宇宙 炎上 女子枠
俺は女子枠なるものがどうでもよいというか、実力不足で入った人はいずれ消えてくので気にすんな・ボーダーラインにいるお前が情けないと言いたいが、ネットの炎上がどうしても好物なので・・・。
Kunitake (2025) "Affirmative action in Japanese higher education: A critical examination of DEI implementation"
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590291125000397
「STEM分野の女性不足」と「高等教育全体の男性不足」を同じ階層のものとして扱っているが、どう考えても同じ階層にあるものではない
この論文の基本的な論理構造は①日本のDEIはSTEMの女性比率向上に集中している→ ②しかし高等教育全体では男性が少ない→③ だから女性中心DEIは狭い/問題がある、というものだけど「STEM」と「高等教育全体」という階層が違うものをなぜか接続しようとしている。
Results / Discussionのところもそうで、女性のSTEM比率の低さについて、女性自身の自由選択の結果かもしれないと述べそのうえで、現在の日本のDEIは女性の進学率向上に偏り、男性の高等教育進学率の低さを無視している、と批判している。女子枠の妥当性を批判するなら、比較すべきはSTEM内での機会構造の話なのに論文は途中から高等教育全体で男性が少ないという話を持ち込んでいるため、何を言いたいのかが分からない。構造化ができていない。
結論においても日本のDEI型アファーマティブアクションは女性支援に偏っており経済的に不利な層、地方出身者、男性が十分に考慮されていないと結論づけていているが、STEM内の性別的な不均衡評価とは分析単位が異なるため女子枠の是非を直接評価する議論にならず、ここでも結局何が言いたいのかが全く分からない。
冒頭にある同志社大学のある学部の総合入試の件での批判も、総合入試である入試と一般入試である東京医科大学の件を同列にあつかっていて、ここでも構造化できてない。
手法が稚拙
いわゆる反実仮想による評価がなにもなく、女子枠や女性限定採用が「新たな差別を生む可能性」を指摘しているが実際にどの程度の不利益が生じているかは全く検証できていない。スコープ外なのかもしれないけど、政策批判したいなら政策評価しないとね
これらを論じたいなら「男性受験者の合格確率がどれだけ下がったか」、「女子枠導入後に男性志願者が減ったか」、「入学後パフォーマンスに差があるか」化などを見る必要があると思うけど、この辺も何もないのでだからなんやねんと
低所得層や地方出身者が進学費用・居住地制約により進学先やSTEM選択を制限される可能性をよその研究からとってきて論じているが(4.3)、これ自体は俺もそうだと思うものの、研究ならしっかりここ自分で分析しないとこの論文の貢献何よ?
論文の評価
本論文は日本の高等教育DEIが女性支援とくにSTEM女性比率の向上に偏っている点を問題化した論点整理としては有用である。しかし著者自身が新たなデータ分析を行っているわけではなく主に既存統計・先行研究・政策文書を引用して議論を組み立てている。そのため、政策分析・研究というよりはレビューおよび批判的エッセイに近い。
特に女子枠や女性限定採用の効果、副作用、男性への不利益の大きさは直接検証されていない。また、高等教育全体の男女進学率、STEM分野の女性不足、教員採用、地域・所得格差という異なる階層の論点を同じ階層内で扱っており分析単位もそろっておらず構造化できていない。
したがって、本論文は「女性中心DEIを再検討すべき」という問題提起としては意味があるが、女子枠や女性限定採用の妥当性を判断する実証的根拠としては弱い。政策批判としては一定の価値がある一方で独自分析に乏しく、研究としての説得力は限定的である。
UNESCO報告書での扱われ方について
ご本人が思うご本人の論文をもとにしたこのレポートでの女子枠の評価
「symbolic implementation without substantive change」、つまり「実質的な変化を伴わない象徴的な実施」。ブラジルのクォータが「学業成績を損なうことなく多様性を拡大した」と評価されているのと比較すると、拙稿の表現を参考に、相当に厳しい表現が当てられていることがわかる。
報告書がクォータの成功条件として挙げた「透明性」「エビデンスに基づく評価」「交差性への配慮」「ミスマッチの防止」。日本の女子枠は、これらをほぼ満たしていない事例として位置付けられたことになる。
報告書は、拙稿を重点的に引用し、日本のDEI施策がジェンダーに偏重しており、社会経済的地位や地方出身者、さらには高等教育全般における「男性の過少代表」といった他の不利の次元を見落としていると指摘している。女性の方が高等教育進学率が高い一方で、男性は非STEM分野で過少代表化し、高卒で就職する傾向が強いことも紹介されている。要約文では、かなり直接的な表現で、日本の女子枠の問題点が言及されている
レビュー論文でこの論文の位置づけは、Evidence of outcomes / impact = Low なので、Kunitake 2025 は日本のDEI・女性枠・入試の男女差に関する問題提起としては使える一方で、ここでも制度が実際にどの程度の効果・弊害を生んだかを実証的に示している研究としては弱いという位置づけじゃないかな
このレポートの中身
高等教育と職業訓練について、どのような政策が参加・入学を改善し、どのような政策が継続・卒業を改善したのかをPRISMA 2020に沿って2005〜2025年の政策文献を対象にレビューしている。
興味がないので全然よんでないので、詳しくは知らん。
このレポートでの日本の女子枠とKunitake(2025)の扱われ方
ジェンダーや地域代表を対象にしたクォータ制の例の一つとして言及されている。インド、ケニア、日本などのクォータ制度を扱う文脈で引用されていて、特に「アクセス拡大にはつながりうるが、制度設計・実装・学業成功への接続が不十分だと問題が残る」という議論の中に置かれていいる
具体的には5.3.2でかなり絞った文脈の中で「Kunitake 2025は日本のSTEM分野における女性学生クオータは、実質的な変化を伴わない象徴的な実施にとどまるとして批判してる」と紹介してるだけで、本人が言うような「報告書がクォータの成功条件として挙げた・・・日本の女子枠は、これらをほぼ満たしていない事例として位置付けられたことになる」、なんていう評価はこのレビューじゃまったくされてない。
日本の女子枠は、STEM分野の女性参加を増やすためのアファーマティブ・アクションとして紹介されている。しかしレポートはそれを単純な成功事例とは扱っておらず、日本のDEI政策が女性支援に偏り、低所得層・地方出身者・男性の過少代表といった他の不利要因を十分に扱っていない点を問題視している。Kunitake(2025)はその批判的整理を支える文献として使われていると整理できる。
ただ「Japan’s DEI policies have raised awareness and institutional commitment to gender equity」とあることからも、STEM分野などで女性参加を増やし、大学側のジェンダー平等への意識・制度的関与を高めた点は評価できるけど、もっと考慮することはあるよね位のトーンで、Kunitakeさんが指摘しているほどレポートで強いトーンで否定しているわけじゃないよねと。
界隈の対応について
批判論文を頑張って書くほどの研究ではないのはそうなので、俺が当事者ならキャリアに1ミリのプラスにならないし絶対に批判論文書く時間は割かないけど、打越さんみたいにネチネチSNSで直接引用するのではなく、文句かくだけなのは気持ちが悪いなぁと。呉座さんとやったこととそうかわらやんやろと。
一方で教員にメールと論文おくりつけて、ネットでたきつけて返信よこせよこさないなら違う対応すると騒ぐ院生も相当めんどくさいので、俺が大学のコミッティなら絶対に雇わないと思った、目に見える地雷なので。
後この界隈?基本的に論文のクオリティ低いというか、もうすこし基礎的な計量分析スキル身に着けるようにカリキュラム組めばいいのにと思う
ほなーー


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