日本はアメリカには負けたけど中国には負けていないという貴方へ~対中強硬派の陥穽=後期日中戦争史~
高市政権と一部の日本人の対中強硬路線の背景には、日本は中国に敗北したのではなく、米国の物量に負けただけで、アジアにおいては軍事的に優位だったという「敗戦の矮小化」が潜んでいる可能性があるのではないでしょうか。
米国には負けたけど中国には負けていないと感じている日本人は多いのかもしれません。
このもやもやした状況、認識を払拭してくれるのが、広中一成氏の「後期日中戦争」(2021年)、「後期日中戦争 華北戦線」(2024年)です。
これらの著作は、泥沼化した日中戦争の「後半戦」という、多くの日本人が目を背けがち、あるいは単に知識として抜け落ちている領域に光を当てた研究で、多くの日本人が読むべき書籍だと思います。
日本の一般的な歴史教育やメディアでは、1941年の真珠湾攻撃以降、視点が「対米戦(太平洋戦争)」に一気にシフトします。ようするに、対中国戦線よりもアメリカ軍との太平洋戦線に関心が移され、中国戦線に関する情報が極めて少なくなっているのです。しかし、対米戦争中も対中戦争は当然継続されていたわけです。(広中氏はこの太平洋戦争開始後の日中戦争を後期日中戦争と定義しています)
その結果、敗戦時に中国大陸に日本軍が展開していた状態でポツダム宣言受諾を迎えたため、国民の間に「軍事的に中国に負けた」という認識が欠落しているのです。
つまり、「日本は中国に負けたわけではなく、米国の圧倒的な物量に敗れただけで、アジアでは軍事的に優位だった」というような「敗戦の矮小化」が、高市政権だけでなく、私たち日本人の中にも潜んでいる可能性があるのです。日本人が抱く「敗戦」のイメージが、主にミッドウェー、ガダルカナル、そして広島・長崎といった対米戦の象徴的なエピソードに集約されてしまっていることは、戦後日本の精神構造を考える上で非常に大きなポイントです。
当時の日本軍にとって、中国戦線は「終わらせたくても終わらせられない」巨大なブラックホールでした。
局地的な戦闘で勝っても、広大な大陸と粘り強い抵抗(持久戦)によって、日本の国力は着実に削り取られました。これは紛れもない「戦略的敗北」ですが、目に見える形での日本軍の全面降伏の儀式が大陸で行われなかったことが、日本人の記憶を曖昧にしたと言えます。また、「米国の介入がなければ…」という仮定の話や、「中国には勝っていたが、米国に横槍を入れられた」という物語にすり替えることで、自国の軍事・外交的な見通しの甘さを正当化する心理が働く余地を残してしまったのです。
高市政権に象徴されるような対中強硬路線の支持層には、この「大陸での失敗学」が共有されていないように見受けられます。
かつての「暴支膺懲」が、現代では「価値観外交」や「法の支配」といった言葉に姿を変えて、実態としては「教え諭し、正してやる」という上から目線の選民意識として再燃している側面があるように思えてなりません。
歴史を「自尊心を守るためのサプリメント」として扱うか、「過ちを繰り返さないための劇薬」として扱うかが、いま問われているのです。
現代日本の歴史認識の「偏り」がもたらす危うさについてしっかりと自覚しておく必要があります。
広中氏が描くような、末端の兵士が疲弊し、占領地の統治が崩壊していく「後期日中戦争」の実態を知ることは、単なる過去の清算ではありません。
力による解決がいかにコストを増大させ、収拾不能な泥沼を招くかという教訓を忘却したまま強硬路線を突き進むことは、かつての大日本帝国の指導部が陥った希望的観測に基づく戦略を繰り返すリスクを孕んでいます。
歴史の空白を埋めることは、現代の政治・外交状況を直視するための不可欠な作業だと思います。
このような「負けの認め方の下手さ」が、現代の日本の外交的孤立や、近隣諸国との感情的対立を長引かせている一因なのではないでしょうか。
「謝れば死んじゃう病」の方々には権力の座から退いてほしいと思います。でなければ、歴史は繰り返してしまうでしょう。





コメント