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#BBD連載7: 彼女が招いた「誹謗中傷」──作為とその余波

伊藤詩織さんの「客観的な記述」とは

伊藤著書の検事発言要約に関して私が問題だと感じるのは2点あり、
1つは文脈が異なる発言の恣意的な混ぜ合わせであるが(#6回参照)、
もう一つ問題だと思うのは、言葉のトーンの過度な改変や、実態にそぐわない状況説明である。

「告げられた」のか、「察知した」のか──

「刑事事件として何がどうなって不起訴になったのか』について、検察から全く教えていただけないんです。嫌疑不十分ということしか聞いていないので、何が不十分で、何が問題だったのかを知りたくて。」(1)とメディアに語ってきた伊藤詩織さんは、著書では、「二回目の検事との面談で、もうすぐ不起訴の判断が出るのではないか、と察知した時・・・・・」と(BlackBox194頁)記している。

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女子SPA! (スクショにつき太字は原文ママ)

「察知する」とは、明確に告げられていない物事を機微で推察する、というニュアンスであり、著書の記述は、著作外の発言(記者会見やメディア取材において検察から判断に至る説明はなかったと繰り返し語っていること)と合致するが、しかし、ジャーナリストとしてその記述は適切か。

「もう起訴はできないんですか」「おそらく、起訴できないと思う」というような見込みの対話が、(伊藤さんの話を一通り聞き終えた)第一回目の面談の終盤から何度か重ねられており、2回目の面談でも、捜査は一通り終わったが、証拠関係がやはり厳しいと告げられた上に、「調べていただいたなかで、どの部分が弱かったのか、教えていただけたら」「決定的には……です」(点線の中は長いため省略)と言った会話があるのだから、「何も明確には告げられなかったものの、私が察知した」のではなく、相手はむしろ見込みを幾度となく伝えており、非公式な形ではあれど、「告げられた」のが正確なところだろう。

また、伊藤著書では検事は1度目の面談の「最後」に、以下の発言をしたことになっているが─その発言(鉤括弧内)を最後にそう言われた、と記すのは演出過多というか、端的に言って間違いである。

検事は最後にこう言った。「この事件は、山口氏が本当に悪いと思います。こんなことをやって、しかも既婚で、社会的にそれなりの組織にいながら、それを逆手にとってあなたの夢につけこんだのですから。それだけでも十分に被害に値するし、絶対に許せない男だと思う。

Black Box

なぜなら、その発言が出たのは、1度目の面談の「中盤」であり、その後、伊藤さんから逮捕状が執行されなかったことについてのやるせなさの吐露が始まり、そこから15ページ分の書き起こしが続くためだ(そこで、検事からも何度も発言がある)。したがって、その言葉は伊藤氏がさらに口を開くトリガーになったものであり、その日の面談のクロージングとして登場したわけではまったくない。思わず、「最後とは?」とツッコミを入れたくなってしまう。

「本当に申し訳なかった」の意味

また、検事は、2度目の面談の終盤にも伊藤さんに謝罪したことになっている(伊藤著書では)が、それもまた、伊藤さんを公的な機関からの被害者のように印象付けるための演出過多な書き方であるように思える次第だ。:

検事は私を慰めるように言った。「これは前任の検事の対応だが、海外にいる被害者に逮捕しますと伝え、帰国してくれと連絡するところまで準備を整えていたのに、実は逮捕しませんので、もう帰国しなくていいですという対応はあってはいけない。そういうことを被害者に伝えたのなら、やるべきだと私は思う。本当に酷話で、絶対にやってはいけないこと」そして最後に一言、「本当に申し訳なかった」と言った。7月22日、不起訴が確定した。五日後に弁護士を通じ、この結果が私に伝えられた。(中略)予想はしていたことだったが、現実になってみると、その結果は私をとてつもない無力感に陥れた。

Black Box 158-164頁

 なぜなら、その「本当に申し訳なかった」という「最後の一言」が、どのような文脈の中に表出したかを説明すると、次のようになるためだ。

2回目の面談の後半とは、主観という犯罪意識と責任能力の有無を重視するのは性暴力に限らず日本の刑法全体の問題であるという話(#6を参照)から、伊藤さんが、「じゃあこの、一つの準強姦の、というのを変えることよりも、もう体制的にそういう。ただ、主観って、被疑者の主観?じゃあ、法律は被疑者のためにある法律なんですかね」と言い、検事がそこからアメリカ式に移行されている日本の刑事訴訟法と、ドイツ流のままである刑法のねじれによって被疑者が二重に守られているという私見を話すという長い説明の場面である。

その長い説明を終えた検事が、取材でペルーにいくという伊藤さんの安全を案じながら、激励とともに以下のように言葉をかけるのが、「面談の終盤」である。:

検事:「いろんなことに問題意識を持たれてる人に、やっぱり活躍してもらいたいって、思うしね。いい記事書いていただいて。で、こういう司法の問題とかもね、何かこう疑問に思って、何かいい方向にね、動かせるものがあるなら、やっぱりそれは、ぜひとも伊藤さんに動かしてもらいたいっていうところもあるしね。そのためにも、ペルーのところをちゃんとしっかり。危ない目に遭わないように。」

伊藤:「そうですね、もう今は、今年がはじめてのフリーランスなんで、もらえる仕事はもうなんでも、と思って。これは自分の企画じゃないですけど、ただ、孤独死は自分の企画で。」

検事:「うんうん、くれぐれも気を付けていただいて。」
伊藤:「はい、気を付けます。ありがとうございます。」
検事:「はい、じゃあ、本当に申し訳なかった。
伊藤:「ありがとうございました。」

甲第64号証(太字は筆者による)

 確かに、一言謝ってはいる。でも、それは、「うん、じゃあ、ごめんね。力になれなくて──」的な会話であって、伊藤さんが描写したようなトーンの「謝罪」ではないだろう。なぜなら、検事は自分が力を尽くしたこと、そしてその説明までを完遂したことをわかっているからだ。ただ、「それでも」、伊藤さんの希望に添う結果にはならなかった。そのことに対する、個人的な「ごめんね」――。 (なのでは?)


伊藤要約と、録音音声の書き起こしからは、まったく異なる「検事の印象」を持つのではないだろうか。

一つの「ブラックボックス」を開けさせたのは

 
ところで、私が本連載を通して広範に活用している資料(検事との対話録音)が開示された経緯についても記しておきたい。事件に関して、山口氏サイドはそれを「隠蔽しようとし」、伊藤氏は「透明性を求めた」格好であると世間では広く受け止められているように思うが、本対話の記録は、民事訴訟で、山口氏側の要求に対して伊藤詩織弁護団から提出されたものである点だ。

それは確かに、効果的だったのかもしれない。

伊藤さんは、性交渉の同意がなかったという本訴において勝訴し、その判決の付帯的な裁判資料まで司法記者は読み解いたりなどしないため、判決文に書かれたことの3%程度しか世の中には伝達されていかず、ひっそりと「裁判所に提出された資料」は、どこのメディアにも大きく取り上げられることはなく、伊藤氏になんら直接的なダメージを負わせなかった。


しかし、その資料は、「伊藤詩織さんのストーリーテリングの根幹を揺らがすほどの矛盾を証明するほどのものである。

そのことを、伊藤詩織さんは、どう思っていたのだろうか。勝訴するために、背に腹は変えられないと思ったのだろうか。だからこそ、その判読が困難になるよう、資料としての価値が下がるよう、あえてフィラーだらけ(えっとね、等)、誤字脱字だらけ(たとえば「傷害が起きていたら」は「障害が起きていたら」と誤変換されている)の書類にしたのだろうか。

しかし、隠そうと思えば提出後に速やかに隠せたはずの資料を(伊藤詩織さんは、多くの裁判資料をプライバシーを理由に非公開化し、「伊藤詩織さん、裁判資料を隠蔽しないでください」と山口氏は月刊Hanadaにて抗議している)、公然と晒し続けたのは(隠すことを忘れたのは?)、私はそこに、案外大した葛藤がなく、人を踏みつけた認識が希薄だからのように見えるのである。

ちなみに、「私の件は不起訴だったけれど、証拠や証言はいろいろあって、これで証拠が不十分なら何が十分なんだろうと。」(※2)「刑事事件として『何がどうなって不起訴になったのか』について、検察から全く教えていただけないんです。嫌疑不十分ということしか聞いていないので、何が不十分で、何が問題だったのかを知りたくて。」(※1)とメディアで述べてきた伊藤氏は著書で以下のように綴っている。

私に残された手段は、検察審査委員会にこの件を持ち込むことだけだった。
どんな結果になろうと、可能性のあることは、すべてやってみよう。
ほんの少しでも、私はまだこの社会に希望を持っていたかった。
そして残されたすべての道を進んでみないことには、問題点を語り尽くせない。

『BlackBox』201頁

そんな悲壮な決意が語られる前段階で伊藤さんが経験したことが、これまで記してきたような検事とのコミュニケーションであったわけだが、一方、「事件処理をブラックボックス化させた」「何ら説明をしなかった検事」というレッテルを貼られることとなった検事は、その後SNSで、以下のような誹謗中傷にさらされることになった。

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説明……まだ足りないの……

彼女の作為とその余波

誹謗中傷めいたものだけではなく、真摯な憤りも多くみられる。

ところで説明をせずに不起訴とした(とされた)熊澤検事は、SNSで、「きっと栄転ですね」「どこまで出世するかでわかる」と冷ややかな視線が浴びせられることとなった。

熊沢検事は、その後、高松地検次席検事、法務省への出向など典型的な出世パターンと言われるキャリアを重ね、25年に甲府地検の検事正(地検のトップで、その地検の責任者のこと)に着任した。「検事正」とは、任官から20年程度かかるとされ、検察官のキャリアにおいて、出世の一つの到達点として意識されるポストだという。


これは、事件を揉み消したご褒美・・・・・・・・・・・ だったのだろうか?


それとも真摯な仕事ぶりが評価されての、人事だったのだろうか。


連載バックナンバー『BlackBoxDiariesとはなんだったのか』
第0回
第1回
第2回(集英社新書プラスに寄稿回)
第3回(集英社新書プラスに寄稿回)
・第4回
・第5回
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次回で最終回です。

▶︎#BBD連載8 ── 故意の立証 に続く

参照文献
※1 草薙厚子 女子SPA!「もしレイプ被害にあったら…伊藤詩織さんに聞く、せめて知っておきたいこと」 2017.11.26
※2 中村かさね 『HUFFPOST』「伊藤詩織さんの民事裁判で支援団体『Open the BlackBox』が発足 元TBS記者は反訴」2019年04月10日


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