エクソソームとドーピングFAQ
このnoteは美容クリニックのエクソソーム点滴がWADA基準でドーピングに該当しうるという立場から、その理由と根拠をFAQ形式で展開しています。特定の格闘家やアスリートを攻撃する意図はなく、アンチドーピングの議論のきっかけになればというのが願いです。
Q1.そもそもWADAの禁止リストに「エクソソーム」は載ってないよね?
→はい、載っていません。エクソソームは身体に自然に存在するものなので、物質名として単独で禁止指定されるタイプではない。しかしWADA自身が持久力パフォーマンスに大きく関連する造血におけるエクソソームの働きを研究しているというのが現在の状況。
WADA:Exosome proteomics to detect biomarkers of erythropoietin (EPO) use in athletes
エクソソームは、血液や尿中に存在するタンパク質を含む小さな細胞由来の粒子です。miRNAやその他のタンパク質を含むエクソソームの細胞間コミュニケーションにおける重要性が生理学的プロセスにおいて明らかになったのはごく最近のことで、その機能は複雑で、まだ大部分が不明です。エクソソームは、赤血球による酸素運搬能力と持久力パフォーマンスに大きく関連する造血(新しい血液細胞の生成)に関連するさまざまな血液プロセスにおいて複雑かつ重要な役割を果たしているようです。
👉エクソソームは血中に自然に存在するもので禁止リストには載っていない。ただし外部から薬理作用のある「エクソソーム製剤」を体に入れることはWADAのさまざまな禁止カテゴリーに抵触しうる。まずはこれを理解したい。
Q2.USADAに「エクソソームは禁止されない」って書いてるよね?
→USADA2024年のドキュメントの中に「In most cases, exosomes are not prohibited.(多くの場合エクソソームは禁止ではない)」と書いてる。ただしこの文脈で例示されているのは、あくまで<自己由来><損傷部位への局所注射><医療目的(治療)>のケースであり、美容クリニックが行う他家由来エクソソーム製品の静脈点滴 は、この範囲には含まれていない。
What Athletes Need to Know About Exosomes
There are many clinics that offer all kinds of cell or blood-based therapies to treat medical conditions, including injuries to muscle, tendon, and ligaments. The most common type of therapy advertised is where the clinic takes blood from the patient and then isolates a component of the blood to reinject back into the patient, often at the site of injury.
筋肉、腱、靭帯の損傷など、様々な疾患の治療に、細胞療法や血液療法を提供するクリニックは数多くあります。最も一般的な治療法は、クリニックが患者から血液を採取し、その血液成分を分離して、多くの場合は損傷部位に再注入するというものです。
Examples include Platelet Rich Plasma (PRP), which concentrates plasma and platelets, stem cell therapies that isolate stem cells from the blood, or exosome therapy, which isolates stem cell exosomes (a type of extracellular vesicle) and reinjects those back into the patient. There are other types of procedures in addition to these.
例としては、血漿と血小板を濃縮する多血小板血漿(PRP)、血液から幹細胞を分離する幹細胞療法、幹細胞エクソソーム(細胞外小胞の一種)を分離して患者の体内に再注入するエクソソーム療法などが挙げられます。これら以外にも、様々な治療法があります。
Recently, extracellular vesicles, such as stem cell exosomes, have been explored and advertised as a form of personalized medicine. One common procedure is for blood to be harvested from the patient’s own body, then the extracellular vesicles are isolated in some way by removing all of the cells (i.e., red and white blood cells and any other circulating cells are removed), and then the vesicles are reinjected back into the patient. As with all biologics, the anti-doping status is related to the actual contents of the product and whether any prohibited substances were added in the preparation of the product.
最近、幹細胞エクソソームなどの細胞外小胞が、個別化医療の一形態として研究され、宣伝されています。一般的な手順の一つは、患者自身の体から血液を採取し、何らかの方法で細胞外小胞を単離し(赤血球、白血球、その他の循環細胞など)、その後、小胞を患者の体内に再注入することです。他の生物学的製剤と同様に、アンチ・ドーピングのステータスは、製品の実際の内容と、製品の製造時に禁止物質が添加されたかどうかに関係します。
👉USADAが禁止されないと書いているのは、自己の血液 → 分離 → 局所に戻す再生医療であって、美容クリニックで行われる製品としてのエクソソーム点滴(他家由来)とは別物。
Q3.その自己由来の「エクソソーム治療」って具体的にはどんなやつ?
→エクソソーム治療を公表したNFL選手と、UFCでは幹細胞治療の事例を貼っておきます。自己由来・局所注射・治療というルールを守っているから許されている。
(事例)エクソソーム治療=自己由来を公表した選手
Jimmy Graham選手NFL(2018)
(事例)幹細胞治療=自己由来を公表した選手
Aljamain Sterling選手UFC(2011)
👉USADAが「多くの場合エクソソームは禁止されていない」と書いているのは、このような<自己由来の治療>に限ってのこと。この線引きは幹細胞治療についてのドキュメントでより明確に確認できます(参考までに)
Q4.美容クリニックのエクソソーム点滴はなぜダメなの?
→美容クリニックで使用されるものは「他家由来の培養・製剤化されたエクソソーム製品(products)」であり、USADAが例示する 「自己由来・局所治療としての exosome therapy」 とは位置づけが異なる。FDAは現在、エクソソーム製剤を医薬品・生物製剤として規制しており、「承認された製剤は存在しない」と明言している。
Exosomes used to treat diseases and conditions in humans are regulated as drugs and biological products under the Public Health Service Act and the Federal Food Drug and Cosmetic Act and are subject to premarket review and approval requirements. Clinics may claim that they these products do not fall under the regulatory provisions for drugs and biological products – that is simply untrue.There are currently no FDA-approved exosome products.
ヒトの疾患や症状の治療に使用されるエクソソームは、公衆衛生サービス法および連邦食品・医薬品・化粧品法に基づき医薬品および生物学的製剤として規制されており、市販前審査および承認の要件を満たしています。クリニックは、これらの製品は医薬品および生物学的製剤の規制規定の対象外であると主張するかもしれませんが、これは全くの誤りです。現在、FDA(米国食品医薬品局)の承認を受けたエクソソーム製品はありません。
The FDA goes on to clarify that anyone considering regenerative medicine, including stem cells, exosome products, or anything derived from adipose tissue (stromal vascular fraction), umbilical cord, Wharton’s Jelly, or amniotic fluid, should be aware that none of these have been approved to treat tendonitis, tennis elbow, or pain of the back, hip, or knee. Exosomes and other regenerative medicine products are advertised for many other conditions as well, but are not approved for such uses.
FDAはさらに、幹細胞、エクソソーム製品、脂肪組織(間質血管分画)、臍帯、ウォートンゼリー、羊水などから得られるあらゆるものを含む再生医療を検討している人は、これらのいずれも腱炎、テニス肘、背中、股関節、膝の痛みの治療薬として承認されていないことに注意する必要があると明確に述べています。エクソソームやその他の再生医療製品は、他の多くの疾患の治療薬としても宣伝されていますが、これらの用途には承認されていません。
👉アンチドーピング機関がアスリート向けに警告文をだすほど問題視している「エクソソーム製品」がOKなはずがない。ここまでがUSADAの文章の解釈です。
Q5.WADA禁止カテゴリーのどこに該当するの?
→M3(細胞ドーピング)、S0(未承認物質)、S2(成長因子)、M2(100mlを超える点滴)の4つの禁止カテゴリーに該当する可能性がある。実際には選手が所属するアンチドーピング機関が調査して懲罰を決めるのがルールなのだけど、ここではそれぞれのカテゴリーに該当する理由を書いておきます。
👉M3該当の理由:エクソソームは細胞由来なのでカテゴリーとしてM3細胞ドーピングの規制対象。USADAが言及している<許可された使用=自己由来の局所注射>から逸脱した美容クリニックの用法はM3違反と考えるのが妥当。
M.3 Gene and Cell Doping 遺伝子および細胞ドーピング
Keep in mind, for cellular components to be prohibited, they have to be performance enhancing, or have the potential to be performance enhancing. Athletes can read more about permitted uses of stem cells or exosomes (which are organelles) on the USADA website.
細胞成分の使用が禁止されるためには、パフォーマンス向上効果があるか、その可能性がある必要があることを覚えておいてください。アスリートは、幹細胞やエクソソーム(細胞小器官)の許可された使用について、USADAのウェブサイトで詳しく知ることができます。
👉S0該当の理由:S0はどの禁止表リストにも載っていない未承認医薬品を取り締まるためのカテゴリー。WADA禁止リストの抜け道をなくすための受け皿になっている。よってM3を適応しない場合はS0が適応されると考えられる。
S0 NON-APPROVED SUBSTANCES 未承認物質
Any pharmacological substance which is not addressed by any of the subsequent sections of the List and with no current approval by any governmental regulatory health authority for human therapeutic use (e.g. drugs under pre-clinical or clinical development or discontinued, designer drugs, substances approved only for veterinary use) is prohibited at all times. This class covers many different substances including but not limited to BPC-157, 2,4- dinitrophenol (DNP), ryanodine receptor-1-calstabin complex stabilizers [e.g. S-107, S48168 (ARM210)] and troponin activators (e.g. reldesemtiv and tirasemtiv).
いずれのカテゴリーにも該当せず、かつ人に対する治療目的での使用について、いかなる政府の規制医療当局からも現在承認を受けていない薬理学的物質(例:前臨床または臨床開発中の薬、販売中止となった薬、デザイナードラッグ、動物専用にのみ承認されている物質など)は、常に禁止されます。このカテゴリーは多くの種類の物質を含み、以下はその一例ですがこれらに限りません:BPC-157、2,4-ジニトロフェノール(DNP)、リアノジン受容体1‐カルスタビン複合体安定化剤(例:S-107, S48168 (ARM210))、トロポニン活性化剤(例:reldesemtiv, tirasemtiv)
👉S2該当の理由:美容クリニックのHPには「細胞活性化能力の高いウォートンジェリーと幹細胞の成長因子がバランス良く配合」と記載されている。
👉このウォートンジェリーに含まれるのは、IGF-1/VEGF/PDGF/FGF-2/TGF-β/EGFなど報告されており、これらはWADA禁止表のS2「ペプチドホルモン、成長因子、 関連物質および模倣物質」に該当する。
S2「ペプチドホルモン、成長因子、 関連物質および模倣物質」
成長因子および成長因子調節物質 以下の物質が禁止されるが、これらに限定するものではない。 ⃝ 線維芽細胞成長因子類(FGFs) ⃝ 肝細胞増殖因子(HGF) ⃝ インスリン様成長因子-1(IGF-1)および類似物質 ⃝ 機械的成長因子類(MGFs) ⃝ 血小板由来成長因子(PDGF) ⃝ チモシン-β4およびその誘導因子 TB-500 等 ⃝ 血管内皮増殖因子(VEGF) 筋、腱あるいは靭帯での蛋白合成/分解、血管新生、エネルギー利用、再生能あるいは筋線維タイプの変換に影響を与える上記以外の成長因子あるいは成長因子調節物質
👉M2該当の理由:エクソソーム点滴は100ml以上の生理食塩水で希釈するのが一般的。選手が投稿した動画には200mlの点滴バックが確認できる。これは明らかなM2該当と判断できる。
M2.化学的および物理的操作 以下の事項が禁止される
2. 静脈内注入および/又は静脈注射で、12時間あたり計100 mLを超える場合は禁止される。但し、入院 設備を有する医療機関での治療およびその受診過程、外科手術、又は臨床検査のそれぞれの過程にお いて正当に受ける場合は除く。
👉 上記4つのうち1つでも成立すれば違反の可能性があるが、実際には複数カテゴリーで同時に抵触し得る。ここまでがWADAの法解釈でした。
Q6.でもエクソソームって効果ないんでしょ?
→効果がないとする論文もあるが、効果があったという実証結果もある。再生医療の分野ではPRPや幹細胞と並んで注目される最新の治療方法。世界中の研究機関が予算を投じて効果と安全性を確立しようとしているフェーズ。
👉実際に海外のクリニックではアスリートのパフォーマンス向上を謳っている(美容ではない)
👉ボディビルダーの一部では筋肉のリカバリー目的で使用している(新しいPEDとして)
👉成長因子は血中で消失するという説とブーストするという説がある(プロトコルが確立していない)
👉美容クリニックでの静脈注入による死亡例が報告されていたり低血糖症状が出る場合がある(危険なほどの効果がある)
👉WADAがエクソソームの研究に乗り出している(ドーピング検出のマーカーとして)
このように研究課程であり効果とリスクがわからない状況でWADAがエクソソームをどう捉えるか?
物質又は方法は、次の3つの基準のうち いずれか2つ を満たすと WADA が判断する場合に、禁止表(Prohibited List)への掲載が検討される。
1、当該物質又は方法が、医療的又はその他の科学的証拠、薬理作用又は経験により、スポーツ成績を向上させる可能性を有する又は成績を向上させるものである。
2、当該物質又は方法の使用が、競技者に対して実際又は潜在的な健康リスクをもたらすという医療的又はその他の科学的証拠、薬理作用又は経験がある。
3、WADA が当該物質又は方法の使用が、本規程序論に記載されるスポーツの精神に反するものであると判断した。
👉「パフォーマンス向上の可能性」があり、「健康リスク」をもたらすものは禁止するのがWADAの基本理念。現在研究中のエクソソームが無条件にその使用を許可されることはない。これは議論の大前提ではあるが。
Q7.エクソソーム点滴での罰則事例は?
→公表された罰則事例はありません。エクソソーム自体は尿検査にも血液検査に出ないので、やってる選手がいても基本的にバレない。うっかりSNS等にあげない限りは罰則を食らうこともあり得ない。ここでは隣接した罰則事例を貼っておきます。
(1)競泳ライアン・ロクテが14か月の出場停止
<検査ではなくインスタ写真で100ml以上の点滴=M2違反>
*点滴がSNS写真に写っていただけで処罰された例として
(2)UFCジョージ・サリバンが1年出場停止
<検査ではなく使用申告したサプリからIGF-1が検出=S2違反>
*検査は陰性でも使用した薬から禁止物質が発見された例として
(3)UFCダラウェイ2年間の出場停止
<検査で陽性S2違反、IV点滴+幹細胞治療と主張>
*幹細胞治療でも添加物があったために陽性反応が出た事例として
👉あくまでWADA基準での事例です。日本の格闘技団体の検査や懲罰ルールは治外法権なので関係ないと改めて記しておきます。
その他、疑問や質問があれば更新します
・PEDとしてのエクソソーム(世界のトレンド)
・PRPとのエクソソームの類似と差異(法解釈)
・SARMs(LGD3303)との比較
・美容と薬機法について
・成分分析やってみた
・UsadaとJadaに問い合わせた結果
・・・などなど気が向いたら更新しますね


大変勉強になります🫡