日々是徒然/『青い花』は僕に…
生まれつき実務にむいている人は、あらゆることをできるだけ早いうちから、自分の目で観察し、それに生彩をほどこす方法を身に付けた方がよい。
自分の目標の糸をしっかり握ってはなさず、巧みにさばけるようになることが肝要である。静かな観照という誘いにのってはならない。自分の内面を観察することよりも、つねに外へ向かって目を開き、てきぱきと決断を下しながら、まめまめしく分別に仕えることがこの人たちの持ち前なのだ。『青い花』ノヴァーリス(第一部 第六章)
――ハイリンヒに言われるなら、しかたがない。僕はここから引き返そうと思う。
僕は人に向つて随分言つてきた。創作者になれるかなれないかは、早く見極めた方がよい、と。なれる人は稀で、しかも動機を保ちつづけることは難しい、とも。どうしてもやりたければ、アマチュアであるがよい――その方が作品は面白くなる。中途のプロ気取りほど見苦しいものはない。
これをいま、短歌の創作勉強している自分に平気で言えるのか。問題はいつでも、自分である。他者にとっても自分の扱いが一番やっかいだ。
僕は作家よりも編集に、編集よりも営業に向いていた。スポンサーもないまま出版社を立ち上げ、どうにか今日まで續けて来られたのは、物事をどう動かせば成り立つか、その段取りを拵へることが出来たからだ。これを「才」と呼ぶべきかどうかは心許ないが、少くとも、原稿を書くより、出版をきめ、帳簿を合はせる方が遥かに手早く出来た――誰にもならわないのに。それだけのことだ。僕の欲望とは別に、僕の才は実務に向いてゐたのである。
こゝ二三年、ようやく時間をみつけ…みつけないと終わりが見えている。そうしてこともあろうに…坑道の奥を目ざして踠いていた。〈青い花〉をひとひらでも見つけ得るのではないか、と。
けれど、その教科書たる『青い花』は、きっちり僕に引導を渡した――「外へ目を開け、てきぱきと決断し、まめまめしく分別に仕へよ」と。行くの僕、君じゃないと——。
ハイリンヒ、君は、もちろん降りていく。誰が止めても。君には下へゆく階段がある。僕はここから引き返す。坑口の風の方へ。振り返ることなく。



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