久しぶりに新羅の家に来た。
少々の怪我なら自分で手当てするし、それで足りないなら普通に病院に行くし、今夜はたまたまちょっと自分じゃどうしようもない怪我を通常診療時間外に負ってしまい、救急病院で待たされるのもいやだなあと思った。それだけだった。
「やあ招かれざる客よ、いらっしゃい」
来る前に電話を入れていたので、迷惑であると堂々と言い放たれながらも治療の準備万端で迎えられる。
俺はニッコリ笑い返しながら、裂いた袖でぐるぐる巻きにした腕を常時白衣男に突き出した。
「早速で悪いけどとりあえず痛み止め打ってくれるかな。痛過ぎて気が遠くなってきた」
「おや骨が見えちゃってるね」
袖を解いて遠慮なく傷口を割り開く新羅に軽く殺意が沸く。本気で痛い。
しかし傷口付近にプスプスと注射針を突き立てている医者を殴るわけにもいかず、口をつぐんでなんとか耐えた。
止血にと肩付近を縛っていてもなお、血があふれて下のトレーに溜まっていく。
クラクラする。
なんだか眠い。眠いのに痛くて眠れない。
それもこれも、
「また静雄と喧嘩かい?」
傷口を洗浄しながら新羅が聞いてくる。
痛みに引きつった笑みを浮かべながら俺は頷く。
「カーブミラーがさ、あーそれと進入禁止の標識の二刀流、どこの静雄無双だよっていうね。で、ぶん回して割れて破片がザクッと。本当に腹立つよね。俺よりシズちゃんの方が破片めいっぱい浴びてんのに怪我したの俺だけ」
「日頃の行いじゃないかな」
「え?シズちゃん日頃の行いそんなにいいの?ないないないない。え?だってシズちゃんだよ?」
「静雄がどうこうじゃなくて君の行いが極端に悪いとは思えないかな」
「あはははは神様がいたらね、俺をこんな目にあわせたことをいろんな意味で後悔させてやりたいよね。でも実際俺をこんな目にあわせたのはシズちゃんだから、仕返しはシズちゃんにするよ!って新羅痛い痛い痛い」
「はいはい舌噛まないようにねー、もう終わるよ」
傷口をぐいぐい押さえながら縫合していく様を二人してじっと見ながら口は軽い。
だってなにか喋って気を紛らわせてないと本当に痛いんだから。
「はい終わった。あとどっかある?」
「右腿にも結構深く刺さったから縫って。あとの細かいのは別にいいや」
「太腿かー、パンツ破くけどいい?」
「着替え貸してくれるなら」
「えーやだー」
「じゃあ後でガムテ貸してよ。繋げば穿いて帰れる程度に切って」
「了解」
鼻歌交じりで軽い笑顔を浮かべたままの新羅は、もう片袖で縛っていた太腿に治療の手を移し、パンツにはさみをジョキジョキ入れた。
我ながら酷い有様だ。
コートの下は両袖止血に使ってノースリーブになったシャツ。ワイルドすぎて涙出そう。
ただようやく出血の収まった腕に安堵して、治療を続ける新羅からやっと目をそらして辺りを見回した。
「今運び屋さんは?」
「あー寝てるんじゃないかなー」
「ふうん」
なんだろう、気配がする。これがセルティの気配?さっきまで痛みで頭の中がガンガンしていて気づかなかったが新羅の様子だってどこかおかしいような。いやこいつは元々おかしいんだけど。
なんだ?嫌な予感、とまではいかない、ちょっとした違和感?
なにか、違う。
集中するため黙って口元から笑みを消した俺に新羅がふと顔を上げた。
「臨也もさ、寝ちゃいなよ」
「は?」
視線を新羅に戻すとその手には注射器がもう一本あって、すでに中身は俺の皮膚の下に押し込まれた後だった。
「新羅」
「ごめんね。気づかないならそのまま帰す気だったんだけど、やっぱ無理っぽい気がして」
「新羅殺す」
新羅は笑顔で片手を顔の前に立てながら、
「ごめんごめん、治療はちゃんとしとくからさ」
などとウインクをしやがるから、ふざけるなと言おうとしたが、そこで頭に血が昇った瞬間、ブツンとテレビを消すように意識が途切れた。



頭が重い。
いや身体全体が。泥の中から意識がじわじわと浮上するが、ピクリとも、動けない。
まだまだ沈んだままでいた方がいい。まだ無理だ。
その上意識を失う前のことを思い出し、目を開ければなにかきっと酷い惨状が待っているに違いないという、もはや決定的に嫌な予感しかしないことが恐ろしい。
だがそこから目をそらすなんてのは俺じゃない。
新羅から与えられた試練ごときにこの俺が屈することはありえないからだ。
俺は気合を入れ直し、ブルブルと痙攣する瞼を無理矢理こじ開けた。

あ、ごめんなさい。

開けた目を速攻で閉じて俺は謝った。神様に。
俺の目が覚めていてこれが夢じゃなかったら、今一瞬開けた視界にぼんやりと移ったシルエットはあれだ。
シズちゃん。
はっきり見えたわけじゃない。だって寝起きで薬盛られて朦朧としているのだから。
でも俺は間違えない。
もう何度何年生死を賭けたか分からない対俺殺戮者を間違えるわけがない。
とりあえず新羅死ね。いや新羅が殺す気なのかこの俺を。
ここにシズちゃんがいるということは、つまりそういうことだ。
俺はここで死ぬのか。これから死ぬのか。いや何故まだ死んでいないのか。
またガンガン痛み出した頭の中で整理する。
とりあえず体に集中。
これっぽっちも動かせない。
さっき瞼が開いたのは俺の気合が起こした奇跡だ。
次は回りに集中。
俺は今うつぶせに転がっている。体が痺れて硬いか柔らかいかも分からないがたぶんベッドの上。だといいな。
鼻は普段より利かないがタバコの匂いがした。
さきほど見えたシルエットからシズちゃんとの距離はかなり近い。1メートル以内にいる。
シズちゃんが俺の1メートル以内でタバコを吸っている。
俺的にこの距離は自殺行為である。
今俺の意思とは無関係にこの距離だと、つまり他殺行為か。新羅殺す。化けて出て呪い殺す。
「おいノミ蟲」
ビクッ
気分的には肩のひとつやふたつ跳ねてもおかしくなかったが、体はまったく動かなかった。
新羅の盛った薬は健在らしい。
「起きてんだろ返事しろ。よし返事がない場合は殺そう」
フーッと煙を吐きながらシズちゃんがつぶやく。
なんて横暴な。
「いーちにーい」
ちょ、ちょっと待って!
口にしたつもりが声が出なかった。
待って待ってマジで待って!返事できないよこれ!声出ないし!
「さーんはい殺す」
せめて10は数えて欲しかったな…。
意識はあるが声も出せなければ体も動かせない。本気で必死で頑張って唇がちょっと震えただけだった。
あー俺死ぬのか。しかも新羅に殺されるのか。
俺新羅になにかしたっけ?ばれるようなことは、したことないはずなんだけどなあカッコ笑い。
嫌だなせめて真っ暗な中で死にたくないな。
せめて、せめて自分が死ぬとこぐらい見て死にたい。
意識を喉から瞼に移動させて、俺はもう一度、目を開けるのに意識を集中した。
今更開けても俺にこぶしを振りかぶってるシズちゃんが見えるだけなのだろうが。
いやむしろそれが見たい。
殺人実行犯シズちゃんを俺は見たいのだ!!
ブルブルと瞼が震える。
隙間から光が差し込む。もう少し、もう少し!
と、その時俺の努力など知ったことではないだろうシズちゃんの指が俺の顔にかかり、ぐいっと俺の瞼を持ち上げた。
痛い眩しい沁みる!!
無理矢理目をこじ開けられてぎゃあああと悲鳴をあげる(実際には出てないけど)
痙攣する眼球をおそらく覗き込んでいるのであろうシズちゃんは近過ぎてぼやけて見えない。
「なんだもしかして声出ねーのか」
指が離れてシズちゃんの顔も離れていく。
俺は目をしぱしぱさせて必死で視力回復に励んだ。
ショックで瞼が動くようになったみたいだ。
期待をこめて起き上がろうとも試みるが、体の方はまだ指1本動かせない。
声。うん、まだ出ない。
とりあえず目だけはなんとか動かせるようなので見てみる。
うんシズちゃんなんで裸なの。死ぬの?死ねよ。
俺は期待通りベッドの上だったが、シズちゃんまで同じベッドの上で裸体を晒しているとは思いたくなかったが、それが視界に入るすべてだった。
まさかと思って自分を見下ろす。
体の感覚がなくて服を着てるのか布団は掛けられているのかすら分からない。
分からないが目いっぱい見下ろして見えた俺の肩はむき出し、肌色だった。
死にたい。
もう一度祈る気持ちでシズちゃんを見てやっぱり裸体なのを確認して(下半身はシーツの下だった。セーフ。セーフか?)回りも確認する。
たぶん新羅ん家の中?白い壁、綺麗なフローリング、物の少ないすっきりとしたインテリア、差し込む日差し、わあ素敵な寝室だね。死ね。
シズちゃんは俺のすぐ隣でベッドヘッドに背をもたれさせ、ゆったりとタバコを吸っていた。
俺は目だけをキトキトと動かし、なんとかこの状況を理解しようと鈍痛のする頭のギアを入れようとする。
だがカラカラと空回りしかしない。
なんなのこれ、ホント意味分かんない。
どうしてシズちゃんがいるの。どうして俺はここにいるの。
答えが欲しくて俺はシズちゃんを睨んだ。
目は口ほどにものを言う。そうであって欲しい。
シズちゃんは俺の視線に気づくと、吸っていたタバコをちょいと持ち上げ言った。
「やんねーよ」
いらねーよ!!!死ねよ!!!
グワッと俺の目が殺気立ったのがようやく伝わったのか、シズちゃんは短くなったタバコをもうひと吸いして、片手に持っていた灰皿に押し付けた。
「えーっとだな…」
それからごそりと枕元からメモ用紙を取り出し読み上げる。
「二人が目を覚ます頃、俺はそこにはいないだろう…」
なんだそれ新羅のメモ?
最初の一文を読んでからシズちゃんの目線はメモ用紙を左から右へとすべっていく。
そして下の方まで来てまた口を開いた。
「というわけで、治療はしたから二人とも目が覚めたらすみやかに去るように以上。…だとよ」
わーお、こいつ途中を大胆に飛ばしやがった!
それじゃあ意味分からんだろが!バカなの?お願い死んで!!
そんな俺の祈りは届かない。知ってる。やっぱり神はいない。
恨めしい俺の視線にシズちゃんは舌打ちして、メモ用紙をベシッと俺の額に打ち付けた。
グアンと脳が揺れる。
ふざけんなよシズちゃん。シズちゃんは軽く置いたつもりかもしれないけど俺にとったら本気ビンタだよ。
途切れそうになった意識を必死でつかんでパラリと目の前に落ちたメモを見る。
そこにはこうあった。


二人が目を覚ます頃、俺はそこにはいないだろう。
実は以前より今日はセルティとお出かけすると決めていたんだ。
デートだよデート。羨ましいかい?
そんなうきうきわくわくイベントの前夜に二人して押しかけてきて、本当に困ったよ。
タイミング悪すぎ。空気読んで欲しいよね。
それはそうと鉢合わせて暴れられても困るので、少し薬を使わせてもらいました。
でも使ってから気付いたんだけど、使えるベッドがひとつしかなくてね。
静雄の使ってたベッドに臨也も入れちゃったけどいいよね。
大丈夫、静雄には臨也の10倍薬を使ったから、臨也は目が覚めたらすぐ逃げるといいよ。
くれぐれも変な気を起こさないように。
そんな怪我じゃなにもできないと思うけど無理したら死んじゃうからね。
あと俺とセルティの愛の巣も壊さないで。
もしも喧嘩したいなら俺の家から出てするように。
もしも家の中で喧嘩したら二人とも許さないから。
替えの服はベッドサイド、臨也には痛み止めと化膿止めも置いてあるから持って行って。
というわけで、治療はしたから二人とも目が覚めたらすみやかに去るように。以上


…いろいろと突っ込みたいところはあるけど…まずさ、薬。10倍じゃ駄目だよ。シズちゃん俺より先に目ぇ覚めちゃってるしピンピンしてるじゃん。俺まだ全然動けないのに平気でタバコふかしちゃってるじゃん。殺す気でやっと居眠り程度なんだからさ。もっと盛ろうよ新羅。というかこの俺の状態から10倍ってすでに致死量か。それでこの有様なんだもんなあ。ほんとシズちゃんって…
「おいノミ蟲」
はいなんでしょう。
「テメェはまだ動けねーのか?」
イエスアイドゥ。ここから逃げることもできません。
「なんとか言えよ」
言えたら苦労しないよ。あ、でもさっきより目を動かすの楽になってきたかも。声ももう少ししたら出るようになるかな。
「つーかなんだその怪我」
おまえだよ!おまえにやられたんだよ!!
俺は叫んだ。が、もちろん声は出なかった。
自分はガラスでなんて怪我しないから分からないのか、シズちゃんは昨日俺にガラスが刺さって派手に流血したのも忘れちゃったらしい。
二人して割れたミラーを被り、俺の血が飛び散って、観客から悲鳴があがり、それからだ。様子を伺ってたらしいその辺のチーマーさん達が、ゾロゾロ俺たちの回りをとり囲んだ。
ガクンと膝が沈んだ俺と、その俺以上に破片を浴びたシズちゃんに、もしかしたらチャンスだと思ったのかもしれない。
もちろんシズちゃんは無傷でチャンスなんてありもしないのだけれど、俺にとってそれは逃亡のチャンスだった。
多勢相手にまさに静雄無双が開催され、なぎ倒される彼らにまぎれて逃げる逃げる。
ただ彼らの標的には俺も含まれていたようで、血が流れる腕を縛りながら彼らをまくのに少し時間がかかった。
シズちゃんから逃げるより遥かに楽勝な追っ手たちだったが、つい怪我した鬱憤晴らしに相手したのが悪かった。
ボコり返したはいいけど傷は開く一方だし血が流れ過ぎて寒気がするし、フラフラで新羅の家にやってきたのだ。
そしてご覧の有様だよ!以上回想終わり!



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