前回から続きますね。
先日、群馬県高崎市吉井町にある
先祖のお墓参りに行ってきました。
連日、猛暑のニュースがさかんに流れる中
関越道を下り、上里サービスエリアで
休憩したのですが
駐車場はほぼ満車で、夏休みで出かける
様子のご家族も多く見られました。
今回は、かなりの暑さなので
お墓の掃除はせず(ご先祖さま、すいません)
花と線香を添え、手を合わせてきました。
その後は北上し、お昼ご飯に
水沢うどんを食べて帰ってきました。
日本三大うどんといえば
香川県の讃岐うどん、秋田県の稲庭うどん
この二つは、すぐに思いつきますが
残りの一枠に少し説があるようで
その一枠に、今回食べた
群馬県渋川市伊香保(いかほ)にある
水澤寺一帯の名物
「水沢うどん」という説があります。
この水沢うどん、麺のコシ・のど越し感が
とてもバランス良く、つるつると
食べられます。
舞茸天ぷらのセットもあり
(舞茸はどうも産地のようです)
かなりおすすめです。
近くに遊びに来られることが
あれば、ぜひご賞味下さい。
水沢うどんの暖簾を掲げる店舗が
いくつかあるのですが
定番ではありますが、いつも私は
「大澤屋」で食べています。
さて現在、当ブログで
群馬県吉井町
字(あざ)「池(いけ)」に鎮座する
『大宮神社』
について書いていますが
祭神
・『アメノウズメ』
・『猿田彦神(さるたひこのかみ)』
(猿田彦は、境内社「石神社」に祀られており
明治11年に合祀されたか)
この二神は、神婚したともいわれています。
「猿田彦」が祀られている「石神社」について
この「石」は、「イソ」から転訛したものか。
群馬県安中市(旧碓氷郡)磯部(イソベ)の地名が
あります。奈良県にある「石上神宮」は
「いそのかみ」と読みます。
以前紹介したのが、北陸にある
「菅生石部神社(すごういそべじんじゃ)」です。
今回、この大宮神社にも
お参りしてきました。
鳥居前には、道祖神の石塔があり
「アメノウズメ」と「猿田彦」夫婦一対で
道祖神に習合したケースがあるようで
この仲睦まじい石塔は
まさにそれにあたるでしょう。
見ていると、何とも言えず微笑ましく
吉井町に暮らした人びとの歴史と、思いを
感じました。
今回は、この石塔に夫婦で描かれた
アメノウズメの「旦那」の側
「猿田彦神」について書こうと思います。
そして猿田彦を書くにあたり
思い出したことがありました。
5~6年前になりますが
やはり今回と同様にお墓参りをした際に
菩提寺の住職の方とお話をする機会が
あったのですが、そのときのお話に
平成21年、吉井町が高崎市と合併する際
町長を務められた方が
「齋藤さんの(遠い)親戚ではないか」
そのようなことを話し
連絡を取ったことがあります。
結論からいうと血縁関係はなかったのですが
その元町長の近親の方とじっさいに
お会いし、お話をしました。
御年80を越えられながら
言葉も記憶もしっかりしておられ
ものすごく元気な方で、お一人で暮らして
おられました。
さかんに地域の方と交流している
ご様子で、楽しそうに話される姿が
とても印象に残っています。
その「斎藤」さんもかつて
自身の先祖について調べられたことがあり
先祖は代々
『山王神社(さんのうじんじゃ)』の神主を
務められてきたと言われました。
「山王神社」とは、あまり聞き慣れない
社名かもしれませんが
この「山王」が『猿』、そして
『猿田彦神』に関わってきます
(後述しますが、山王神社の本社『日吉大社』では
「神猿(まさる)」を神使いとしています。)
また、猿田彦が海洋民であることに
ついては、かつて住吉大社の祢宜(ねぎ)を
務められた真弓常忠氏が以下のように
記しています。
「猿田彦神の末裔と伝えるのは
宇治土公(うじとこ)氏で、宇治大内人として
皇大神宮に仕えた。
出自は礒部氏とよばれた伊勢・志摩地方の海人族
である。」
(『古代の鉄と神々』真弓常忠 著)
さて、吉井町の斎藤さんの先祖が
代々、奉祭したのが「山王神社」で
「山王神社」とは
滋賀県の比叡山に鎮座する
『日吉大社(ひよしたいしゃ)』より
勧請(分霊)を受けた社のことで
この日吉大社より発生した
信仰のことを「山王信仰」といいます。
山王信仰をもつ神社として
・「日吉(ひよし)神社」
・「日枝(ひえ)神社」
などがあげられます。
つまり全国にある
山王神社、日吉神社、日枝神社
これらの神社の総元締めが
聖地・比叡山に鎮座する
「日吉大社」ということですね。
祭神
東本宮 「大山咋神(おおやまさくのかみ)」
西本宮 「大己貴神(おお(ほ)なむちのかみ)」
境内社 「内御子社」で「猿田彦」が祀られています
上記のように、日吉大社は
東西・二つの宮から成立していますが
「西本宮」は、天智天皇が大津宮
遷都の翌年(668年)に建てたもので
『古事記』に記される
日吉大社の起源は「東本宮」の祭神
「大山咋神」にあります。
大山咋神は、実体のつかみにくい
謎の多い神ですが、『古事記』に
「日枝(ひえ)の山」に座す
「山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)」
と記され、山に関係する神で
あることがわかります。
日枝の山とは比叡山のことですね。
(東京都青梅市にある「武蔵御嶽神社」では
同名神を「疱瘡(ほうそう)社」の御祭神としています)
「山王」とはまさに比叡山に鎮まる
山神のことで、山は古来より
深く崇敬されてきた恵みの源なので
山王信仰には古い縄文以来の
山信仰が融合していると考えています。
その信仰はやがて山岳修験へと
つながっていきます。
そして
日吉大社では
「猿」を神の使いとしています。
(「神猿(まさる)」といいます)
ここでやっと『猿』につながりますね。
この猿の意味は良くわかって
いないようですが
猿神は太陽神の使者とされ
鉄鉱床を求めて山を練り歩き
鉱山探索の山歩きに由来するか
古代氏族系譜研究者・宝賀寿男氏は
このように指摘されます。
鉱脈を求めて歩く鉱山師の一団は
猿のように見えるとの説で
この「猿」は「猿田彦にも通じるか」
と記されています。
『東アジアの古代文化』(106~108号)
「猿女君の意義」宝賀寿男 著より
じつは、この「日吉」~「猿」は
意外なところで繋がりがあり
みなさんご存知の豊臣秀吉
幼名が「日吉丸(ひよしまる)」で
信長につけられたあだ名が「猿」です。
秀吉には、母が日輪に感応して
妊娠したという「日輪受胎」説も
あります。
真偽は別として
この説が流布した背景に
「日吉」~「猿」~「日輪」
このような一連の神話的背景が意識されて
いたのかもしれませんね。
(個人的な考えですが、猿田彦の原型は
古代海神族の奉祭する「太陽神」ではなかったかと
想像しています。)
神名に「猿」の字をもつ『猿田彦』は
別名を「佐太大神(さだたいしん)」といい
『出雲国風土記』には
「加賀(かか)の潜戸(くけど)」で誕生し
古くから導きの神、道開きの神
交通・海上守護の神ら地鎮の神などと
して信仰されてきました。
(島根県「佐太神社」ホームページより)
このように記されています。
猿田彦のもつ、これらの神格の数々は
知恵の神とされる
『少名彦神(スクナヒコナ)』と
とてもよく似ていると思います。
対馬や種子島に残された
古代米である「赤米」を
「サルタ」といいます。
赤米は縄文時代に日本に伝わった
最初の稲と考えられていて
古代は川の浅瀬をせき止めて
水溜まりをつくり、そこに稲を植え
て栽培していたようで
この古い栽培方法も「サルタ」と
いうようです。
海神族は「稲」を携え
その実りで大をなし
海岸で砂鉄を見つければ「金属」を
もとめて山岳部にも入り込む
「鉱山師(猿)」の側面をもちます。
この「鉱山師」の側面は
次回以降に書きますが
『葦原中国(あしはらなかつくに)』
そして
・「天鈿女命(アメノウズメ)」
・「猿田彦神」
この夫婦の末裔が供出した
「猿女の君(さるめのきみ)」に
つながると考えています。
「猿女の君」とは
古代より朝廷の祭祀に携わった巫女のことで
「アメノウズメ」「猿田彦」の子孫の女性が
務めたとされます。
古代氏族系譜研究者、宝賀寿男氏の
お言葉をお借りすれば
「葦原中国」とは
九州の筑後川流域に比定され
この地の海神族の族長が猿田彦で
やがて天孫族「ニニギ」の先道役を務めた。
つまり冒頭に述べた、群馬県吉井町で
先祖が代々「山王神社」の宮司を
務められたという「斎藤」さんは
「海人・猿田彦」族の末裔である
ということでしょう。
『上野国神名帳』をながめると
多胡郡(吉井町)の神社には
境内社「石神社」に「猿田彦」を
祀るケースが7社ほどあり
猿田彦を奉祭する「石部(イソベ)」の
人びとが居住していたことがわかります。
また、同書には
天孫族
『少名彦神(すくなひこなのかみ)』を祀る
・「粟嶋神社(あわしまじんじゃ)」
(多胡郡多比良村字諏訪前)
・「竒神社(くしじんじゃ)」
(多胡郡黒熊村字竒)
の記載があります。
これらの社は、他神社に合祀され
現存しませんが、吉井町には
・『猿田彦神』
・『アメノウズメ』
・『少名彦神』
これらの神々を奉祭する人びとが
土着の縄文族と共生(通婚)していたと
考えています。
その共生した人びとこそが
『八束脛(ヤツカハギ)』であり
『荒脛巾(アラハバキ)』と考えています。
続きます。
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Re:無題
お読み頂きありがとうございます。
仰る解釈の通りです。
縄文人は、地域によってかなり差があり、漁労を生業とする人達もいて
縄文の古い時代でも
大陸や朝鮮半島とはもともと交流があり
また現在でも漂流物が日本海側に
漂着するので、大昔から渡来する人達は
いて、仰る通りアラハバキ族には
倭人的な人達もいたと思っています。
龍海さんのブログも楽しみながら読ませて頂きますね。ありがとうございます。
齋藤星
2022-09-14 07:41:37
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