シズちゃんは怪我人の前だろうがお構いなしに、またタバコに火をつけふかしている。
さっさと出て行けよ。もしくは死ね。
「あー、なんつーか…」
俺の心の中で吹き荒ぶタイフーンとは真逆に、シズちゃんはなんとも言えないのんきな顔をして窓の方を見ていた。
「テメェが喋んねーっつーのは…」
ふっと笑って、
「とても愉快だ」
シズちゃんはそう呟いてゆっくりとこっちを向いた。
俺は瞬きできなくなり、息をつめる。
何を考えているのか分からないから怖い。
タバコをくわえたまま片手が今度は俺の頭に伸びてくる。
「あー、テメェもセルティみてーに喋れないならなぁー」
そう言って頭をわしづかみにされた。
そう言えばシズちゃんってバスケットボールも片手で掴めてたよね。そして破裂させてたよね。
そんな高校時代を思い出し、ザザーと血の気が引いていく。
「テメェの首も取っちまうか。すこぶる世の中が平和になる」
シズちゃんはアホなので、たぶんこれは冗談で言っているのではない。
本気でそう思っているに違いない。
「……っ」
ギチッとシズちゃんの握力でもって俺の首がきしむ。
シズちゃんの目は穏やかだ。
シズちゃんの中では俺の首を取る→セルティと同じ→静か→平和というシズちゃんクオリティが展開されていて、イコール俺は死ぬ、というとこまで考えていない。きっとそう。
たとえ俺がセルティのように首なしになっても、俺はセルティのように生き続けてはいられない。
だってそれが人間だ。あ、シズちゃんなら首落としてもしばらくは生きていそうだけど。
あーだめだこれ死んだ。俺死んだ。
闇医者ん家の寝室で首をねじ切られてスプラッタだ。
でも新羅なら俺の死体なんて簡単に処理しちゃうんだろうな。
俺は普通の人間なので、ちぎれた首だけで憎いあいつに食いかかるなんてことできないので、手も足も出せずこれで終わり。一巻の終わりだ。
「シッズ、ちゃん」
手も足も出ないけど、追い詰められて声が出た。
「あ?」
声が出たことで不機嫌になるシズちゃん。でも手は止まった。
声は出たけど特に言いたいことはなかった。いやあるにはあるけど。死ねとか、死ねとか、死ねとか。
しかし黙っていると、首折り万力の動きが再開した。
「待って、シズちゃん」
慌てて言葉を紡ぐ。万力の動きは止まる。
「あー…その、シズちゃん、怪我は?」
新羅の手紙から察するに、シズちゃんも怪我を負ってここにきていたのではないか。
だからまだベッドから出ない。だから俺はここで殺される。
しかし疑問だ。昨日シズちゃんと分かれた時に怪我をしていたのは俺だけで、シズちゃんピンピンしてたじゃない。
まさか昨日のチンピラチーマー達に怪我させられたわけじゃないよね?
だとしたら今日世界は滅亡する。
「怪我なんかしてねえよ」
あー良かった世界は救われたよ!
ほっとしてるとシズちゃんは変な顔をして俺の頭を万力から解放した。
ちょっとまさか俺がシズちゃんの怪我を心配したとか勘違いしてないよね気持ち悪い。
でもまあ助かったからよし!
「じゃあなんで、ここに?」
なんとか声は出てるけど本調子じゃないから小さな声が少ししか出せない。
だからか、シズちゃんもまだキレてない。
「あー昨日、俺が投げた野郎にぶつかった奴が怪我して、それがセルティの知り合いで、丁度セルティが来たから新羅のとこ連れて来て、しばらく茶ぁ飲んでたらテメェが来た」
セルティの知り合い、誰だろ、罪歌かな。
つうか最初からここにいたんだ。こっわ!
駄目だ俺、最近たるんでる。これからはもう少し神経張って生きよう。
ここから生き延びることができたらだけど。
昨夜は俺が来ることが分かって暴れようとしたところをセルティに取り押さえられて薬打たれたってところかな。
先に目が覚めたシズちゃんが俺を見て、すぐにひねり殺さなかったのはまだ薬が効いていて、効果がなくなるまでにクールダウンできたってことでいいのかな。
その辺はシズちゃんの考えることなんて分からない俺にはイミフだけど。
でもだんだん状況が飲み込めてきて、頭が回転し始める。
あー………シズちゃんが裸なのは、寝る時は裸族派、だったんだと思うことにしよう。あんま考えたくない。
うんうん、後は体が動くようになるまで死なないよう時間稼ぎだ。
これが一番大変だけど。
死にたくない。こんなことで、こんな所で、マジ死にたくない。
俺の決意を知ってか知らずか、黙った俺をシズちゃんはただ見ている。
その目を見返していて、そういえばこんな近くでシズちゃんの怒っていない顔を見ることなんて久しぶりじゃないかと気づいた。
別にどんな顔だろうがシズちゃんなんか見たくもないけど。
あー一刻も早くこの世から消えてくんないかなーこの顔。
その貴重な特異性も俺のものにならないならなんの価値もないどころか邪魔。
俺の世界でこれほど邪魔なものはない。それがシズちゃん。
あーマジ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……
そんな思いを一切表情には出さずにシズちゃんを見ていたわけだが、やはりどうしても伝わるのだろう。
伝わって欲しいことは伝わらないのにねえ。
シズちゃんは一瞬眉間に皺を寄せた後、ニタリと笑った。
そして再び始まる死の恐怖ショー。
シズちゃんの手がまた俺の頭にかかった。
ビクンと肩が跳ねる。薬が弱まってきた証拠だ。でも今は嬉しくない。
じわっとかかる圧力が増し、頭が撫でられる。
ちょっとなにしてんの。
「はは、テメェ髪の毛、逆立ってんぞ」
ぞろりと襟足を撫でられて、自分でもそれが分かる。
猫みたいに毛がぶわっと逆立っている。
「鳥肌すげぇ」
当たり前だ。いつトマトみたいに頭を握りつぶされるか分からないのだから。
黙り込んでいる俺に、シズちゃんはいかにも興味深いといった顔で、もたれかかっていた背を起こし、あらためて、横になった。俺の隣に。
ん?
これ一体、どういう状態!?
俺の方を向いて横になり、頬杖をついて、あいた手で俺の頭を撫でている。
髪の間にシズちゃんの指が入り込み、すくように撫でる。その繰り返し。
その度に俺はビクビクと震える。血の気が引く。
遊ばれている…だと…!?
まさか…まさか…とシズちゃんの目を見ると、ニィっと笑われた。
「シズちゃん」
「なんだ」
「死んでマジで」
「嫌だね」
「だったら殺せよ!いますぐに!!!」
耐え切れずに叫んだ。
「はあ?なんで俺がテメェの言うこと聞かなきゃいけねぇんだ?」
死にたくないと思ったばかりなのに死んだ方がマシだと思わされた。
俺の負けだった。
どうやらシズちゃんはレベルが上がったようです。
俺にダメージを与える方法が暴力以外にもあると知ってしまったらしい。
柔らかな日差しの差し込む清潔な寝室の中、ベッドの上で横になった裸の男に頭を撫でられている自分。
シズちゃんの思惑通り、あまりの屈辱に怒りで頭に血が昇った。
腹が立ち過ぎて笑えてくる。
照れて顔が赤くなっているなどと勘違いされては困るので、俺も無理矢理ニィっと笑顔を作り、
「あんまり優しくされると好きになっちゃうよ?ダーリン」
と、最高の嫌がらせを言ってやった。
俺は決心した。
これ以上シズちゃんにレベルを上げられては困るので、明日から全力で殺しにかかりたいと思います。
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