衣服の保留箱
基本的には洗濯をする。
人は着た洋服を洗濯をする。当たり前のことだ。洗濯するのだ。一日着たら洗濯。Tシャツなんて二日連続では着ていられない。夏などは特に汗まみれで洗わない選択はないと思う。
例外もある。
一日中は着ていない。しかも汗もかいていない。洗わなくてもいけるのではないか、というやつだ。それはTシャツというよりはパーカーなどの上に羽織るものだ。たとえば夏の暑い日にカフェに入ると、冷房がとてもよく効いていて寒くて羽織ったパーカーなど。
これも着てはいるけれど、洗う必要はない気がする。もちろんコーヒーをこぼしたとかになれば、洗うけれど、2時間くらい着ただけだし、洗わなくてもいいのではないだろうか、と思う。誰もがそのような経験があるはずだ。
冬場のパーカーとかも、汗をかいてないし、まだ洗わなくてもいいかな、って時があると思う。肌に直接触れていないし、洗わなくてもいいか、となるのだ。もちろん基本的には洗濯するけれど、まだいいか、となるわけだ。誰もがそのような経験があるはずだ。
再度書くけれど、私は基本的には洗濯をする。洗濯の王だと自負するくらい洗濯をするのだけれど、先に書いたような理由で洗濯しなくてもいいか、があるのだ。むしろ洗濯しない方がいいのではないか、とすら思うことがあるはずだ。
そこで私は部屋のドアを開けたすぐの場所にコンテナを置いている。このコンテナを私は「保留箱」と呼んでいる。一旦洗濯するか考えようという衣服、もう一度は確実に着ることができる衣服をその箱に入れている。つまり洗濯するか保留のものを入れているのだ。だから「保留箱」と呼んでいるわけだ。
気づくと、この保留箱に山のように服が積まれていることがある。保留しすぎて、下の方にある服はいつ保留したかわからない。冬のシーズンが終わり、次の冬のシーズンになって発掘される衣服すらある。保留しすぎた結果だ。
保留箱に服が山積みになると私は「遺跡」と呼ぶことにしている。状況により箱の名前が変わるのだ。繰り返しになるけれど、基本的には洗濯するのだけれど、そういうこともあるということだ。
今は季節の変わり目。保留箱は遺跡とかしている。最近、発掘作業をしたのだけれど、いつかの、冬なのだけれど、割と分厚いパーカーが発掘された。洗濯した。結局、洗濯するのだから、もはや保留箱に入れずに洗濯をすればいいのだけれど、保留したいのだ。保留こそがファッションだと思う。



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