知恵袋ユーザー

知恵袋ユーザーさん

2017/3/27 14:08

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不運や不幸というのは本人の徳の足りなさからくるとおもっているのですが、どうですか? もちろん生まれつきのものとか、全てがそうとはいえず一概には言えませんが 例えば、大事な日に限って雨に降られるとします、それは本人の徳が足りなさが原因であると考えます。 徳を多く積んでる人は、この世的な言い方をすれば、それだけ比較的自分の思い通り(運がいい)の人生を送れるのではないかと、さっきの例で言えば大事な日は必ず晴れるみたいな あと周りを見てて、因果応報というか、自分のした事ってやっぱり自分に返ってくると思います。 他人にした事は、神にした事であり自分自身にしたことであるという言葉の通りです。 他人に多くの徳を積んでいるとそれが返ってきます。すると運がいい状態になります。 もちろん全ての物事がそうだと言うわけではなく一概に言えないと思いますが 今までの人生経験からそう考えるようになったのですが、スピリチュアル的にはどうですか?

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仮に徳というものが他人にとっていいことをすることで詰まれるのであれば、 いかに本性が悪人であろうと、例えば慈善活動や寄付をすれば徳の多い人だと言えると思います。 例えばデイヴィッド・ロックフェラーという大富豪がいたのですが、彼は悪魔崇拝者であり裏で色々と悪事を働いているようです。ですが一方で慈善活動や多額の寄付を行なっているため、あなたの考えでは徳のある人物だと言えます。 彼の本性は善人とは程遠いと思いますが、本性がどうあれ、慈善活動等で他人の役に立てば運は良くなるのがスピリチュアル的な法則なのかもしれません。 なるほど、確かに彼は自分の思い通りの幸運な人生を送ったのかもしれません。 ですが、私は彼のようにはなりたくはないですね。 例えば、消防士がいたとします。 その消防士は、消火活動で10人の命を救いました。 ですが、その消防士は実は本性が歪んでいて、 自分の楽しみのために影に隠れて人を1人殺しました。 彼は善人ですか? 善人か悪人かの話ではなく、 幸運か不幸かの話なのかもしれません。 でも、いかに徳を積んで幸運でも、悪人になりたくはないですね。 少なくとも私は。

〉福音書男さん 悪口を言われたので書いておきます。 許せ、と言いますが。 もう既に終わった話だと思っていませんか? 毎日続いているのですよ。それも日々エスカレートしています。 ご存知だと思いますが。 例えばあなたの家が毎日押しかけ強盗に遭っているとします。 金品を盗まれるだけではなく、 あなたに罵声を浴びせた上、物を投げつけてきます。 性質の悪いことにその強盗は警察を買収済みであり、通報しても無駄だとします。 それが一年以上ほぼ毎日続いているとします。 あなたは我慢できますか? 更には許せますか? また、自分で言うのもおこがましいのですが、私が本当にあなたが例に挙げたような人物なら、延々粘着されたりしないと思いますよ。

福音書男です。 徳というものは、ご先祖様から来ている、そして自分も積むもの。 誰にも知られないところで、困っている霊に貧しい人々のプラスになってあげる事で、徳は確実に増えます。 イエスは盛んと許せ!と言ってる。霊に貧しい人々に施す事は、許してることにも繋がるのです。 霊に貧しいとは、お金だけではなく。頭が悪い、能力がない、ブサイク、モテない、嫌われ者、人気がない、体が弱いとか、障害を、持ってるとか、親が早くからいないとか、 現実的に不幸な人々の事。その人は輪廻的に悪事を働いたからではなく、たまたまそうなっただけ。 徳を積む事で、人生が安定するのは間違いないですね。 知恵袋は、理論の世界、文字の世界、だから慈愛なんて言ってられません。正しい理論を通さないといけない場所。 私とリアルで会った人間は、知恵袋よりいい人と言ってくれてます。 リアルでは、下ネタも言わないし、馬鹿をやり込めることもないし、 仏と言ってくれる、美女アルバイトが、多くいるくらいですから。 ブスは褒めてくれません。悪口ばかり。 家庭がおかしいというのは、明らかな徳不足。男女がスムーズに行かないのも、徳不足です。 仕事がうまく行かないのも、望む様な人間関係に成らないのも、徳不足です。 どーすれば徳を積めるか?なかなか難しい問題ですね。神との義を果たすことをすべきです。 困ってる人を助ける事、貧しい人に施す事。なんかそうですね。

自分的な考えですが、徳があってもなくても不運や不幸は人生つきものだと思ってます。大殺界という言葉があるように人間誰しも運気が下がり苦労する時期が何年もの間避けて通れない道であると思っているからです。しかし前向きに考えると乗り越えられないわけではないので、ポジティブに生きてきたらとなんだかんだなんとかなってきました。今の幸せを考えると特に私は徳は積んできてはないけど、諦めなければ不運や不幸を幸運、幸福に変えられる事を学びました。なぜだか天気に関してですが「天が味方してくれてる」って思うことがやたら多い気はします。それとは別にある知人の密教の人は天候変える術とか使えるようですが・・・神秘ですね!(興味なし)

ID非表示

ID非表示さん

2017/3/27 17:25

他人にしたことは神にしたことと同じ 自分にしたことと同じ全くその通りです 苦難困難によって魂が磨かれるということもあります 精錬されて金のように光るということもありますので 一概にはつらいことが悪いこととは言い切れないようです 雨が降っても感謝できるようにするという受け止め方というのもあると思います

不運や不幸は、自分の思い通りにいかない現実を嘆く言葉だと思います。自分にとって大事な日に雨が降ればイヤだなと思う。雨は嫌だ、晴れならいいと分別する心が思い通りにならないという苦しみを生んでいるのです。 徳を積んでいる人は、晴れでも雨でも現実をありのまま受け入れ、今この時を精一杯生きるのです。 因果応報はあります。他人に良いことをすると、いつかは自分に返ってきます。