スーパーもコンビニもない“限界集落”に移住者続々…救世主は「水力発電」!? 今では人口の4分の1が移住者 岐阜の山間にある石徹白集落
CBCテレビ配信
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子どもの頃は夏になるとキャンプをするためによく石徹白に行きました。 ここは福井県に冷遇された住民がブチギレて越境合併をしたために岐阜県になったという経緯があります(なので電気は北陸電力で川も九頭竜川水系) 小さな集落に用水路さえあれば発電できる小水力発電の特集を(名古屋の)ニュースでやっていたのを数年前に見たことがあり、それが石徹白でした。 雪も多く、最寄駅も遠い場所ですが、また車を持てる様になったら白山中居神社や杉、阿弥陀が滝など40年振りに訪ねてみたいです。
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この村には数十年前に釣りで何度も通ったり宿泊したことがあります 知人が住んでいます 水力発電はいいことだと思いますが、移住するには生活の糧をどうするか 考える必要があると思います 知人は 毎日 峠を越えて通って 町で働いています 冬期の雪は多いですが 山紫水明のいい場所だと思います
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白山美濃禅定道に興味があり、ここの集落も兼ねてから好きな場所でした。移住組も何組か知っています。限界集落であることに加えて厳しい気候条件であることから、ここに移住してくる方々は生半可な気持ちではなく覚悟があり、ここで生活を営みながらもうまく遠隔地域ともつながる生き方をしています。 古き良きものを大切にしながらも今の時代を生きる不可欠なツールをうまく駆使している方々ですね。
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石徹白村には昔から伝わる伝統的な服があって、現代でも着られるように藍染・草木染めで仕上げた服を買ったことがある。とても手間がかかっていた分、お値段もしたけど、着心地もデザインもすごく良かった。ホームページのモデルさんは、ここに出てる人達かな。 水力発電もそうだけど、地に足の付いた独自の産業で移住者を増やしているのはいいよね。 最近はどこもインバウンドやら観光やらで、田舎も摩耗している感じ。 何度か行ったけれど、いいところでした。
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移住者が多いということは限界集落の地元民が気の良い人達、都会から来たよそ者と偏見や差別をしない傾向の強い人達が多いという証拠でしょう。全国に限界集落は多く、地域おこしも兼ねて移住者を年がら年中募集している所は多々あるでしょうが、実際は田舎アルアルで土地に馴染んで長く住める人は少ないように思います。せっかく移住したのに上手く行かずに帰ってきた、にならないために成功例、失敗例をどんどん発信してほしい。田舎に住みたいなと思う人は結構多いと思うので。
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ここは峠を越えた先がまだ岐阜県で、川沿いに福井県へ歩いて行くと、平地に県境があったりして地理好きには楽しい場所でした。また江戸時代の石徹白騒動の舞台だけあって、歴史好きにもたまらない場所ではないでしょうか。 昨今のバス事情で、北濃からバスと歩きで越前大野へ抜けるルートが繋がらなくなってしまった事は残念。
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同じ郡上市内の山間部で、以前私の父親が小学校長をやっていました。 どこへ出るにも峠を超えなければならず、父は教員単身赴任用に町の教育委員会が設けた住宅に勤務日は住んでいましたが、全校児童が10人に満たず、山間僻地として父の給料にも「僻地手当」が出ていました。 石徹白は住民が増えて小学校も児童が増え廃校になりませんでしたが、父が赴任していた小学校はさらに児童が減って、父が異動した後に廃校になりました。 他地区へ抜ける峠道がカーブ改良とトンネル新設で走りやすくなったのにとは思いましたが。
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田舎は水とか豊富だから水力発電したり、土地広いからソーラーパネル作ったり間伐材を燃やして火力発電したりと知恵を出せば電力を賄え販売する事もできる。 そして各家庭の電力をタダにしたりしたら都会との経済格差が少しでも縮まれば都会から田舎へ移住する人も増える。また働く場所が無いと移住は大変だから電力はタダにする等のメリットを多くし企業誘致もすればいい。人が増えれば産業も増え更なる移住が増える。そういう好循環を作ってもらいたい。東京でも若い人が田舎で暮らしてみたいというのがいるのできちんと面倒をみて誘致すれば移住する人も出てくると思う。
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都心部は大地震が来るまではこれからどこも物価含めて高騰化の一途だろうし外国人も続々と増えていくから都会離脱派は増加していくと思う。 都心部での窮屈な暮らしから昔の日本のような自然での暮らしを求める人は増えるだろうが、同時にそういう暮らしを求めるも求めないも、都心部の土地代、家賃、物価高などから否が応でも出て行かないといけなくなる人たちもまた増えていくだろう。 日本人の人口は減るが外国人が大量に来て国としてはそこまで減らない可能性もある。 これからは日本人の地方移住は増えてエリアによっては活性化する可能性もある。 結果的にインフラなど整備され便利となり、これまた観光客や過度な移住が増えてそれを良しとする人とせっかく何もなくて不便が良くて来たのにとまた過疎った集落求めて出て行く人も出そう。
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同じ岐阜県の某町にサラリーマンを終えて実家へ帰ったものです。都会暮らしも田舎暮らしもある程度、わかったつもりのジジイです。私の町はかつては私鉄がありましたが、廃線となり高原(海抜600m)の住民は高齢化して少数となってます。移住の若い方が増えてその方達の考えがむしろ主流になりつつあります。ですので移住の方は過ごしやすいようです。一方、かつて電車のあったところ(海抜150m)も最近、空き家が目立ち移住の方や隣の市に勤めてを持つ外国からの人が住み始めました。受け入れる側もすでに反対ではなく、ただ静かに受け入れ、その方達と共存する意識変化が生まれています。このように水面下で変化して来ていると思います。若い方が田舎に来て、我々ジジイは医療、福祉の充実した街で生活した方がよいとこの頃、考えています。
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