が主張されます。業務委託契約の場合、無理由でも解約できるのが原則であるため(民法651条1項)、これに対抗するには、労働者性を主張して解約権の行使に解雇権濫用法理(労働契約法16条)や雇止め法理(労働契約法19条)を主張するよりほかないからです。

 労働者性を主張して行くにあたっての重要な考慮要素の一つに、報酬に労務対償性があります。この報酬の労務対償性の判断基準として、昭和60年12月19日「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」は、

「報酬が時間給を基礎として計算される等労働の結果による較差が少ない、欠勤した場合には応分の報酬が控除され、いわゆる残業をした場合には通常の報酬とは別の手当が支給される等報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合には、『使用従属性」』を補強することとなる。」

と解説しています。

https://www.mhlw.go.jp/content/001477330.pdf

 要するに、時間と報酬が連動していれば、報酬は一定時間労務提供していることへの対価としての性質(労務対償性)が認められやすくなるということです。

 それでは、1コマ幾らという形態で働いている大学非常勤講師の報酬に労務対償性を認めることはできるのでしょうか?

 コマ数と報酬が結びついているという面を見ると労務対償性がありそうにも思えます。

 しかし、授業には様々な準備が必要になります。むしろ、授業をしている時間よりも準備の時間の方が遥かに長いというケースもあります。こうした面に注目すると「1コマ幾ら」という報酬形態は、労務の対償というよりも、成果物の対償といった方が実体に合っているかも知れません。

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるうえで参考になる判断を示した裁判例が掲載されていました。ここ数日紹介している、東京高判令8.1.15労働判例ジャーナル168-1 東京海洋大学事件です。

2.東京海洋大学事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、東京海洋大学を設置する国立大学法人です。

 原告(控訴人)になったのは、平成17年4月以降、被告大学と期間1年の「委嘱契約」を交わし、これを更新しながら非常勤講師として勤務してきた方です。令和4年度の委嘱を行わないと告げられたことを受け、「委嘱契約」は労働契約であると主張し、労働契約法に基づく無期転換権を行使したと主張し、労働契約上の地位の確認等を求める訴えを提起しました。

 原審裁判所が原告の請求を棄却したことを受け、原告側が控訴したのが本件です。

 本件は原審の判断を破棄し、原告には労働者性があるとして、地位確認請求を認めました。その結論を導くにあたり、報酬の労務対償性について、次のような判断を示しました。

(裁判所の判断)

「本件契約においては、授業1コマ(1時間30分)につき1万2000円(単価6000円×2時間分)が支払われており、講義の準備等を含めた稼働時間に応じて報酬額を定めるような仕組みになっていなかった・・・。」

「しかし、そもそも労働契約上の賃金としての本質は『労働の対償』である点にあり、労働時間に対応する時間給的なものに限られるわけではない(労働基準法11条参照)。労基研報告が報酬の労務対償性を労働者性判断の考慮要素として掲げているのは、残業手当がある場合等に使用従属性を補強することになるという趣旨を述べているにすぎず、本件契約における上記のような報酬額の算定方法をもって、使用従属性、労働者性を否定する方向で考慮するのは、誤りというべきである。

「かえって、被控訴人は、控訴人に支払う報酬の名称を『給与』とし、所得税の源泉徴収をする一方、消費税の支払をしてなかったのであり・・・、この点は、本件契約の報酬の労務対償性を基礎づけるものといえる。」

3.(準備も含めた)時間と連動していなくても労務対償性は否定されない

 裁判所は講義の準備等に時間がかかることを前提としたうえ、時間給的な考え方がとられていなかったとしても、それは労務対償性を否定する事情にはならないと判示しました。

 これは大学非常勤講師の労働者性との関係では画期的な判断で、裁判所の判断は、同種事案で労働者性を主張して行くにあたり、実務上活用して行くことが考えられます。