紗季です。
近年、「呪殺」に関するお問い合わせを頂く機会が増えております。
「増えている」…すなわち、人々が関心を深めていったことの現れでしょうか?
たしかに古来よりそもそも「祈祷」(呪詛)というものが、憎い相手に制裁を加えたいという心から生まれたものであるからこそ、その制裁の究極系である「呪殺」がクローズアップされるのは無理もありませんね。
しかしながら、私どもが最近ご相談を受ける、その「呪殺」の、【重み】と言いますか【覚悟】の程度がかつての依頼に比較して「ハードルが【下がって】いる」ように感じられます。つまりは、「かんたんに『呪殺』を依頼する」ケースが増えてきた、と表現することができるでしょう。
我々は、組織として、どんなご相談にも真剣に対応いたします。
「呪殺」や、その派生型である「尊厳死」「安楽死」についても同様です。
加えて、我々は、どのようなご相談に対しても「うわべだけ」の「適当な」回答はしないこととしております。
「安楽死」を望まれる人に対して、有無を言わさず「どんな理由があっても生きなければならない」などという安易な慰めをするつもりもありません。生きる権利があれば、死ぬ権利もあるはずです。私どもはそういう見解です。
ついつい先日も、難病ALS患者の方から真剣なご相談をお受けいたしました。
我々は相談件数として、同様の方々を何人もお見受けしてきておりますが、その方にとっては初めての相談であり、相手が何者かも分からない不安な状況なのです。それにも関わらず、本件ブログをご覧になって信頼できそうだったとの理由でご相談をお寄せになりました。
聞くと(※先方様に公開の許可は得ております)、難病で余命が●ヵ月だということ。
私どもも、「苦痛」「苦しみ」「後悔」の【3K】だけは避けます、ということを誓って、祈祷をお受けいたしました。
依頼者様も「できるだけ早い成就が望ましい」とのことで、『禁忌』に臨まれることとなりました。
その翌々日、祈祷の「呪い返し」(呪詛行為のはね返り)から感じ取れたことですが、どうやら祈祷の効果で、安楽のうちに永眠されたとの結末が感じ取れました。その方には代理人も家族構成もうかがっておりませんので、「本当にその人(依頼者)が絶命したか?」を確認する方法はありませんが、呪い返しの分析から、ほぼ確実に間違いありません。
では、本題。そういう「呪殺の成就」を迎えて、私たち祈祷師はどのように感じているのか??
これはよく質問される事項です、、が、、
私どもは、淡々とこなしています。冷たく言えば「仕事の1つ」が「片付いた」だけです。
次の大きな祈祷に対して、その有能な祈祷師の人員割り振りをするだけです。
大きな期待を寄せて頂いている方には大変申し訳ない回答ですが……
「大きな祈祷が成就しても、我々は『ふぅ…やっと片付いた』程度にしか感じていません」
これが答えです。