何故トランス当事者ほど、同じ仲間のはずの人たちの言葉にもやっとしてしまうのか? SNS時代の「言葉」選び
SNSを見ていると、SRSや豊胸、FFSをしていても「男性」「男の娘」とか「女装」と名乗ったり、「トランスジェンダーではない」と否定する人がよくいます。
もちろん今や自称トランスジェンダーでなくても豊胸やSRSしているという時代なのかもしれませんがもやっと感がありませんか?
例えば、井手上漠さんが先日、「まだ現時代には早かったようなので 私は男の子です」とSNSで宣言したことが大きな話題となりました。また、同時期に役作りの一環として六本木のラウンジに勤務していることも報じられました。
氏のSNSを見るに、美貌や声は年々女性的に磨きがかかっているように見えます。
こうした発言や行動は、一般の人からではなく、味方になりそうなトランスジェンダー当事者からも「全方位welcome」でなくて「違和感」ももたれがちな内容です。
もちろん、氏だけではありません。この問題は「SNS時代の言葉選び戦略」、そして「メイク」「ビューティー」も一部交えながら考察してみたいと思います。
他人から見たストーリーと中身のギャップ
例として、井手上漠さんを見ると、ジュノンボーイコンテストで出てきた際の衝撃、「性別はないです」という発言がありましたから「島出身」「清純派」の「男の娘」という印象が先行しがちです。
氏がホルモン治療や手術、濃いメイクといったものなしに「ナチュラルビューティーを体現する」というのが求められるストーリーなんじゃないかなと思います。今風にいうとナラティブというか。
ポカリスウェットのCMには清楚な女子高生がでる、とかそういうイメージに近いのかな。
しかし、SNSを見る限り、男女とかの前に…バリバリのギャルismを感じているのは私だけでしょうか?
ファッションの好みもハイファッション寄り、メイクも海外・ギャル寄り。そしてラウンジ勤務という港区感。島出身の清純派~というストーリーはあまり見えません。
つまり、「中身」と「言葉選び」そして「求められているもの」にギャップがある状態で、「違和感」を当事者は感じているのではないか?と。
氏がどうかを議論するつもりはありません。ただ、こうしたやり方を戦略的に組み込まれているのがSNSという世界です。
SNS社会の「違和感」という武器
話を戻します。
SNSを見ていると、SRSや豊胸、FFSをしていても「男性」「男の娘」とか「女装」と名乗ったり、「トランスジェンダーではない」と否定することがよくあります
むしろ、私から見ると垣根があいまいだった旧プロパガンダの時代に比べて、今の方がそうした「言葉」ごとの境界線がはっきりと分断されてしまったように思えます。性同一性障害でトランスジェンダーではないとか難しい話たくさんあります
でも、SNSの世界では逆です。どこまでその言葉を信用すればいいのでしょうか?
「お前が言うの?」と思ったあなた…正解です。かくいう私もそういう「テクニック」を使っています。
SNSでは「違和感」は武器です。「男の子」なのに、「女装」なのに女の子のように可愛いは大きな武器になります。言葉と姿のギャップで目に留まるからです。
何故そうした手法を使うのか?
SNSも今や仕事です。やるからにはパフォーマンス(成果)が求められるです。ごめんなさい。
SNSで見る「女装」「男の娘」人気
「男の娘」「女装」「ニューハーフ」「トランスジェンダー」「GID(GI)」といった言葉がある中で「女装」までは受けが良くトレンド入りも多くします。一方で、「ニューハーフ」から右は受けづらいどころか「トランスジェンダー」についてはヘイトが多いという現実があります。
職業的にニューハーフと呼ばれる人たちや有名になりたい人達、芸能のひとたち…総じて「プロ」と表記しますが、「プロ」の人たちが、トランスと名乗るメリットよりもそうした“手法”で男性としてバズることで、それを真似しようと「一般」にまで広がります。(だって反応があった方が誰だって楽しい)
たまに、シスジェンダーの女性でも「女装」と名乗る輩がでてきます。ちやほやされるからみたいな。
そこにAIによる架空の人間だったり、アプリによる加工女装(カコジョ)まで入ってくるから容姿ではもう見分けがつかない、訳がわからない。
「女装」や「男の娘」が男性なのに可愛いというギャップがあるのに対して、ニューハーフやトランスジェンダーは外野から見て「本気の人たち」です。本気なのだから「女に見えて当たり前だ」「綺麗で当たり前だ」というイメージになります。だから、私より100倍綺麗でも「やり方」で私より100倍バズらない友達もいます。
結局、「女装」やら「男の娘」やら「トランスジェンダー」専門用語のはずが、SNS上では(自認や診断の問題というよりかは)言ったもん勝ちな状態になっている、その単語は「バズワード」として処理されている。
“違和感”は戦略なんだ、ビジネスなんだと納得できるか?…といえば、「テクニック」を使っている私自身ですらそうではありません。自分につっこみを入れながら震える手でアップしています。ハッシュタグで女装とつけた知り合いを見て「お前、戸籍変わってるやろ」と画面にツッコミを入れたりしています。
そもそも諦めをもってインターネットなんてそんなもんだ、ともいえます。
例えば、胸なんていくらでもボディメイクしたり写真加工できるから、実際には「ない乳」の人でもSNSでは「巨乳」になっているケースもたくさんあります。Amazonで胸買って境目ぼかしたりね。
誰しもがトランス的、ニューハーフ的、女装的、AG的、男性性嫌悪「5つの要素」を持っているのではないか?論
SNSで言葉があいまいに処理されているのに、事者間こそ、言葉に対するこだわりが強くあります。ですから、トランス関連の言葉に関して表記含めた問題は争いが起きやすいです。「真のGID」がどうとかね。
そもそも、私は、トランスジェンダーはかくあるべしなんてなんも思ってなくて、「グラデーション」があると思っています。
全員がトランスジェンダー的、ニューハーフ的、女装・的、AG的、男性性嫌悪の要素を持っていて、その5つのバランスが各々違うと思っています。
トランスジェンダー的・・・例)埋没志向、性自認、ホルモン、陰キャ
ニューハーフ的・・・例)モテ、美に意欲的、陽キャ、整形、メイクが派手、芸能界進出、多感
女装・男の娘的・・・例)承認欲求、自撮り、非日常感、可愛い、地雷系、若い
AG的・・・例)自分受け、ナルシズム、性的興奮、女性への憧れ
男性性嫌悪的・・・例)後年違和が発生、男性性からの逃れ、男性への嫌悪
「5大要素」とでもしておきます。
もちろん、どれが良いと悪いとかありません。(例えば、AGというと汚い女装が女装している時だけ男に抱かれているみたいに思われがちですが、それも間違った使われ方かなと思っていて。)
例えば、トランスジェンダー「100%」の人から見たら、ニューハーフ「100%」の人は何故カムアウトして芸能活動するのかわからないでしょう。
私が働いている乙女塾は、その5つでいえば「トランスジェンダー要素」が強い人が多い場所です。それでも、カムしてみんな表に講師として立っているわけだから、トランスジェンダー度数が高い人からは「あいつらは埋没を捨てた」「トランスを仕事にしやがって」という意見を頂くこともあります。
このように、外から見れば同じトランスジェンダー同士がいがみ合っているという構図が生まれやすい。
でも、この5つのバランスが各々違うんだと思えば、なんかもやっと感が薄れませんか?
おまけ
頭の良い人は気づいたと思います。この「5つ」の単語とその意味もある意味ストーリーなんじゃね?って。
はい、その通りです。
トランスジェンダーは赤い色のランドセルを背負えなくて泣いて、子供の頃はおままごとをして…。
ニューハーフは恋多き女でトークがうまい整形バリバリの陽キャで浜崎あゆみラブ
みたいな。
名前は別になんでもいいんですが、これがA、B、C型じゃうけないんです。「違う部分もあるだろ」ってなんかつっこみたくありませんか?SNS時代の言葉ってそのぐらい「曖昧」で「刺激的」なものになってしまっているのではないでしょうか。
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