■ヴァンガード誕生秘話 ― あの現場のリアル・第七回「ニコニコとヴァンガード」
2011年1月8日(土)。
ヴァンガードのアニメが、ついに放映開始されました!
今回の話の核は、
「ヴァンガードのアニメが放映されて、人気になった」
という単純な話ではなく、
「ニコニコ動画最盛期と完全マッチしたヴァンガードという作品の幸運」
について、改めて説明していきたいと思います。
その前に、当時の空気を思い出すため、アニメの画像を見ていきましょうか!
この弾幕文化こそニコニコ動画。
後期OPで顔が出た時には、「徹子?徹子じゃないか!!」と言われて爆笑。
いやこれ、初心者にティーチングする際には正しいんですよ(笑)、無機質にルールだけ教えるよりなにかに例えたり、戦いの場をイメージさせたほうが、ルールを理解させやすいんです。
ただ、櫂くんがわざと負ける「弱いプレイング」をするのはティーチングとしては正しいんですよね。
つまり櫂くんは「自分の力でカードを取り戻せ!」とか言っておきながら、丁寧にティーチングしている。
さて、当時の記憶を思い出していただいたところで……
当ブログシリーズは、TCGヒストリードキュメントであると同時に、TCGノウハウ分析記事でもあります。湯治のニコニコ文化とヴァンガードの関係性について、考察しましょう。
まず最初に、
「ヴァンガードのアニメは、スターター発売の1ヶ月半“前”に放映が始まった。」
という事実。これについて木谷社長から伺ったことがあるのですが、
「アニメが放映されて、人気が広まって『欲しい』と需要が広まってから、カードを販売すべき」
という、計画的なものでした。
単にアニメ放映とカード発売の時期をシンクロさせるのではなく、あえてずらす。
これは、いつの時代でも通用する最適解ではないのかも知れませんが、少なくとも当時の時代感には合っていました!
当時、ニコニコ動画という“文化圏”が存在していた。
そこでは既に、『遊戯王MAD文化』が爆発的ブームになっていて、カードゲーム世代の多くがニコニコで感情や思い出を共有していた。
さらにブシロードは、探偵オペラ ミルキィホームズでニコニコ層との接続に成功していた。
その流れの中でカードファイト!! ヴァンガードは、「遊戯王MADを愛する世代が、“次にみんなで盛り上がれるカードアニメ”を求めていたもの」であり、「ミルキィで自分達を楽しませてくれたブシロードのアニメ」として、期待を集めていた。
――すなわち、「ヴァンガードは“ニコニコ文化圏の文脈”に極めて噛み合っていた」という事ですね。
しかも重要なのは、これは単なる“宣伝媒体”ではなく、
「視聴体験そのもの」がニコニコだった
という点です。
つまりヴァンガードは、
「テレビで見る作品」だけでなく、
「みんなでコメントしながら騒ぐ作品」
として消費されていた。
さらに、
「イメージしろ!」
「ぺろぺろ」
「モリカワァ……」
各種決め台詞やリアクション
などが、ニコニコ的な“共有言語”になり、
そのままリアルのデュエルスペースに逆流していったのです。
当時のニコニコ動画は、“同時視聴による熱狂”が強かった時代です。
コメントが流れ続ける事で、視聴者全員が「同じ空間にいる感覚」を共有していた。
つまり、カードゲームという“みんなで盛り上がる遊び”と、ニコニコ動画の文化は、非常に相性が良かった。
この視点はかなり重要だと思います。
事実デュエルスペースでは、ヴァンガードのプレイとニコニコでのネタは、
「同じものを見ている仲間であること」
の確認作業となり、非常に心地よいものでした。
この様に、大好評のうちに立ち上がったヴァンガード。
1ヶ月半後の2011年2月26日、
ヴァンガード スターター 「聖域の光剣士」「帝国の暴竜」が発売されます。
アニメが1ヶ月半も盛り上がり続け、どこのデュエルスペースでも話題になっていた頃、ついに発売したスターターは、爆発的ヒットを呼びました!
そして、それからブースター第1弾「騎士王降臨」の発売まで、更に一ヶ月待たされます!
そして……ブースター発売日は2011年3月12日(土)!!
僕はその前日、
「明日はいよいよ発売だ!開発に1年以上関わってきたヴァンガード……ついにここまで来た!明日はブースターを滅茶苦茶売るぞ!」
と朝から気合を入れまくっていました。
しかしその、発売日の前日に、大事件が発生します。
東日本大震災です。
次回、第八話、最終回(予定)
「発売と震災」
我々はこの未曾有の危機(正に、文字通りの未曾有の危機)と、いかに戦い、乗り越えたのか。
あの時、メーカーとユーザーの一体感を生み出したのは何だったのか。
ご期待下さい。
(記事は火曜日公開予定です)


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