俺が、もう少し早く伝えていたなら、。
俺がもう少し、アイツみたいに強かったなら。
渚トラウトside
「な〜渚ー。」
俺の少しだけ低い目線から、俺の大好きな同期は話しかけてくる。
「渚。…俺以外のこと考えんの、禁止。俺といるでしょ?」
きゅっ、と手を取り俺を見つめる巨峰色の瞳が細められ、その瞳いっぱいに俺だけが映っている。
「うん。そうだね。」
先日、恋人になった。颯馬から伝えられた「俺、渚に恋してるよ。友達、とか思ってない。」
真っ直ぐで、素直な颯馬だからこそ、最初から俺に恋をしていた、のだと伝えられ、俺は困惑した。だって、俺も颯馬が好きだから。
でもね、颯馬。俺は、…俺を見せれない。
優しくて甘くて、誰にでも平等な颯馬は、俺が悩めば、泣けば、きっと…きっと受け入れてくれる。否定なんかしないで。でも、っ…。そんなの、見せれるわけがない。181cmの大男のギャン泣きも、嫌になるほどの自己嫌悪と自虐を、颯馬になんか聞かせられない。
だから、…。
「まだ、隠させていて…。」
そんな俺の弱さを、許して。
「俺は渚が伝えてくれるまで、ずっと待つよ?
渚のペースでいいじゃん。」
颯馬。ねぇ、颯馬。俺が、もしも…っ、。なんてね。バカみたいだ。
「渚、渚のペースでいいってば。」
無理やり心を開こうとした俺の手を取らずに、距離を取るのは颯馬の方で。
颯馬が近づく度に、離れてしまうのは俺の方で。
「…けど、俺はちゃんと触れるよ。渚に触れていたいから。」
宣言して、颯馬は俺の唇を塞いだ。
柔らかで直前までチョコを食べてた颯馬の唇はすごく甘くて、。颯馬は俺の後頭部に手を伸ばし、押さえつけて、唇を重ねていく。
何度も、ちゅ、…と甘くて扇情的な音が鳴り響く俺の部屋。
「渚。」
唇を離した颯馬は、欲情したような熱っぽい視線で、俺を射抜くように、離さないように、有無を言わさない雰囲気だった。
「俺に抱かれて。」
「えっ?!?や、っ…俺、はっ」
「渚、俺に愛されて。心なんか、いつだっていいから。…渚を俺に愛させて。」
言いながら、颯馬は俺の首筋に唇を這わせ、時折甘噛みする。ジェ〇ピケのもふもふな部屋着と同じ目線に、颯馬の紫と黒のふわふわな髪が揺れる。
「んぁっ、、ぁっ。」
女の子みたいな、甘い声が俺の口から飛び出る。颯馬が俺の鎖骨に噛みつくから。その後に、俺のホクロにキスをするから。
「渚、…だめ、?」
こてん、と首を傾げて、俺を見る颯馬は、本当にずるいと思う。
「わかった、わかった。…だ、抱かれる側は、色んな準備があって、っ…今すぐは無理だからっ」
「わかった。」
素直にすぐ引き下がる颯馬は、俺の手を取り、優しく微笑んだと思ったら、近づいてきて、首筋に思い切り噛み付く。血は滲んでないが、ジンジンとした、ささくれを取った時みたいな痛みが首に広がる。
「予約。」
噛み付いた張本人はしたり顔で、笑みを浮かべている。いつか、俺の心ごと、颯馬に食べられてしまいたい…、なんてね、?
「次の渚の誕生日。俺、お前のこと抱くから。」
《渚〜、俺お肉食べたい。》
「わかったよ。何肉がいい?」
《豚。》
「じゃあ、生姜焼き、作るわ。」
《今帰る〜。》
今日は、颯馬が俺の家に泊まりに来る日それから、俺の誕生日。少しだけ整えられたベッドルームと、俺。
きっと、…今日こそは、。
そういう意味の期待に、俺の身体は少しだけ震えた。きゅん、と鳴った腹に、俺はもう戻れないことを悟った。
あの甘くて柔らかな声が掠れたら。
あの声で俺の名前を呼んで。
ふわふわな髪が乱れて。
…そんな想像に俺の頭は颯馬でいっぱいだった。
何も見せてないのに。
何もあげれてないのに。
何も出来ないのに。
《渚ー?ね〜、渚ぁ?》
「あ、ごめん。生姜焼きの調味料選んでた。
颯馬、野菜も食べようね?」
《やだ。》
「やだって、何だよ。」
その時だった。
耳を劈く程の金属音と、何か肉体がぶつかった音。そして、突然聞こえなくなった颯馬の声。
人々の焦りと、困惑が入り交じる声がスマホの向こうに聞こえている。
「颯馬?颯馬?!颯馬っ!!」
嫌だ、。こんなの。…嘘だろ、…おかしい。
こんな想像、良くない。わかってる。大丈夫。
颯馬じゃない。…大丈夫、。颯馬は俺の部屋のドアを開けて「ただいま」って言ってくれる。
俺は玄関に向かい、そっと座る。
ねぇ、颯馬。
待ってるよ、?俺。
…ねぇ、開けろよ。Specialeから帰って、スーパー寄っても、もう着いてる頃だろ。なに、寄り道してんの?
俺のスマホに、すずから連絡が入る。
「トラ。今住所送ったから、そこ来て?」
泣いている、と言わんばかりの震えた声ですずは俺に伝える。
ねぇ…ほんとになっちゃう。俺が…っ、。俺がヘタレだったから。
「ここ、病院じゃねーかよ、…。」
久しぶりに思い切り走った。
息が上がるほど、走って、飛び込んだ。
「トラ!!」
すずが俺の傍に寄る。答えを、俺は聞きたくない。嫌だ、…嫌だけど、。物語ってる、。わかってる。受け入れねーと、だめ、?
ベリーとたまこは二人で寄り添って泣いている。颯馬、見てるか?泣いてんぞ?
お前が大事で大切にしてる、同期の子たち。
「そ、うま…、。」
やっと絞り出した声は震えていて。
「見ない方がいいよ。トラ。」
すずはやっぱり、大人だ。涙を堪えてるくせに。声は震えてる。どうせ、1人になってから、大泣きでしょ、。すずは、こういうのほんとにダメだもんね。涙脆いくせに。
「颯馬、颯馬っ、。」
白いシーツの上。普段の寝相がいい颯馬のままで。頭には白い布がかけられている。
「あ、…ぁ、っ…、そ、うま…、?」
人間じゃない。ツン、とした冷たさに俺の心は壊れた。颯馬が、…俺の大好きな人が、もう、この世には居ない。
手を伸ばして、繋いでも。
耳まで真っ赤にした後、ちゃんと恋人繋ぎに変える、そんな仕草も。
少しだけ見上げられることも。
「颯馬、…颯馬、っ。」
名前を呼ぶことしか出来ない。
冷たくなった、好きな人に、俺は何も言えない。
溢れた涙が、嗚咽混じりに病室の床に滴っていく。
「ぅ、あ…、っ…ぐ、っ…ふ、っ…」
俺、…ねぇ、颯馬…、?俺さぁ…、。
「トラ。…颯馬、は、おじいさんが運転してた車に轢かれて、壁に叩きつけられたんだって。アクセルと、ブレーキ、踏み間違え。なのに、ずっと離さなかった、ってね。」
「は、?」
すずに名前を呼ばれても、俺は答えてあげれない。
眠る好きな人に、。
待っていてくれたのに。
俺が全部あげるのを、予約してたくせに。
「俺は待つよ。」そんな言葉を、言っていたのに。
「俺、っ…今日、誕生日だよ、?」
颯馬は誰よりも早く、俺に「おめでとう」と言ってくれていたけれど。
そこからの記憶なんか朧げだ。
葬式も、火葬も。
「…なんで、颯馬を俺が抱えるの、?」
俺の両手に収まるくらいに小さくなった颯馬が、俺の腕の中にいる。
これは今度、ご両親の元に送られるから。今だけ、今だけは俺と一緒にいて。
「渚さん。」
雰囲気は颯馬に似た、でも目元は泣き腫らして真っ赤になった女の人が俺に話しかける。
「これ、あげる。」
小さくて白い入れ物を俺に渡す女の人。
「颯馬の。…君も、颯馬を想うでしょ。あげる。」
中には、あいつの骨が。
あぁ…、そうか、。そうだよね。俺の…、恋人は。
「あ、りがとう、ございま、す。」
やっと絞り出した声で感謝を伝えて。
俺は自分の部屋に帰った。
ボロボロになった体を、どうにか玄関に入れて。
リビングに向かって。あ、…小バエ。
そうか。豚肉、出したままだった。捨てなきゃ。
颯馬、颯馬はここね。…ずっと、俺の傍にいて。
小さな小さな恋人を俺は抱き寄せて。ソファに倒れ込んだ。
目を閉じれば、脳裏にこびりついた颯馬の声が、颯馬の表情が、颯馬としたことが。
全部、全部思い出されて、。
「俺っ、…俺は、っ」
何も言えなかった。
何も伝えれなかった。
俺の本心を、本音を、本当を、心を。見せてあげれなかった。
誰よりも好きだったのに。
誰よりもお前のそばにいて、誰よりも俺の傍にいてくれたのに。どうして。
「“どんな渚でも俺は好きだよ”」
もっと、早く。言えてたなら。
俺は本当はすごく弱くて、弱虫で、ヘタレで、泣き虫で、それから、。
「颯馬…ぁ、。」
あ、愛する人の名前を呼んで。
何度も、何度も、呼んだ。
いないって分かってるのに。もう、泣き止みたいのに。
「お前からの誕プレ、これかよ、…、。最悪じゃんか。」
遠くで蝉の声がする。
君のいない夏が、またやって来る。
颯馬がいない世界が、今日も巡る。
俺はいつまで、こうしてるんだろう。
動けない。ずっと、このままで。
あの日の、7月15日のままで。
『20xx年、12月21日のニュースです。
都内某所で25歳前後の男性が自宅で死亡しているのが発見されました。
発見された当初、男は小さな骨壷を抱えていたそうです。警察は自殺とみて、捜査を終えています。』
酒寄side
俺がもう少し、踏み込むのが早かったら。
俺がもう少し…強くあれたら。
「渚ー。」
Specialeで、店内清掃をしながらキッチンにいる渚に声をかける。俺より少し高い目線で、ムカつくけど、それが渚だからいい。
かっこいい、俺の恋人。
初めて会った瞬間、良くないと思った。俺たちは同期で、友人になると、そう悟っていた。だけど、抑えられない。俺は、「友達」になればこの感情を全部投げ捨てることができるのに、したくない自分がいた。
渚に触れたい。
渚に近づきたい。
もっと、あいつを知りたい。もっと、教えて欲しい。
見せて、…話して、俺にお前の“心”をちょうだい。けど、くれないのが渚だよね。
「俺、渚に恋してるよ。友達、とか思ってない。」
言ってしまう本音だった。これで断ってくれるなら、良かった。…気まづくなるのは俺より渚で、でも俺は友達にも、なれるから。大丈夫で。
「俺、も…颯馬が好き、…」
それだけでいい。ほんの少しだけ見せてくれた渚の本音が。俺の心にじんわりと、温かさとして広がっていく。
もっと、見せて。もっと教えて。渚、ねぇ、お前は何を抱えてるの、?俺には教えれないことなの?俺じゃ、…頼りにならない?
例えそれが、渚が泣くとしても、自虐でも、自己否定でもなんでもいい。俺に教えてよ、渚のこと。でも、わかってる。
「まだ、隠していていいよ。」
それが俺に出せる、今最大の答えだと思った。いつか、いつかでいい。
だから、さ、…。
「いつか教えてね、渚。」
「俺は渚が伝えてくれるまで、ずっと待つよ?
渚のペースでいいじゃん。」
渚、ゆっくりでいいよ。どうせ、俺ら死ぬまで一緒でしょ。どちらが先かわかんないけどさ、おじいちゃんになったって、どうせオタクみたいな会話するでしょ。ゲームしてさ、楽しむでしょ。Speciale辞めたって、俺らはずっと一緒でしょ。なら、別に今じゃなくていい…だけど。
「渚、渚のペースでいいってば。」
無理やり近づこうとしないで。そんな渚は俺は愛せるけど、無理やり強制なんかしたくない。渚が、渚で居てくれるならそれでいい。
そんな風に俺は、頑張って伸ばされた渚の手を見て見ぬふりをして、そっと自分の後ろに隠す。
渚が近づけば、俺が離れて。俺が近づけば距離を取るのは渚の方。
「だけどさぁ、俺ね、待て、はできるけど。耐え、は無理なの。
俺は渚に触れるよ。渚にふれていたいから。」
ちゃんと事前申告はした。報告済み。なら、いいでしょ。
そう思って、俺は少しだけ開かれた渚の唇に自分の唇を重ねた。
ほんの少し、甘いね。俺がさっきまでチョコ食べてたから。渚の体温に溶けたチョコが俺の口に広がる。渚の唇のようで、俺は貪った。
何度も、何度も。味わうように、味わせるように。
渚の後頭部に手を添えて、ぐっ、と近づける。
くちゅ、なんて水音が鳴って、俺を興奮させていく。甘く、蕩けた表情で、耳を真っ赤にさせる渚の耳をそっと撫でる。びくっ、と揺れる肩に、笑みを零して。
「渚。」
ねぇ、渚。お前の目に映る俺はどんな感じ?お前に欲情して、くだらないほどに獣みたいな俺?
「俺に抱かれて。」
「えっ?!…や、っ…俺は、っ」
どうせ「俺が颯馬を抱きたいよ、?」って言うんでしょ。そんな答え要らないよ。聞いてないもん。
「渚、俺に愛されて。心なんかいつでもいいから。…渚を俺に愛させて。」
渚の少し太めの首に唇を這わせて、それから、時折マーキングするように噛みつく。もっと、俺のってわからせたい。俺だけの渚だって、渚にわかってて欲しい。
もふもふのジェ〇ピケの渚の部屋着に顔を埋めて、そのまま見上げる。
「んぁ、っ…ぁ、。」
女の子みたいな、甘く抜けた声が渚からする。
「かわいいよ、渚。」
素直に出てしまった。あまりに可愛いから。
「渚、だめ、?」
渚は俺の顔に弱いから。それくらいは知ってる。お前が俺に弱いことくらい。だから、ちゃんと見て。
「わかった、わかったから。…だ、抱かれる側は、色んな準備があって、っ…今すぐは無理だからっ」
「わかった。」
そっか。そうだよね、本来はその役目じゃない。ほんとなら、渚も俺も抱く側なんだから。でもいいよ、渚のために俺は“待つ”よ。
けど、大人しくする、とは言ってない。俺は安堵のため息をついた渚の手を取り、引き寄せ、少しだけ強めに渚の首に噛みついた。歯型が赤くなって、渚の白い肌によく映える。
「予約。」
ね、俺の事で頭いっぱいにしてよ。渚。俺だけのことしか考えられなくなってよ。
「次の渚の誕生日。俺、お前のこと抱くから。」
準備はちゃんとしといて。それから、心の覚悟とやらとかもね。
《渚〜、俺お肉食べたい。》
「わかったよ。何肉がいい?」
《豚。》
「じゃあ、生姜焼き、作るわ。」
《今帰る〜。》
今日は渚の誕生日で、俺が渚の家に泊まる日。
Specialeの締め作業を終わらせ、渚に電話しながら、俺は渚の家に向かう。
スーパーに寄って、渚が無くなった、と言っていたお酒と、俺らが飲むようのお酒を手に取り、お店を出る。
夏の気温と匂いが広がる、そんな空気に、俺は微笑んだ。
きっと、今日こそは。
俺はそういう意味の期待に、心が鼓動した。
渚の肌に触れて、もっと深く、俺を刻んで。
少し低めの優しい声が掠れて、甘くなった鳴き声をあげる。
俺の名前を呼びながら、きっと蕩けた顔をしてて。瞳は涙いっぱいになってて。
サラサラの渚の髪が、白いシーツに広がって、俺はそれにキスをするんだ。
…そんな浮かれぽんちみたいな妄想で、俺は少しだけ早足になった。
まだ、見せてくれないけど。
まだ、何も教えてくれないけど。
まだ、渚から“渚トラウト”を貰えないけど。
渚がなんか考えてる?俺の言葉に、返答がないから、何度も渚を呼ぶ。
《渚ー?ね〜、渚ぁ?》
「あ、ごめん。生姜焼きの調味料選んでた。
颯馬、野菜も食べようね?」
《やだ。》
「やだって、何だよ。」
嫌だろ。野菜は要らない。出されたら全部食べるけど。渚が作るなら食べるけど。
その時だった。
何かが俺の体にぶつかってきた。
鈍い衝撃。骨の奥に響く嫌な音。
息が詰まる。足が地面から離れて、無理やり押されていく。
壁が目の前に迫った。逃げ場なんてどこにもない。
ぐしゃり、と何かが潰れる感覚がした。自分の体の中なのか外なのか分からない。
視界の端で、車のヘッドライトが滲む。
痛い。痛いはずなのに、思ったよりも痛くない。
いや、痛いのかもしれない。ただ寒い。
肺の奥で何かが詰まって、声が出ない。
壁に押し付けられた自分の足が変な方向に曲がっているのが見えた。
こんな形になるんだな、と思った。
頭がぐらぐらして、世界が遠ざかっていく。
息をしようとしても空気が入ってこない。
目を閉じたら、もう何も見なくていいのに
そんなことを思いながら、意識が滲んだ。
「な、ぎさ…。」
最期に呼ぶなら、最愛の人がいい。届かなくていい、分からなくていい。ただ…もしも、神様がいるなら、…渚に届けて。俺の…この愛を。
「愛してる。」
やっと言えた、声はきっと音になんかなっていない。
どこか遠くで人の声がする。はっきりとは分からない。言葉の輪郭が水の底で揺れているみたいだ。
「意識なし…」
「搬送急いで!」
誰かが叫んでいる。誰に向かってだろう。耳の奥で、サイレンの音が小さく震えている。不思議だ。もう目は開かないし、体も動かないのに、音だけはやけに鮮明だ。
誰かが何かを持ち上げた感触が微かに伝わる。担架に乗せられているのかもしれない。遠くで誰かが泣いている。誰が泣いているんだろう。泣き声が混じって、サイレンが鳴り響いて、人の足音がバタバタと行き交う。
冷たい空気が頬に触れる気がした。でも息はもう、吸えない。
声も出せないまま、音だけを背中にくっつけて、自分は遠くへ運ばれていく。
サイレンの音が遠ざかる。もう少しで、何も聞こえなくなる気がした。
その時にわかった。
「俺は死んだ」のだと。まぁ、22歳?はやくねぇ?まぁ、いっか。こういうことも、ある。
え…。
「俺、渚のこと抱きたかった。」
未練があるなら、これ。渚の肌に触れたかった。俺を刻みたかった。
目を閉じたはずの暗闇の奥に、細く光る道が見えた。どこか深いトンネルの中を、自分だけが静かに流れていく。空気はひんやりとしていて、遠くで水の滴る音がする。怖さはなかった。ただ、足が勝手に前へ進む。
トンネルの向こう、ぼんやりと白く滲む光が見えた。光に向かって進むと、急に風の匂いが変わる。土の匂い。草の匂い。花の匂い。
目の前にひらけたのは、どこまでも続く花畑だった。小さな白い花、揺れる黄色、遠くには紫の花も咲いている。風に揺れる花々が、波のように道を示してくれる。
花の海の向こうには、ゆっくりと流れる川が見えた。向こう岸は霞んでいて、誰かがいるようにも見えるし、何もないようにも見える。
花びらが一枚、頬に触れた。もう痛みはない。苦しさもない。息をしているのかどうかさえ分からないけれど、不思議と怖くなかった。
ここから先へ行くのか、それともまだ行かないのか。花畑を渡る風だけが、そっと背中を押してくる。
「あ〜…死んだな、俺。」
え〜、渚の事だから、生きれないだろ。無理でしょ。俺が居なくてあいつが生きれるわけないじゃん。
「待っててあげよっと。」
今度は俺が渚を待つ番。いつでもいいよ、ずっと待つよ。
「俺があげたプレゼント、俺の死って。
最悪すぎる、…。」
恋人にあげちゃいけないものティア1だろ。
はぁ…、暇だ。ゲームできないし。LOL出来ないし。はぁ…、ゲームしたい。
そっと俺は草むらに寝転がる。なぜかこの世界にも空はあって、白い雲が流れていく。
穏やかな世界で、俺は目を閉じた。
それからどれだけ経ったのだろうか。
突然、俺は目を開けて、起き上がる。
風に吹かれて、汐凪のような人が俺の視界に入る。
「渚、。」
「颯馬…、。」
白いシャツが風に靡き、俺らの間を花びらが降り頻る。
思わず走った。どちらが先か、なんて知らない。けれど、俺も渚も走った。
「渚っ!!」
「颯馬っ。俺、…おれはっ、おれ…っ、ほんとは。」
「いくらでも、時間はあるから、今じゃなくていい。渚のペースでいいよ。」
落ち着かせるように、渚の額にキスをした。
「あたたかいね、渚は。」
「颯馬だって、ドキドキ鳴ってる。」
それは、俺らが見せた幻想か、理想か。それとも、夢か。
伝えられる時に伝える、それが人だからこそ出来ることで。それでも今日を生きる。
まだ、何も見せてくれない恋人を想って。
また、skyrが攻めの微エロが含まれているので、苦手な方はバックしてください。
また、死ネタになります。