【速報】「父親じゃないと言われた」殺人容疑で再逮捕の父親供述 京都・南丹男児殺害事件、犯行動機の一つか
京都新聞配信
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事実を言っただけやん 大人なら事実であっても本音と建前を理解しているからストレートには言わへんけど ゆき君は小学生。37歳の大人ならそこは流さんと。 シングルマザーと結婚し、家族になる器を持ってなかったということ また、母親がいきなりこの男を入れたことによって、ゆきくんのストレスがピークに達していたとおもう。それが「父親じゃない」という発言に出たんやろう 母親がゆきくんの様子をしっかり見て、ゆきくんの不満や話を聞いてあげるべきでした。
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何となくですが、犯人が妻の実家で暮らしたことが完全に裏目に出たように思います。 恐らく、連れ子が安心できるように妻の実家で暮らすようになったのだと思いますが、逆にそのことで夫が精神的に追い詰められたのかもしれません。 元々、妻の実家の親族は結婚に強く反対したとのことですが、そうした反感が残ったまま夫が妻の実家で暮らすとなれば、夫には相当なストレスがかかった可能性があります。 この夫自体、生育環境があまり良くないという報道もありますので、そういったことが積み重なった結果かもしれません。 少しずつ色々な失敗が重なって、このような取り返しの付かない悲劇になった気がします。 どうすればこの事件が防げたのか、多くの作家には想像力を駆使して考えて欲しいと思います。
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ステップファミリーで新しい親になるのは、本当に難しいことです。 血が繋がっていないからこそ、最初から完璧な親になろうと焦ると、子供の拒絶に傷つき、感情が爆発してしまう危険があります。 大切なのは、親という肩書きを押し付けるのではなく、まずは信頼できる同居人として、長い時間をかけて絆を築く忍耐強さです。 自分の努力がすぐには報われないという覚悟と、子供の葛藤を受け止める圧倒的な包容力が、この役割には不可欠なのだと思います。
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大人はいいよね。離婚も結婚も自分の意思で決められる。だから、それに伴う結果については自己責任だと言える。一方で、子どもはそうじゃない。保護者の選択に巻き込まれざるを得ない。しかしながら容疑者も母親も様々な選択をする場面で子どものことを第一に考えていたとは思えない。再婚に否定的な人たちはそこに違和感があったんじゃないかな。自分の気持ちを分かってもらえなかった子どもの孤独や絶望を思うと居たたまれなくなる。
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被害者も、加害者も、みんな可哀想な時間を過ごしていた事、心が締め付けられます 時間が戻ればいいのに どうすることが一番良かったのかと みんな悩み抱えて生きてて踏み止まることの繰り返しで、 悩み解決方法あれば救われたのに 時間はさってくれないし 生きてる意味、あと、マナーというか、生きる上で必要なことは小さい頃から教えとしてあれば救われるかと思ったり無力さを感じます
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シングルマザーとの再婚は、当人同士の「好き」だけでは成立しない。 本当に向き合わなきゃいけないのは、子どもの心だと思う。 私自身、経験しているのだから間違いない 子どもからすれば、突然現れた大人に「今日から家族です」と言われても すぐに受け入れられるわけがない。 「父親じゃない」「帰りたくない」「あの人がいるなら行きたくない」 そんな言葉が出るのも、ある意味当然なんだよ。 それはワガママじゃなく、今まで抱えてきた我慢の積み重ねだから。 だからこそ、再婚を考えるなら、愛情だけじゃなく覚悟が必要。 子どもの気持ちを置き去りにして 無理に“家族”を作ろうとしても、誰も幸せになれない。 もし耐えきれずに怒りや憎しみに変わってしまうくらいなら その家族から離れるべきだ。 大人には離れる選択ができる。 でも子どもには、それができない。 結局、一番我慢していたのは、大人じゃなくその子どもなんだから。
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小出しにするのはなんでなのかな。 個人的には、一番気になるのは当日なぜ父親が送ることになってしまったのか。 これによって、普段と違って突然2人きりになるイレギュラーなことが起こったから殺害に至ってしまったのか、それともそもそも容疑者が計画的に2人になるように仕向けたのかがわかる。 これは母親・祖母に確認したらすぐにわかることだから、警察も当然把握しているはず。 捜査上、情報として出せないのはわかるし裁判で明らかにすればいいんだけど、だったらこういう本人の不確かな供述もいらない気がする。 衝動的にとか、「父親じゃないと言われた」とか、さも計画的じゃないかのような本人供述を出すのはよくないと思う。 父親じゃないのはその通りだし、殺す理由にはならない。
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「父親じゃない」と言われたとき、本来なら大人は一度立ち止まるべきだったんだと思う。自分はこの子にとって何者なのか。血で父になるのか。時間で父になるのか。食卓で父になるのか。送り迎えで父になるのか。叱ることで父になるのか。待つことで父になるのか。あるいは、まだ父ではないのか。そこを考えるのが、本当の意味での父性だったはずだ。父親という言葉は冠じゃない。王冠でも勲章でもない。むしろ毎日水を替える水槽みたいなものだ。少し怠れば濁る。餌を間違えれば弱る。愛情という名の過密飼育をすれば、魚は酸欠になる。父であることは称号じゃなくて、世話の反復なんだよ 言葉で傷ついた大人の物語に見せかけて、その中央にいるべきは、もう喋れない子どもなんだよ。そこを間違えたら、私たちはまた、大人の傷を神格化して、子どもの沈黙を供物にしてしまう
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こちらバツイチ同士で妻側の連れ子とともに生活してるけど、父親かどうかを決めるのは子供なんだと思って、常に友達のように接してます。 他の方々も言うように、子供は親が決めた生活に合わせるしかないんだし、せめて少しでも子供が不自由なく精神的にも苦労させないようにしてあげるのが大人の役目だと思ってます。 だからこそ、親であるかどうかは子供に決定させたほうがいいし、親と呼ばれなくてもあだ名で呼ばれるだけでも良し、遊んでいる時な嬉しい時に笑顔になってくれたら、大人はそれで満足しないといけないと思います。 支配欲はダメ、絶対に。
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父親じゃないと言われた。 それは、殺害の動機の1つではあるだろうけど、 あくまでも動機の1つってだけの話しだと思う。 根本的には、 子供と向き合う事の前に、父親顔して叩いたりした事が不仲の原因になっているんじゃないだろうか。 難しい年頃の子供が、 知らないおやじに叩かれたら反抗的にもなるだろう。 子供と向き合わずに、上から物事を言って仲を作れなかっただけだと思う。 家族とも挨拶もしない男が、父親になるのは難しいと思う。
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