Post

Conversation

査読が「匿名」であることと、実質的に匿名性が機能していることは別問題です。とりわけ日本のラカン研究のように母数が小さい領域では、扱う文献、問題設定、引用傾向、文体、発表歴、研究会での発言、普段のコミュニケーションの癖などから、執筆者や査読者をかなりの程度まで推測できてしまいます。 実際、レゾナンスのように、査読者が誰であるかを明らかに読み取ることのできる紀要論文のコメントがある場合、その文体的特徴、論点の立て方、言い回し、批判の作法、普段の発言傾向などを照合することで、ラカン協会や日仏哲学会などの学会誌における査読コメントについても、原和之氏によるものと思われる特徴を読み取ることは可能です。もちろん、これは制度的に開示された事実ではないため、断定とは区別されるべきです。しかし、少なくとも「匿名査読だから特定人物の関与は考えにくい」と言い切ることはできません。 また、学会の構成員が人文学研究者、心理士、精神科医など多様であることも、それ自体では査読の公正性を保証しません。実際に査読を担当するのは構成員全体ではなく、当該論文のテーマに近い限られた査読者です。ラカン研究の専門論文であれば、結局は狭い研究者ネットワークの内部で査読者が選ばれる可能性が高く、その場合、個人的関係、学派的対立、過去の発言、研究上の立場の違いが評価に影響しうる構造は残ります。 そもそも私はラカン文献学なので、同じようなスタイルの原氏が査読すると考えるのが自然ではないでしょうか?このことを佐藤さんはよくご存知のはずです。 いずれにしても、「匿名査読である」「学会構成員が多様である」という一般論だけでは、私の主張への十分な反論にはなりません。問われるべきなのは、制度の建前ではなく、実際に匿名性がどの程度機能していたのか、査読者選定に利益相反や個人的関係への配慮があったのか、査読コメントが学術的理由に基づくものだったのか、そして不採択判断に対して検証可能な説明責任が果たされていたのか、という点です。 日本ラカン協会はこれらの点について配慮ある規則やルールを整えているのでしょうか?査読者と投稿者が対立関係にある場合の対応策を明示していましたか? お答えください。
Quote
佐藤朋子
@TS25424766
Replying to @TS25424766 @CryptoElpato and @KuwaharaTabito
さらに情報が必要であると感じています。また、私が持つ情報のかぎりでは、論文のリジェクトに関する桑原さんの主張のうち、少なくとも日本ラカン協会に関わる部分に関しては、査読システム(匿名です)と学会の構成員の多様性(人文学の研究者から心理士や精神科医までいます)からして、