いじめや非行を経験した夫、左手1本でピアノを演奏する妻 「居場所がある大切さ」語り奏でる
子どもの頃にいじめや非行を経験し、長じて少年法の研究へ進んだ夫。心と身体の障害に折り合いを付けながら、左手1本でピアノを演奏する妻。そんな2人が夫の故郷、長崎市築町で10日、コンサートを開く。歩んできた道や現在の活動を踏まえて「社会の中で居場所があることの大切さ」を語り、奏でる。 熊本大法学部教授の岡田行雄さん(57)とピアニストの秀子さん(53)夫妻。 長崎市内で生まれ育った行雄さんは子どもの頃、母の仕事の都合で、母の実家のあった築町で過ごすことが多かった。そのため、自宅近くには親しい友だちができなかった。小学3年から中学2年まで、学校でいじめに遭った。はけ口としてゲームセンターに出入りし、親の財布からお金を何度も持ち出した。 大学に進み、刑事法を学ぶ中で考えた。「非行の末に罪を犯してしまう少年と立ち直れた自分との違いは何だったのだろう」 思い出したのは、つらくなると、築町に足が向いたことだった。通りや市場は今よりもにぎわい、公園には同じ年頃の遊び仲間がいて、気分が上がった。母の実家で祖母や叔父のそばにいると、ほっと安らいだ。「自分にはゲームセンターに代わる居場所があったからだ」と気付いた。少年事件と更生について研究する原点となった。 秀子さんは福岡市出身。4歳で始めたピアノを大学と大学院で専攻した。だが、周囲の期待が重圧となり、22歳で「人前に出るのが怖い」「コミュニケーションが取りづらい」という精神疾患にかかった。薬を飲みながら、ピアノ指導者として活動した。1999年に行雄さんと結婚し、2人の子どもを育てた。 40歳を過ぎた頃、右手の中指と薬指が意思に反して動く「局所性ジストニア」を発症した。指を酷使するピアニストに多い病気で、長年服用した薬の副作用でもあった。 一時はピアノから遠ざかったが、50歳を前に出合ったのが「片手ピアノ」だった。片手でメロディーと和音、伴奏を奏でる。鍵盤の広い範囲を跳躍するように弾くことで、独特の響きと間が生まれる。戦争で右手を失ったピアニストが広め、障害者の音楽という枠を超えた独自のジャンルに発展した。 秀子さんはピアニストに復帰。2022年からは、社会問題に取り組むゲストを招いたコンサートを各地で開き、目に見える右手の障害と目に見えない心の障害について伝えてきた。今回は行雄さんの「居場所」でもあった築町を会場に2人で舞台に立つ。 ♪ ♪ ♪ コンサートは10日午後2時から、メルカつきまち5階市民生活プラザホール。長崎ゆかりの作家遠藤周作へのオマージュを込め、左手ピアノのために作曲された「海と沈黙」などの演奏と2人のトークがある。大人2千円、学生・障害者千円。問い合わせは「むすんでひらいて音楽事務所」(電090・2088・9254)。