樹木11トン埋め、大阪の遺跡は壊された 疑われたサーカス団の反論
「掘ったり埋めたりしていない。なぜ私たちだけが責任を問われるのか」
大阪府警の捜査を受けたサーカス団の関係者は取材に対し、憤りをあらわにした。
発端は2年前。国史跡の遺跡で土地の一部が掘削され、大量の切られた樹木が埋められているのが見つかったことだ。
サーカス団はこの遺跡内で4年前に公演をしていた。
貴重な文化財が傷つき、地元自治体は「作業や確認をもっと慎重にやっておけばよかった」と話す。
いったい何があったのか。
好評だったサーカス公演
周囲に堀をめぐらせた弥生時代の大規模な環濠集落跡があり、広さは11.5ヘクタールと国内屈指の規模を誇る。
住宅地にも近い広大な敷地で、古代の集落の成り立ちにかかわる貴重な文化財とされている。
サーカス団は堺市内に拠点を置き、2020年から本格的に活動している。
遺跡内では、22年3月からテントを立て、公演をしていた。敷地を無償で提供した和泉市など周辺7市町が後援に入った。
公演は同年6月の終演予定から2カ月延長されるほど、好評を博した。
遺跡内には、弥生時代の高床建物を復元した「いずみの高殿」などが建つ史跡公園(約3.5ヘクタール)がある。
公園内にはサーカス団のテントや車両が入りきらないおそれがあったため、公園外の未整備のエリアを使うことになった。
和泉市教委やサーカス団によると、サーカスの開催前までは草木が生い茂り、不法投棄も多い場所だった。
「近年の史跡損壊で特にひどい」
問題が発覚したのは、公演からおよそ2年が経った24年6月。
和泉市教委が公園の拡張整備の一環として、未整備エリアで発掘調査を進めていた時だった。
現場の職員から報告が入った。
「切られたばかりの木が土の中から出てきました」
弥生時代の地層から、伐採された真新しい樹木が現れた。
詳しく調べると、南北約18メートル、東西約28メートルの範囲に、約10カ所の穴が掘られていることがわかった。
弥生時代の地層は地表から約1メートルの深さに残るが、穴は深さ1.5~2メートルに達していた。
また、その中からは最近割れたとみられる2千年以上前の土器や、一部が欠損した建物の柱の跡が見つかった。
文化庁の担当者は「近年の国内の史跡の損壊の中でも特にひどい被害だ」と驚きを隠さなかった。
和泉市教委は、こう説明する。
公演前の22年1~2月頃、サーカス団はテント設置のために固定具を地中に打つ「現状変更の許可」を市から得た上で、樹木を切り、整地を進めていた。
市教委の担当者は「ゴミなども片付けてもらい、むしろありがたかった」と振り返る。
樹木の伐採について市教委は、許可を出すような性格のものではないとし、樹木の処分方法も指示しなかった。
同年7月には、樹木の一部を敷地外に運んでいるのを市職員が確認した。
公演終了後に現場を確認した際も、車のわだちが広がっているだけで違和感はなかったという。
作業した人物と「連絡取れない」
一方、サーカス団の説明はこうだ。
当初、伐採した樹木は市教委が処分する予定だと認識しており、遺跡の一角に置いていた。
ところが同年5月ごろ、市からテント設置の敷地使用料の代わりに数百万円の「寄付」を持ちかけられた。
手持ちの資金が足りないことを伝えると、樹木の処分を業者に依頼し、その費用を全額負担するよう求められたという。
処分の作業は数日間で、トラックなどで樹木を搬出する様子も確認したが、作業を見ていない日もあった。
業者の車両などが撤収した後に現場を確認すると、木が一部残っていた。業者に処分を依頼したが、片付けなかった。
実際に作業をした人物らとも「今は連絡が取れない」という。
事態は警察沙汰に発展した。
和泉市は樹木の発見後に大阪府警に告訴。地中からは伐採された樹木約11トンが見つかった。
捜査は難航した。
埋めた人物は特定したが……
捜査関係者によると、市側がサーカス団にどのような指示や注意を促したかの記録が残っていなかった。
さらに、発覚まで2年近く経ったことで、実際に地中に樹木を埋めたという目撃情報が乏しかった。防犯カメラもなかった。
府警は業者にも事情を聴くなどし、現場作業員が樹木を埋めたことが判明した。だが、そこが史跡であることが業者に伝わっていなかったことから、立件は見送ったという。
監督責任などを重くみて、府警は今年4月、サーカス団の当時の代表ら2人を文化財保護法違反の疑いで書類送検した。
送検容疑は、22年7月までに樹木約11トンを遺跡内に埋めるなどして遺構を損壊させたというものだった。
ただ、ある捜査幹部は「証拠が供述しかない状態。起訴は難しいのではないか」とみる。
朝日新聞の取材に対し、書類送検された元代表は「しっかりとした業者に依頼しなかったこと、木の処分をきっちり確認していなかったことには責任がある」とした上で、こう語る。
「木を自分たちで埋めたり、埋めて処分するという依頼を出したりは絶対にしていない。整地はしたが大事な物が下に埋まっているとは知らされていなかった」
遺跡の関係者はこの問題をどう受け止めているのか。
保存活動に約50年間かかわってきた文化財保存全国協議会常任委員の久世仁士さん(78)=泉南市=は「本来ずっと大切に守られるべき史跡で起きた前代未聞の出来事だ」と肩を落とす。
未整備エリアはサーカスの公演前から市の管理が行き届いていなかったとした上で、「これ以上遺跡を壊さないようにするため芝生を植えたり案内板を設置したりして、誰が見ても貴重な遺跡が埋まっていると分かるようにすることが大切だ」と語る。
損壊場所から大量の土器
今回の問題が起きた場所では、現在も発掘調査が続いている。
その中で新たな発見もあった。
市教委によると、問題が発覚して以降の約2年で、樹木が埋まっていた場所などから土器が大量に見つかっている。
出土品用のコンテナで500箱分を超え、そのうち多くの土器が2千数百年前の弥生時代前期のものとみられるという。
これまで池上曽根遺跡は弥生時代中期に栄えた集落と考えられてきた。
また新たに見つかった土器は、瀬戸内海周辺で見つかっている土器と特徴が似ており、「海に沿って移動してきた人々も集落の誕生に関わったのではないか」という新たな見解が生まれているという。
それだけに、市教委は今回の問題を「建造物跡が傷つくなどして、貴重な情報が失われた可能性が高い」と重く受け止める。
「いま思えば、木の伐採についても文化庁と相談の上、現状変更の可否を丁寧に検討すべきだった。今後は書面でも状況を残すなどして、文化財の保護と認知のための企画を両立させていきたい」
「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験