憲法9条改正の最大の壁 「軍国主義への回帰」不安にどう向き合うか #エキスパートトピ
憲法9条改正をめぐる議論は、長年にわたり日本社会を二分してきた。しかし、本当に問われるべきなのは、「改憲か護憲か」という単純な対立ではない。最大の課題は、護憲派が抱く「戦前の軍国主義への回帰」への不安に、改憲派がどう向き合うかだ。力で押し切れば、むしろ反発は強まる。必要なのは、「戦後の平和主義を維持しながら、現実の安全保障とどう整合させるのか」という冷静な議論ではないだろうか。
同時に、憲法9条の改正が、日本が安全保障を過度に米国に依存せず、主体的に国を守るために必要だという視点も、率直に議論されるべきだ。
ココがポイント
軍備力増強にあまりにも前のめりで、加藤登紀子さんのように不安に思っている国民も多いのではないか。
出典:J-CASTニュース 2026/5/4(月)
9条のおかげで日本は救われた。でも高市は「アメリカの尻について戦争ができる国」を実現する努力をこれからも止めないだろう。
出典:週刊金曜日 2026/5/4(月)
日本のために戦う戦力があるのが常識なのであって、そんなものはなくていいという憲法の方が非常識という考え方だ
出典:ABEMA TIMES 2026/5/3(日)
戦後日本は、日米安保条約の分厚い保護膜に守られ独立心を喪失した。「憲法9条に守られた」との幻想まで生み出した。
出典:産経新聞:産経ニュース 2024/1/11(木)
エキスパートの補足・見解
憲法9条改正を進める上で、改憲派が見落としがちなのは、護憲派の多くが恐れているのが「自衛隊そのもの」ではなく、「歯止めがなくなること」だという点だ。加藤登紀子さんのような戦争体験者には、改憲すれば権力への歯止めが弱まり、日本が再び暴走するとの強い不安がある。
日本が再び暴走するとの不安は、ある意味で、戦後民主主義への自信の無さの表れでもある。軍部の暴走を実際に目撃した戦争経験世代ほど、その感覚は強いのだろう。
しかし一方で、戦後日本の平和主義と民主主義の下で育った若い世代には、自らの民主主義に自信を持つ人も少なくない。仮に危険な政権や軍部が現れても、国民の監視や言論の力によって暴走を止められるという感覚である。そこには明らかな世代間ギャップがある。
だからこそ重要なのは、「9条を変える=軍国主義への回帰」というイメージを払拭し、「どこまで認め、どこから認めないのか」を具体的に示すことだ。専守防衛や文民統制、国会承認の義務化など「制約込み」の改正論でなければ広い支持は得にくい。
「どうすれば、厳格な文民統制下で、平和主義と現実的安全保障を両立できるのか」という成熟した議論こそ、日本社会に求められているのではないか。