ほとんどの人が知らずに損しているカルマの法則
今回は世間ではあまり知られていないこの世の絶対的な法則です。
引き寄せの法則みたいなもので
学校や社会では教えてもらえないけれども全ての人や生き物がそのルールの中で生きています。
全ての願望が叶う潜在意識とは|アルカド (note.com)
この法則を知っていると引き寄せの法則くらい人生を深く理解できます。
これはカルマの法則と呼ばれ簡単に書くと因果応報です。
中国語だと「業」ですね。
「なんだことわざか」
と拍子抜けするかもしれません。
しかし、これは恐ろしいほどの力を持っている法則です。多くの人が知らずに不幸な目にあっています。
まず簡単にカルマの法則の特徴を挙げます。
やったことが100%自分に返ってくる
心が徐々にカルマの色に染まる
死んでも引き継がれる
やったことが100%自分に返ってくる
カルマの法則の基礎知識を簡単に言うと
他人や他の生き物を幸せにした行動・思考=功徳
他人や他の生き物を不幸にする行動・思考=悪行
の二つがあります。
この功徳と悪行が必ず未来にあなたに全部返ってきます。
誰かを傷つければ傷つけられ、愛せば愛され、盗めば盗まれ、布施をすれば与えられ、騙せば騙され、真実を話せば信用されます。
人間をいじめたりしたことある人はそこまで多くないかもしれないですし、殺したことある人が来られても困るんですが、実はカルマの法則は人間以外の全ての生き物も当てはまります。
なので、虫を殺してしまったり、動物をいじめたりとかしても悪行が積まれそれが未来に返ってきます。
お釈迦様の教えで不殺生って教えがあって他の生き物を殺してはいけない、危害を加えてはいけないってあるんですけど、これは道徳的な意味で悪いことはやめましょうって言っているんじゃないです。
全部自分に返ってくるからやめたほうが良いよって言ってるんですね。
カルマの法則の恐ろしいところは反射的に自動で悪行を積み続けてしまっていることです。
誰もそれに気づいてないんです。
誰かにカチンとすることを言われたりして
言い返したり心の中で相手を憎んだり、悪口を思い浮かべたらまた新しい悪行が積まれてまた返ってきます。
殴ったら殴られ、殺したら殺されます。
多くの人はカルマの法則を知らないので永遠にその輪から抜けられないんです。
悪いカルマを積み続ける限り、あなたを害する存在が現れ続けます。
お釈迦様の残された言葉で「人生は苦だ」っていう一つの真実があるんですが、
こういったことをわかってるからですね。それだけでは無いんですが。
この悪口のカルマから抜けるには悪口を言うのをやめるしかありません。
それしか方法はありません。
悪業のカルマが全て返ってきて、それに対してまた新たな悪業を積まないことであなたの悪業が精算され不殺生などのカルマが熟して誰もあなたに敵意を持てなくなります。
これを仏教では忍辱と呼びます。
しかし、これって実際やってみるとわかりますが超難しいです。
何かひどいことをされたら報復してもいいって観念が心に根付いているので、悪口を言われたときに自然にムカついたり相手を憎悪したり勝手に心が動きます。
社会でもやられたらやり返しても良いとか、害虫は駆除するのが普通とか風潮があるんで中々共感も得られず苦労します。
ですが、根気強く反復修習することによって心がだんだんと反応しなくなってきます。
私の話を言うと
虫殺したりとか、人に怒ったり悪口言わない。
たとえ自分が悪くなくて、悪口とか暴言を言われても心の中で相手に対して悪口とか怒りとかを浮かべずに
(あぁ~カルマが返ってきたんだな~)と心を動かさないようにします。
するとだんだん心が悪口とか怒りに反応しなくなってきます。
(この人は自分が悪業を積んでまで私の悪いカルマを落としてくれたのか)と感謝の気持ちすら湧いてきます。
そして不殺生のカルマが熟すと周りの人から敵意を持たれなくなります。
もちろん完璧にはできなかったとしても、なるべく不殺生を守ろうと努力していけば段々とそういった目に会うことは減っていきます。
逆にこれは功徳も全部返ってくるんで、他人、他の生き物について優しくすることを功徳っていうんですが、これも全部自分に返ってきます。
慈悲にはいろんな形があるので例えばこのnoteのように情報発信で読んだ人が幸せになれるようなことを書いたっていいし、実際に他の人に何か物をあげてもOKです。
愚痴を聞いてあげても、陰で褒めてあげても功徳になります。
面と向かって褒めてあげてもいいけどちょっと打算的というかお世辞みたいになっちゃうので、距離感のある人には影口の反対で影で褒めてあげるほうが良いですね。
相手が幸せになってれば功徳です。
これを徹底すると周りの人も優しいというか慈悲深い人がすごく増えます。
老若男女関係なく、あなたのことを尊重してくれて、悪口も言わない人たちが集まってきます。
ことわざだと類は友を呼ぶってあってカルマの法則だとカルマの輪っていうんですが、慈悲のカルマの輪にいる人はそういう人が集まってきます。
これも100%そうなんです。
完全に心が浄化されたら周りの人がそういう人ばっかになります。
心がカルマの色に染まる
一つ目の説明が長くなりましたが、二つ目は心がそのカルマの色に染まります。
例えば心がきれいで悪行を積んだことがない人がいきなり人を殺すことはできません。
心でブレーキがかかるからです。罪悪感がすごいんですね。
法律がどうとか、道徳的にどうとか、いろいろと理由をつけてきて心が止めます。
しかし、ちょっとしたことで他人の悪口を言う。他人にいじわるをする。
これを繰り返しているとだんだんと悪いことが出来るようになってきます。
だんだん相手がより傷つくことを言えるようになったり、いじめて傷つけられるようになってきます。
だから悪行を重ねまくった犯罪者の心の中って相当殺伐としているんですね。
一般人から見たらどうやっても考えられないような思考をしてます。
これは最初は虫を殺してたとか小さな悪行から始まって、動物虐待とか、人に暴力振るったりって段々と心が殺生のカルマに染まっちゃってます。
そして最悪の場合殺人にまで至ると。
もちろんカルマは悪行、功徳だけじゃないんで不邪婬のカルマとか貪りのカルマとか色々あるんですけど、行きつく先はどれも悲惨です。
暴力+貪りのカルマが熟してきて強盗という悪行に手を染めるとかですね。
だんだんと心がそのカルマに染まっていき、できる悪業が増えていきます。
心・潜在意識の習性で繰り返しに弱いっていうのがありますが
まさにカルマの法則もそれに当てはまるということですね。
死んでもカルマはリセットされない
ここから先はお釈迦様のもう一つの教えである輪廻転生がベースとしてあるんで、さらに受け入れ難い人もいるかもしれません。
なので信じてみようかなって気がある人だけ読んでくれれば良いんですが、知らない人のために輪廻転生をまず説明します。
人間は死んだらどうなるのかについて仏教は明確な回答があります。
人間は死んだら天国に行かずに生まれ変わります。
また人間に生まれるかも知れないし、動物や虫になるかもしれません。
解脱しない限り、死んだら100%生まれ変わります。
死んだら来世にお金も肉体も知識も地位も名誉も何も持っていけません。
ですがカルマと心の習性だけは必ず引き継がれます。
心の習性っていうのは今生怒りっぽい人は来世も怒りっぽいです。
根性食いしん坊の人は来世も食いしん坊です。
そして過去生で清算されなかったカルマが引き継がれます。
だから赤ちゃんとかも過去の悪行とか功徳があるから無垢ってわけじゃないです。
これを言ってしまうと社会的にすごく批判されるかもしれないし、受け入れ難いかもしれませんが真実なので言うと
いじめられたり、暴力を振るわれたりするのは全ては自業自得です。過去やったことがただ返ってきてるだけです。
そしていじめている側もそれが今生か来世か知りませんが、必ず返ってきていじめられます。
そのことでお釈迦様のエピソードをちょっと書きたいんですけど長くなっちゃうし、興味ない人も結構いるかもしれないので短めに書いてリンクだけ張っておきます。
ブッダ伝(15)仏の顔も三度まで:釈迦族滅亡の物語 | 至福のヨーガ呼吸法 (m2041s.com)
お釈迦様の故郷である釈迦族が自らのカルマで滅ぼされるんですが、それをお釈迦様は慈悲深いので3回守って救ってるんですね。
それで4回目でお釈迦様は(誰もカルマの流れを止めることはできない)って止めなかったんです。
で、第一の弟子が釈迦族を救おうとしたんですけど、お釈迦様が止めて「カルマのなすがままにさせなさい」って言ってやめさせたんです。そして釈迦族は滅びました。
なので過去生で他の生き物をいじめていた人がいてそれが返ってくる前に死んじゃったからチャラってことにはならなくて、来世で必ず返ってきます。
悪行が多い人はそれを精算するような立場に生まれ変わります。
カルマから絶対に逃れることができないので、
お釈迦様は我々がこれ以上悪業を重ねて苦しまないように五戒ってルールを作ってこれを守りなさいって親切心で言ってくれてるんですね。
これがカルマの法則です。
今回の話は科学的な根拠は全くないので信じたい人だけが信じれば良いですが、別にあなたがこれを信じても信じなくても私にはなんのメリットもありません(笑)
私も別にどっかの宗教に所属してるわけじゃなくてお釈迦様の教えで自分にメリットがあったものを他の縁がある人が知れたら良いなくらいの気持ちで書いてます。
なので妄信する必要は無いですし、お金も別に要りません。
ただ、信じようが信じまいが真実なので
やりたい人はやってみてください。


コメント
1結論から言えば知識の種類によります。
知識の貪りは確かに餓鬼のカルマに当てはまります。
しかし
貪りの対象は全てこの世のものです。
例えば肉体への執着で肉体の鍛え方の知識を入れ続けることで無智が深まり解脱からは遠ざかり、現世と餓鬼、地獄の世界と縁が強まります。
肉体への執着は有身見(うしんけん)といって地獄のカルマだからですね。
無智=情報に流される世界
智恵=悟り
逆に、真理=ダルマを教学、実践において学ぶことは智恵が高まり高い世界との縁が強まります。
教えを学びその素晴らしさをある程度理解できることは菩薩のカルマがあるということなので素晴らしいことであります。
よって智恵を高めるダルマと無智を深めてしまう情報をしっかりと判断できるように入菩提行論などを読まれることで正しい分別が出来るようになるかと思います。