「日本がゆるいから」巨大犯罪組織が目を付けたその“魅力” アジア・マネーが不動産を爆買い…専門家が指摘する深刻な「不備」(3回続きの②)

渋谷区西原の高級マンションを買ったプリンス・グループ幹部がプノンペンで登記していた住宅街

 東京都渋谷区。代々木上原の駅を降りて邸宅が並ぶ小高い丘の上に、その高級マンションはあった。分譲されたのは昨年春。最上階にある10億円超という1室は、商談でたやすく売れた。しかし、その後は誰も訪れていないという。
 なぜなのか。
 私たち取材班が、関係者や資料をもとにたどり着いた所有者は、ある組織の幹部だった。カンボジアの中国系複合企業プリンス・グループ・ホールディング。アメリカとイギリスが経済制裁している「アジア最大の犯罪組織」だ。私たちはこれまで、グループの幹部たちが日本で複数の高級不動産を購入していることを明らかにしてきた。こうした高級物件を買っているのは、このグループだけではなく、中国系の富裕層は次々と買っている。なぜ彼らは日本に目を付けたのだろうか。
 専門家らが指摘したのは、ある種の「ゆるさ」だった。(共同通信=角田隆一、武田惇志、北藤稔道)

プリンス・グループ幹部が買った高級マンションの最寄り駅の代々木上原駅=2025年2月(※画像を一部加工しています)

 ▽誰も訪れない部屋
 代々木上原の高級マンション事情をよく知る関係者が語る。
 「去年(2025年)の2月くらいでしょうか。中国系の男性数人が内覧会に来ていました」
 分譲価格10億円以上というこの部屋は、床面積が200平方㍍を超える。男性はそれを即金で購入した。
 登記簿によると、持ち主の住所はカンボジアの首都プノンペン。プリンスグループの首領、チェン・ジー(陳志)会長の登録住所と同じ。
 ただ、持ち主の姓は中国系、ファーストネームは欧米系だった。この名前は、プリンス系列の「プリンス・プラザ・マネジメント」など複数の会社の役員と同じだ。
 マンション関係者は言う。
 「購入後、一度も所有者の男性は来ていません。電気もガスも通っておらず、物件は放置されたままです。管理費なども滞納されており、困っています」

 私たちは、入手したこの男の携帯電話番号にかけてみた。
 「ウェイ?」
 中国語でいう「もしもし」。男の声だ。こちらが名乗ると、電話は切れた。
 プリンスグループは犯罪収益で巨額の富を手に入れたとされており、不動産購入は、マネーロンダリング(資金洗浄)の疑いがある。このマンションを分譲した大京に取材すると、「個別の取引については答えられない」とした上で、一般的な不動産取引における確認体制について、次のように説明した。
 「関係法令およびガイドラインに則り、リスクに応じた対応を行っており、資金の出所や取引目的・合理性の確認、実質的支配者の把握、外部データベースを用いたネガティブ情報の確認など、追加的な確認を行う体制を整備しています」

プリンス・グループのチェン・ジー会長(プリンス・グループ・ホールディングのホームページより)

 ▽マネロン対策が遅れる日本
 取材班はこれまで、プリンスグループの日本国内の活動の痕跡を追って東京都内の高級物件などの登記情報を無数に当たってきた。カンボジアの現地筋から、こんな情報を得ていたためだ。
 「(プリンスに限らず)詐欺集団の多数の幹部が日本に逃げている」
 さまざまな情報をつなぎ合わせ、プリンスの幹部と取引実績があった不動産会社が関与した物件を調べていくと、時価評価数億円~10億円以上という多くの不動産が、中国系とみられる人物に即金で買われていた。
 一方で、プリンスとは関係がない買い手が判明することも多い。そういう人々の中には、中国の企業経営者、香港の政界関係者などがいた。さらに、背景が不透明な人物も多数いる。
 大量の資金が、日本の不動産市場に入っていることをうかがわせた。ただ、なぜなのだろうか。
 専門家の間では「グレーな資金に対する扱いの緩さが背景にある」との見方がある。
 実は、国際的な資金洗浄対策を担う金融活動作業部会(FATF)の対日相互審査によると、日本のマネーロンダリング対策は先進7カ国(G7)の中で後れを取っている。
 まず、日本は他国に比べ、有罪判決が出る前の段階で資産を差し押さえるのが難しい。金融庁のマネロン対策の元責任者で、KPMGジャパンの尾崎寛氏は問題意識を語る。
 「Crimedosen’tpay(犯罪は儲からない)。民間や警察、各省庁が連携し、犯罪組織に資金を渡さないことが重要です。欧米では犯罪収益を早期に剝奪する制度が広がっています。ただ日本では没収を刑事罰の付加刑と位置付けています。憲法31条の刑事手続きの適正な在り方と、憲法29条の財産権の保護のバランスを踏まえた制度設計と没収の増加が必要です」
 プリンスグループに対しては、アメリカやイギリスによる経済制裁の後、韓国、台湾、タイ、シンガポールで資産差し押さえや強制捜査が一気に進んだ。一方で、日本では“無風”状態が続く。
 課題はそれだけではない。「マネロン対策の入り口となる情報」の在り方もそうだ。FATFの対日審査では、不動産業など非金融分野において、監督や運用が十分に機能していない、とも指摘されている。
 警察庁によると、犯罪収益の資金洗浄を疑う「届け出」は年々増加し、2024年は84万9861件に上った。ただ、その情報を届け出たうちの大半は金融機関からで、不動産業からは25件にとどまっている。
 マネロンに絡む不動産取引では、法人が「ハコ」として利用されているが、そうした法人を実質的に支配しているのが誰なのか、現状ではそれを把握するのは簡単ではない。
 尾崎氏はこうした現状を踏まえ、日本の制度上の欠点として次の2点を挙げる。
 「欧州連合(EU)やイギリスでは、法人の実質支配者について法人側に届け出義務があります。一方で、日本では金融機関が確認しないといけない。金融機関にとっては、負担が非常に重い」
 「さらに欧州連合(EU)やイギリスでは国が一括して届け出を管理するデータベースがあります。デジタル化されており、法人の実質支配者の情報が最新かつ正確に反映されるよう努力しています。これが日本にはありません」
 犯罪収益のマネロンを野放しにすると、新たな犯罪手法や技術への再投資に回る。国内外の被害者への救済も十分にできない。

インタビューに応じるKPMGジャパンの尾崎寛氏=2025年1月

 ▽日本の不動産の魅力
 取材班が探った取引の中には、東京都目黒区のソニーの創業者、故盛田昭夫氏の邸宅があった土地もあった。
 登記上の所有者は、タックス・ヘイブンとして有名な英領バージン諸島の投資会社。ただ、この登録代理人は、香港所在のプリンス関連会社の株主と同一だ。一方で、日本国内に連絡先はない。関係者によると、トルコ国籍を持つ中国系経営者が即金で購入したという。地場の不動産店によると、土地だけで時価評価は50億円ほどともされる。
 この土地は盛田氏の家族が手放した後、中古自動車販売チェーンの手に渡り、その後、別の日本人経営者が購入していた。取材班は、トルコ国籍を持つ中国系経営者に売った日本人経営者に事情を聞くため取材を申し込んだが、現時点で返答はない。
 日本で取引実績があるシンガポールの不動産エージェントは、日本の“魅力”を指摘する。
 「外国人が不動産の所有権が得られる国は、アジアでは多くない。しかも日本は、政府が民主的で財産権がしっかり保障されている」
 中国に限らず、汚職や犯罪で得たグレーな金はいつ没収されるか分からない。中国の場合、外貨の送金制限の厳しい資本規制があるため、地下銀行や、貿易取引に混ぜて送金する仕組みが水面下で発達する。中国国内では違法行為だが、さまざまな困難を乗り越えてでも日本に投資する魅力がある。

タイ・カンボジア国境近辺の詐欺団地で、摘発後に放置された米ドル札=今年3月(ゲッティ=共同)

 ▽国のガバナンス不全に
 元農林水産省の官僚で、日本の土地制度の問題点を指摘した「領土消失」(角川新書)などの著作がある平野秀樹氏は、こう語る。
 「今後、外国の所有者と連絡が取れず、固定資産税の滞納が全国の自治体で問題になるとみています。自治体の議会が固定資産税の不納欠損処理(徴収不能の確定)をしてしまえば表沙汰にならず、国も自治体も一部を除けば全体像を公表していません。
 固定資産税を徴収する市町村に税のプロは少なく、英語や中国語を使える人も限定的です。能力もマンパワーも足りない。追い込みができず、差し押さえしようにも障壁が多い。結果的に税は取れず、ガバナンス不全となっていきます」
 イギリスの不動産会社サヴィルの2025年の調査報告者によると、アジア太平洋の主要14国・地域の中で、外国人の土地所有に関する規制や但し書きがないのは日本だけだった。
 高市政権は、外国人の土地所有の在り方を議論する有識者会議を立ち上げたが、平野氏は「世界から周回遅れだ」。不動産情報インフラの一元化と刷新をすると同時に、何かトラブルがあったときに責任の所在が見えて対処ができる仕組み作りが必要だと考えている。

※第1回はこちら→「日本の不動産を買いあさる「アジア最大の犯罪組織」の幹部たち…その真の狙いは 独自調査で判明した一等地の豪邸や億ション…即金で購入、すぐ転売 マネロン疑惑のプリンスグループに迫る(3回続きの①)」
https://www.47news.jp/14244263.html

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